714.Date Story:with Mayshea
メイシアとのデート回です。よろしくお願いします。
デートプランは元々考えていたが、デートコースは昨日の夜に最終決定したばかりだ。
リードさん達が巡っている、“事件が起きそうな怪しいスポット”を上手いこと避ける道を行く。エスコート役としてメイシアをアテンドしつつ、その最中で何か怪しい物や人を見かけた場合は、耳飾りにした連絡用小型魔水晶でリードさん達に報告する。現時点でこの水晶はまだ仕事をしていないが……今回に限り、日の目を見ないに越したことはないだろう。
勿論、周囲への警戒は一切怠っていないけどね。
「はい。あーん」
「い、いただきます……っ」
おずおずと差し出したスプーンに、メイシアが緊張した様子で唇を寄せる。そしてぱくりとスプーンに乗った苺とクリームを平らげては、苺のように頬を赤くして、メイシアはゆっくりと咀嚼していた。
場所はパティスリー・ルナオーシャン。このお店の関係者たる私達は店に入るなりVIPルーム(そんなものあったのかと驚いたものだ。)に通され、そこで凄まじいおもてなしを受けていた。
メイシアの希望で、新作スイーツをこのような形式で堪能しているのである。
「で、ではわたしも……! アミレス様、お口を開けてくださいませ!」
「はい。あー……」
む。と、今度はメイシアが差し出してきたスプーンに齧り付く。少し照れくさいが、メイシアが楽しんでくれているようなので良しとしよう。
そうして、スイーツも相まって非常に甘々な時間を過ごし。パティスリー・ルナオーシャンを後にした私達は様々な場所へと手を繋いで駆け出した。
マクベスタとのデートやローズとの逃避行で得た経験を存分に活かし、建国祭ならではの経験を得られるスポットを巡る。お祭り期間も働く皆様の尽力に、感謝の気持ちも込めて事ある毎に散財した。
主にメイシアへの贈り物を買い漁ったのだが……この、お金? っていうのを払えば、無料できゃわいいメイシアに、ドレスに宝石、雑貨や美味しいスイーツを貢げるんだよ。最高じゃん。
「アミレス様、先程からとても楽しそうですね」
「えへへ。メイシアとお祭りを見て回るのが楽しくって」
「……また無自覚にそういうこと言って。わたしをどれだけ喜ばせたら気が済むんですかぁ……好き……」
どうやら、年甲斐もなくはしゃぎ倒しているとバレバレらしい。
どこからともなく神様が調達してきた学園モノの漫画や小説を読んで、お祭りというものに散々憧れていた。外から聞こえてくる祭囃子に、散々焦がれてきた。
こうして友達と一緒にお祭りを回るだなんて夢のまた夢だった。冬染祭の時も当然楽しかったものの、前世を思い出した関係から、今の方が断然楽しさは上である。
「ところで……わたしへのプレゼントを沢山買ってくださるのは、どうしてなのですか?」
「? そりゃあ、メイシアには色々と贈り物をしたいなって思ったからだけど。これは貴女への誕生日プレゼントと、私の趣味を兼ねたお買い物なのです」
メイシアに貢ぎたいから、とは流石に言えまい。だがこれもまるっきり嘘というわけではない。普段から、メイシアやホリミエラ氏にはお世話になってるからね。
しかし、ホリミエラ氏は欲しい物を聞いても、『お気持ちだけでも我々には過分なる誉れでございます』『大抵の品は弊商会で手に入りますので……』『でしたら、王女殿下の直筆サインが入った世界に一つだけの、王女殿下の肖像画などはどうでしょう? 娘から聞いたのですが、王女殿下の私兵の中に素晴らしい画才を持つ方がいるとか…………』と、毎度やんわり断られる。
だから中々にお礼をできず、お礼のツケのようなものが溜まり続けているのだ。メイシアもメイシアで、隙あらば『アミレス様にこそ相応しい品だと思いまして!』だとか言っては、シャンパー商会の新商品や貴重な品を次から次へと贈ってくる。
だからこうしてちまちまとツケを消化している訳だ。
ホリミエラ氏には……まあ、そのうち肖像画をあげよう。そんなものでいいのか全く分からないが、本人がそれを望むなら。我が私兵団の誇る天才画家ユーキ先生に依頼してみようかな。
「…………アミレス様ったらいつもそうですよね。何もかも無自覚なのが本当に凶悪というか。これでわたしを狙ってるとかではないのが、ものすごく性質が悪いというか。博愛的なところも、アミレス様の魅力の一つですしわたしはそんなところも好きですけど!」
「よくわからないけど、ありがとう。私もメイシアが好きだよ。人生で初めての、女の子の友達だからね」
「友達……今はそれでいいですよ。今はまだお友達ですが、いつか必ず、わたしはアミレス様のお嫁さんになってみせますので!」
キラキラと輝く笑顔で、メイシアはふんすと決意表明する。
メイシアは、こんな私を好きでいてくれる。ずっとずっと、ひたむきに、普通の乙女のように、私に恋している。
彼女だけじゃない。シュヴァルツも、マクベスタも、フリードルも……皆が、こんな私を好きになってくれた。愛してくれた。
……なのに。私は無自覚にも皆の想いを幾度となく否定し、拒絶し、踏み躙ってきたのだ。
──私が、選択を避けてきたから。私が、不公平な平等のもとに生きてきたから。
──私が、誰か一人だけを完全に受け入れることが出来ないから。私が、皆を完全に拒絶することが出来ないから。
──私が、多くの人を傷つけ壊し狂わせてもなお、全く変われず、何一つ気付けない、人間の成り損ないだから。
──私が。『私』が……この期に及んで皆に嫌われたくないなどと喚いている、八方美人の愚かな偽善者だから。
「……アミレス様? 顔色が凄く悪いです……っ、体調が優れないのであればどこかで休みましょう! この近くにシャンパー商会の系列店がありますのでそちらへ──」
僅かに色が異なる赤い瞳が丸く見開かれる。積もりに積もった後悔と罪悪感がついに誤魔化せなくなり、心臓を蝕まれる私の手を引いて彼女は迷わず駆け出した。
♢
───昔々。親を知らないその憐れな子供がまだ、物心ついたばかりの頃。
唯一、子供の傍にいたひとが、よく言っていた。──『感情なんてもの、無い方がいいことだってあるんだよ』と。そのくせ『私』が感情を発露させたら、あのひとは畳から跳び上がり小躍りしながら喜んでいた。
結局彼が何を言いたかったのか、昔は分からなかったけれど。今なら、なんとなく分かる気がする。
……何も知らなければ何かに憧れることも、羨むことも無かったように。感情が無ければ、失うことを恐れる必要も、罪悪感に胸を蝕まれることも、『愛』というものの尊さを知ることも、無かったのに。
『私』は、知ってしまった。
アミレス・ヘル・フォーロイトに生まれ変わって、彼女と共に生きていく中で、『愛』の尊さを知ってしまった。だからこそ、これを失うことが何よりも怖くなってしまった。
こんなことなら…………『愛』や感情なんてもの、知らないままでいたかった。宝物も要らなかった。友達も、身内も、仲間も、大事なものなんてできなければよかった。
────嘘。全部、ぜんぶ……大事なの。
何一つとして、絶対に失いたくない。全部『私』のものだ。私達の宝物なんだ。このままずっと、宝箱の中にしまって一生大事にしていたい。
皆と出会ったこと、皆が私達にくれたもの、全てかけがえのないものだ。あの出会いや宝物が“無ければよかった”なんて……たとえ天地がひっくり返ろうと、絶対にそうは思わない。どれだけ後悔することになろうとも、苦しむことになろうとも、この世界で得た全てが『私』の宝物だから。
……だからこそ、怖いのだ。嫌われること自体はいい。凄く悲しいし、辛いだろうけど……そうして嫌われた末に私達の宝物が欠けてしまうかもと考えて。自分勝手な『私』は、こうも臆病になっている。選択を忌避している。
どこまでも傲慢で、強欲で、虚飾に塗れた人間の成り損ない。
クロノの言う通りの人間だ、『私』は。
ごめんなさい。こんな『私』でごめんなさい。
皆と出会ってしまって、ごめんなさい──……。