712.Main Story:Ameless
ついにこの日が訪れた。【大海呑舟・終生教】がなんらかの事件を起こすとされる日。アンディザでは、爆破テロが起きてその末にメイシアが魔女として自殺する羽目になる、最悪の日。
六月十五日。その明朝。私は、リードさんとアルベルトとイリオーデと共に、最後の作戦会議をした。
「危険物は見つけ次第即座に回収、または破壊。不審人物を見つけた際は複数人で奇襲し、確実に始末する。これを念頭に置いた上で臨機応変にいこう」
リードさんが、此度の作戦を簡潔にまとめる。
「私はメイシアと二人で遊びつつ、ひとまずは哨戒に徹します。……やむを得ない事情に限り、戦闘するけれど」
「君はそれでいい。戦うな、なんて言っても君は絶対に言うことを聞いてくれないから。極力戦わない方向で、必要に迫られた場合のみ戦うようにしてくれ」
私をよく理解しているらしいリードさんが、眉尻を下げて困ったように微笑む。すると聞き役に徹していたイリオーデが、おもむろに口を開いた。
「……奴等の狙いは何なのでしょうか。ルティの調査でも、ジスガランド教皇の調査でも、動機と目的が明らかにならなかったので……気になってしまい」
「大量の爆薬を用意していることから、なんらかの訴え──テロリズムなのかとも考えたが。さして馴染みも無く、国教の指定を行っていない稀有なこの国で、異教徒どもがそのような無謀な真似に出るとはどうも考えにくい」
「それこそ国教指定を行っていないからなのでは? 天空教もリンデア教も根ざしていないからこそ、その隙をつこうとしたとか……」
イリオーデの疑問に、リードさんとアルベルトがそれぞれの見解を述べる。
「爆薬を使って爆破テロを起こし、自分達で被害者を治癒なりして信者を増やそうとしているのかしら。人って底の無い絶望か、欲望の肥大化に瀕している時ほど何かに縋りたくなるものだから」
「妙に説得力があるなぁ……もしかして、見たことがあるのかい?」
リードさんはどこか不安げな様子。行き当たりばったりな作戦を目前に、落ち着かないのだろう。
「一般論ですよ。宗教──神様に縋り、願い、その身を委ねようとする者は、往々にして現状に絶望あるいは失望し精神的にかなり憔悴した方や、強い欲望に駆られている方が多いので。そういった方々をまとめて引き込む手段としては、たしかにテロは有効だなと。絶望する者には希望を、欲望を肥大化させる者には更なる願望を。……神様の存在一つで、人間の人間らしさは簡単に壊せますからね」
そうやってうちの村は栄えていたらしい。神様が忌々しげに言ってた。
流石に、マッチポンプのような狡い真似はしてなかったようだけど……お賽銭をはじめとして、神饌として供えられる高級食材や高級果物、希少な日本酒などを『二十四を巡った食材を神に捧げるなど不敬だ』とか色々と建前を並べ、自分の懐を潤していたとか。
しまいに、なんと村の外にも“願いをなんでも叶えてくださる大神様”の噂を広め、観光業の真似事までやっていたらしい。
私は、それを実際に見たというわけではないが……神様が、心底腹立たしそうにそう言っていた。あんなにも利用されていたのに、あのひとが村を見捨てなかったのが今となっては不思議である。
「…………とりあえず、後でうちの聖書貸そうか? なんというか、うん。君の宗教観をこのまま放置しておくと、そのうちとんでもないことになりそうな予感がするんだ。具体的には、君が開宗しそうな予感がする」
「「!!」」
「リンデア教の教えは興味深いけれど、誠に残念ながら既に手遅れなのです」
「それはつまり……君は、何かしらの神を信仰していると?」
焦った様子のリードさんと何故か目を丸くする従者達に見つめられながら、気恥ずかしさと共に声を発する。
「──世界で一番素敵な、私の神様を」
♢♢♢♢
神様についてめちゃくちゃ詰められた作戦会議を終え、ひと足先にリードさんと共に街へ繰り出した従者達を見送って、私はメイシアを迎えに行く準備を始めた。
ちなみに、神様については何も話していない。というか多分話せない。なのですっごく煙に巻きました。ごめんなさいリードさん。
そしてネアとケイジーによるメイクアップが終わり、約束の時間までまだ余裕があるから有事に備えて体を動かしておこうと、散歩をしていたら。
「ひ、め、さーんっ。今日はまた随分とお洒落さんですねー、なんか記念日でしたっけ? 今日も変わらずかわい──」
「姫。おはよう。君は今日も美しいな。孫娘が毎日美しくて、おじいちゃんも鼻が高い。さあ、挨拶のキスをしよう」
「お前誰から何吹き込まれたんだよ!? つーか俺が姫さんに挨拶してたんだけど!」
「エンヴィー……そう焦らずとも、お前とも後でしてやる。非常に億劫で面倒だが」
「全く求めてねぇーよ」
師匠とフリザセアさんが星空の歪みから現れた。なんと、師匠は私がプレゼントした服を着てくれている。ふふ、嬉しい。
「おはよう、師匠、フリザセアさん。今日はこれからメイシアとおでかけなの」
「へぇ、お嬢さんと。でも外出ってわりにイリオーデとかの姿が見えませんが……」
「諸事情で彼等には別行動してもらっていて。ところでフリザセアさん、自然に手の甲へキスするのはやめてほしいです」
「うわっ本当だ油断も隙もねぇーな!?」
まるで吸い付くかのように、何度もちゅっちゅと押し当てられる冷たい唇。フリザセアさんは氷像のように麗しい顔で、黙々と挨拶のキスとやらをしていたのだ。
「人間の男はよく、こうしていただろう?」
「あれは社交辞令のようなものだよ。マナーとか、義務とか、そういう類のものです」
「む。そうか……俺は人間の男達と違い、義務といった感覚ではない。その誠意を示すべく場所を変えよう」
淡々と言って、今度は手の甲ではなく頬に口付けてきた。恥ずかしさよりも、冷たい唇が何度も触れるくすぐったさが勝る状況に、師匠が「〜〜〜〜ッ!?」と声にならない叫びを上げたところで、
「おはよう、俺の姫。今日も生きていてくれてありがとう」
フリザセアさんは朝日で煌めく氷柱のように美しく微笑んだ。
人生初おじいちゃんがついに全肯定botと化してしまった。なんたることか。
「おはようございます……?」
「ほら姫さん困ってんぞ。さっさと離れろ距離感おかしーんだよお前」
握手会の剥がしのように、師匠が私とフリザセアさんの間に割り込む。その背の広さたるや、なんとも頼もしい私の師匠だ。
「えっと、師匠もおはよう。今日もかっこいいね。服、着てくれてすっごく嬉しい」
彼の背中にぴったりと抱きついて、フリザセアさん流よりグレードダウンこそしたものの、親愛の挨拶をしてみる。もちろん義務ではない。
「…………はぁ〜〜〜〜〜〜、マジでうちの姫さんはさぁ……」
これどういう反応? ため息多めな気がするから、もしや呆れられてる?
「姫。おじいちゃんともギュッとしよう。ハグ、だったか。おじいちゃんとも、しよう」
「だめでーす。今は俺のターンなのー」
師匠は私の腕の中で器用に身を翻し、向かい合う体勢になったらこちらをぎゅっと抱きしめてきた。
「もういーや。フリザセアへの当て付けも兼ねて、俺も挨拶とやらしますよ」
今度は温かい唇が頬に触れる。
近い。いくらなんでもゼロ距離すぎる。抱き合って頬にキスとか、情状酌量の余地なしで恋人同士みたいじゃない。
「おじいちゃんと孫の戯れは批判を受けるのに、師弟関係に過ぎぬお前は何故許されるのか甚だ疑問だ」
「お前がやると何もかもが事案っぽくなるんだよ。つーか俺、我が王からお前の監視しろって言われてるんで」
「……成程。それでか」
どうやら師匠からフリザセアさんへの当たりが強めなのは、シルフの指示らしい。それを師匠が私の前で普通に話したってことは、たぶん、シルフから聞いたのだろう。私がシルフや師匠の立場を知ったことを。
……師匠、シルフのことを我が王って呼んでるんだ。なんかいいな、そういうの……オタク心が騒ぐな……。
「我が王か……シルフに関してはちゃんとした呼称に変えた方がいいのかな」
「姫さんそれだけはやめてくださいそんなことになった日にはあのヒトがどうなるか……!」
「それは悪手というものだ、姫。最悪の場合精霊界が滅びかねない」
「シルフは爆弾か何かなの……?」
いがみ合っていた師匠とフリザセアさんが仲良く冷や汗を浮かべ、必死に止めてくる。
シルフのことは、これからもシルフと呼んだ方がいいらしい。……よかった。これからも、私の友達はシルフのままなんだ。
♢♢♢♢
「アミレス」
廊下で誰かに呼び止められて振り向けば、後方にはナトラとクロノが居た。
「どうしたの?」
「……今日、外出するのはやめにせんか? 何か……胸騒ぎがするのじゃ」
駆け寄ってくるなり私の服の裾を掴んで、ナトラは呟く。多分ナトラは──帝都を脅かす誰かの陰謀を感じ取ったのだろう。
「でも、メイシアと約束してるから」
「じゃがイリオーデ達もおらぬのじゃろう? そんな状況でお前とメイシアだけで街を歩くなど……何かあればどうするのじゃ」
「もしもの時が来ても、極力首を突っ込まないようにするよ。心配してくれてありがとう、ナトラ」
ゴッドハンド疑惑のある我が手で頭を撫でてあげれば、ナトラは腑に落ちない様子ながらも引き下がってくれた。
「……娘。君、馬鹿なの? どうして僕達の忠告をことごとく無視するんだ。僕達は、君を思って言ってやってるのに」
「貴方達を蔑ろにする意図は無いの。……でも、結果的にそうなってしまってる。私にも譲れないものがあるから。本当に、こんな人間でごめんね」
静かな廊下にクロノの舌打ちが響く。
師匠とフリザセアさんが真剣な様子で顔を見合わせたかと思えば、
「──姫さん。この後お嬢さんとお出かけなんですよね? 外は人が多いし、万が一のこともありますから、早めに出てはいかがです?」
師匠は私の肩を掴み、強引に方向転換させた。そして「ゴーゴー!」と背を押される。振り解けそうにはない。彼の言うことも一理あるし、ここは師匠の提案を採用しよう。
「えっと……じゃあいってきます! ナトラ、クロノ!」
なんとか顔を動かして、師匠とフリザセアさんの間から、後方のナトラ達に向けていってきますと叫ぶ。
…………私の緊張が伝わってしまっているのか、今朝の皆は、少し様子が変だ。