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712,5.Interlude Story:Others

「のぅ、兄上」


 遠ざかるアミレスの背を見送り、ナトラは俯いてぽつりとこぼした。


「我は……ずっとアミレスと生きていたい。アミレスまで、失いたくないのじゃ」

「…………僕も、そう思うよ」

「じゃから──みどり(・・・)は、アミレスの願いを叶えて、アミレスの望みを叶えて、アミレスの夢を叶える為に、アミレスの意思を尊重する。でも、最近思うのじゃ。この選択は……間違っているのではないかと」

「緑がそう思うならそうかもしれない。だけど僕は、君の選択が誤っているとは思えないな」


 先程アミレスがしていたように、ナトラの頭を撫でながら、クロノは語る。


「たしかに彼女は、驚く程に死の運命に囚われている。籠の中に閉じ込めて、鎖で繋いで、餌をやって、排泄の管理もして、徹底的に庇護して──そこまでしてようやく安心できるような、運命に見放された人間だ。彼女を思ってナトラが不安になるのも無理はないよ」

「……それが最善だと頭では理解しておるのじゃが、行動には移せぬ。結局、今日のようにアミレスの意思を尊重してしまうから」

「それが本当にナトラのやりたい事ならば、僕はそれを肯定するけれど……ナトラはどうしたいの?」


 これまでの生でおよそ抱いたことのない複雑な感情。ぐるぐると蠢きナトラの理性を内側から破壊するそれは、


「──我は、アミレスを永遠にしたい」


 純然たる愛だった。


「アミレスとずっと一緒にいたい。アミレスが我の前から消えることなど、絶対に受け入れられない。だから、みどりはアミレスを守りたい。……でも。アミレスの意思を蔑ろにして、嫌われたくは、ないのじゃ」


 感情というものはいとも容易く移ろうもの。彼女自身これまで幾度となく、簡単に手のひらを返す人間達を見てきた。アミレスがこれまで触れてきた人間達とは違うと分かっていても、それでもそのもしも(・・・)が怖い。

 何人たりとも止められなかった竜種を止めたのは、冬の夜のように鋭い恐怖であった。


「緑は、彼女のことが好きなんだね。嫌われたくないと思うのは、それ程に好かれていたいと思う相手にだけだから」

「うん……アミレスは裏も打算も嘘偽りもなく、ただ我と一緒にいたいと手を差し伸べてくれた、唯一の人間じゃから。みどりは、あの手を失いたくない。アミレスに手放されるということが、酷く恐ろしいと感じるのじゃ」


 胸の前で両手を握り締め、愛くるしい声と共に震えさせる。妹の気持ちを聞いた兄は静かに頷き、柔らかく微笑みかけた。


「僕は緑にも、娘にも幸せになってほしい。緑と娘の望みが叶うことを、心から願ってる。だから──僕は少し、留守にするよ」

「へ? な、何故じゃ? 今の話の流れで、なにゆえ……」

「長い間ここを空けるわけじゃない。少し、母さんに会いに行くだけだ」

「母上に……? しかし、どうして」


 クロノはその先を失った左肩をさすりながら、口を開く。


「腕を取り戻しておかないと、いざという時戦えなくなる。運命に抗えないと困るからね」

「運命……あいわかった。そういうことならば兄上が不在の間、我が精力的にアミレスを守る! スルーノあたりも協力してくれるじゃろうしな。アミレスのことは任せよ、兄上」


 クロノのぶんも頑張る──という決意が、失意のナトラを奮い立たせた。


(ナトラも元気になった。これで気兼ねなく母さんの所に行ける。……早く、力を取り戻さないと)


 彼は胸を撫で下ろした後。窓の外へ憎悪を燻らせる視線を移してから、眦を決した。


(──また、神に奪われる前に)


 あらゆる運命を否定せんと。

 黒の竜は、夢と現の瀬戸際で、純化した愛情に突き動かされたのであった。



 ♢♢



「姫さん、いってらっしゃいませ〜〜」

「気をつけるんだぞ、姫。目障りなものは全て凍らせてしまえばいい」

「いや凍らせたら駄目だろ」


 街は人でごった返している。ララルス侯爵家の隠密部隊カラスより派遣されてきた使用人の運転で、小回りのきく馬車に乗りシャンパージュ伯爵家へ向かったアミレス。

 そんな彼女を馬車が見えなくなるまで見送り、エンヴィーとフリザセアは、東宮の玄関前で漫才のようなやり取りを繰り広げた……かと思えば。


「なぁーフリザセア。アレどう思う?」

「それは竜種の異変か、それとも姫の異変のことか?」

「今はとりあえず姫さんの件のほう」

「……姫の異変は陛下の正体を知ったから、といった理由では無さそうだな」

「だよなぁ〜……つーかそれ以前に、なんか姫さんの神との縁強まってるよな。我が王も気にかけてはいたが」

「……魂に結ばれた強固な縁。陛下とお前の仮説では、姫は何かしらの別世界を知っており、その世界の神が姫に唾をつけているのだったか」

「姫さんの誕生日プレゼントにって打った聖剣の名前『アマテラス』も、異世界の神関連だろーって話だぜ」


 整備された石畳をゆっくりと歩きながら、彼等は真剣な様子で話す。


「そうか。姫が何者であろうと、俺には関係の無い話だ。姫は姫だし、彼女が俺の孫娘であることに変わりはない」

(──神の手に落ちたあの子は、もはや俺の子とは呼べない。あの子を俺は守ってやれなかった。だからせめて、姫だけは……必ずや守らなければ)


 フリザセアの周囲を氷晶が舞ったかと思えば、城壁へと続く氷の階段が現れた。それを一段ずつ登り、エンヴィーは明るく笑う。


「そーだな。たとえ姫さんがどんな存在でも、俺の可愛い弟子で、俺達の姫さんだってことは変わらない。神に唾つけられてるってのは心底気に食わねぇーが、どーせ姫さんは俺達のものなんだ」


 城壁の上。青銀の長髪と紅の三つ編みを風に踊らせ、二体の精霊は眼下に広がる人間の街を見下ろした。


「我が王が姫さんの願いを叶えて、姫さんを精霊界に招くその時まで。あらゆる縁とやらから、俺達が姫さんを守らねーとな」

「ああ。神だけでなく悪魔と竜種まで関わっている以上、人間だけには任せておけない。姫が星に染まるその日まで……俺達が、姫の騎士となろう」


 その表情に笑みは無く。星騎士(せいきし)らしい剣呑な顔つきで、彼等は城壁から飛び降りた。


「……──人間にも、悪魔にも、竜種にも、神々にも、絶対に姫さんは渡さねぇ」


 ずっと、アミレスが何かに怯え続けていた今日この日。

 彼女を脅かすもの全てから星々の愛し子(エストレラ)を守るべく──、精霊王の為だけに剣を振るってきた星の騎士達は、彼女の守護者として剣を振るうと、決意したのである。



 ♢♢



 ──アミレスが、出かけてしまった。

 犬も竜も人も精霊も、何一つとして居ない、大きな部屋。その部屋の主たるアミレスの寝台(ベッド)の上に寝転がり、少年の(かお)をしたその悪魔は虚ろな瞳を窓の外へ動かした。


(……ぼくを置いて、いなくなった。ぼくではない誰かとデートをする為に。……まぁ、いいか。どうせアミレスはぼくを忘れられない。ぼくを見捨てることも、ぼくを見放すことも、ぼくを突き放すことも、もう出来ない。だから待てばいい。彼女がぼくの元まで堕ちてくるその時を。待てば、いい。まて、ば……)


 むくりと起き上がり、悪魔は吐き捨てる。


「…………それができたら、ここまで苦しんでねぇんだよ」


 寝台(ベッド)を降りて、ふらりとおぼつかない足取りのまま部屋から出た悪魔は、一番近くにあった窓に手をかけ、そこから外へと飛び出した。小さな背に蝙蝠のような大きい羽を出現させ、遥か上空へと舞い上がる。

 彼は悪魔だ。悪魔の中でも高位であり、魔界では最上位に座する魔王だ。人間の国の城に展開された結界など、とうに攻略している。雲の中を行くように結界をあっさりと通過し、悪魔は豆粒ほどの馬車を見つけた。


(……邪魔をすればどうなる? メイシアも、アイツのお気に入りだ。メイシアとのデートを邪魔したとあれば……嫌われる、かもしれない)


 アミレスが乗る馬車を眺め、逡巡する。待つことに比べれば、あの馬車をどうにかすることも、デートを妨害することも、赤子の手を捻るようなもの。しかしそれは、この悪魔が最も恐れる『拒絶』を引き起こす一因となりかねない。

 杞憂から生まれた新たな恐怖が、その表情を曇らせる。綿雲のような白髪と滴る猛毒のような黒髪。二色の髪が乱れ、愛らしい顔に濃い影を作った。


「拒絶されることなくアイツの全てを奪うには、どうすればいいんだろうなぁ……」


 それが分かれば苦労しないとでも言いたげに、悪魔は口の端を歪めた。


「……こんな時にまた、厄介事かよ」


 興味無さげに。されど何かを感じたのか、澱んだ満月が僅かに欠ける。


(アミレスは……戦う、よな。アイツのことだ、どうせまた命を懸ける。でも──アイツが死んだらこちらのものだ。アミレスが死んだら、その時は精霊共よりも先に、魂を掻っ攫えばいい。肉体は人間共にくれてやるから……アミレスだけは。アイツの魂だけは、ぼくにくれよ)


 魂を弄ぶ悪魔という存在は、高位の者にもなれば魂だけで死者を蘇らせることも出来る。当然、相応の対価は必要だが……たとえ肉体が朽ちていようとも魂さえあれば、死者を生者に、生者を死者にする事が可能なのだ。

 しかし、アミレスの魂には異様なまでのセキュリティがあり、現状は干渉不可。アミレスの魂を手に入れようと思えば、肉体と魂が分たれる死後……器を失ったことで弱る、その隙を突くしかない。


「…………でも、アイツは死にたくないって、泣いてた。じゃあ……死なないほうが、いい、だろぉな」


 死んだ方が悪魔(じぶん)にとっては都合が良いのに。それでも彼は、選択した。手段は厭わないと決めておきながら、アミレスの為にと近道を選ばなかったのである。


「守る、なんて。柄じゃねぇんだけどなぁ」


 自嘲を含む笑い声をこぼしながら、まるで身を投げるように急降下し、街に降り立ったその悪魔は雑踏に紛れていった……。


神様、精霊、悪魔、竜種……ついに、人外四陣営がそれぞれ動き出しました。アミレスの預かり知らぬところで。アミレスを巡って。最恐の四つ巴です。

どうするアミレス──!?(またしても何も知らないアミレスさん(15))

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― 新着の感想 ―
こんばんは~!今日も更新ありがとうございます! さて、人ならざる者へ気軽に名付けしてはいけないってこういうことですよねぇ……。種族でしかなかったモノが個という存在を得ればそりゃシルフにしろナトラにし…
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