♦711.Chapter1 Prologue【かくして白日が翳り】
新編です!!よろしくお願いします!!!!
「とっても可愛いわよ、メイシア」
化粧台の前に座るわたしの肩に手を置いて、万感の思いで今にも泣きだしそうなお母さんが、微笑みながら褒めてくれる。
鏡を見ればそこには、魔女と呼ぶには少々可愛いらしさが強い、わたしがいた。
アミレス様を象徴する夜空──濃紺と濃い紫色のワンピース。パニエで広がった裾には大きなフリルがあしらわれていて、可愛らしくもシックな様相になった。大きく波打つ袖から見えるサテングローブは黒いレース生地で、義手を上手く隠してくれている。
黒を基調として薔薇のレースで作られたビブカラーの上には、アミレス様の銀髪を彷彿とさせる月のような白銀の細いリボンが。
少しでもアミレス様に相応しいわたしになりたくて……はじめて髪を巻き、重たい前髪を整え、青薔薇の造花を髪飾りとして頭に添えた。その青薔薇の下でも、白銀のリボンが揺れている。
これと色違いの──赤薔薇と藍色のリボンがついた髪飾りは、後でアミレス様にお渡しして、お揃いにするつもりだ。
「……ありがとうお母さん。みんなも、とっても可愛いくしてくれてありがとう」
服を選んでくれたお母さんと、まるで我が子の晴れ舞台を迎えた親のように涙を堪えて震える侍女達に、お礼を告げる。
「はぅ……! 世界一可愛いですお嬢様!」
「これなら王女殿下もイチコロですわ!」
「とても可愛いですお嬢様ぁ〜〜っ」
「大袈裟だよ、みんな」
今日は待ちに待った六月十五日。──アミレス様とのデートの日だ。
誘ったのは私だから……とこの後アミレス様が迎えに来てくださるのだが、そこから先の予定はまだ知らない。今日はアミレス様がエスコートしてくれるのだ。まるで夢のよう。正直なところ、未だ夢心地である。
「私もお父さんも、メイシアが選んだ人ならどんな人でも受け入れるつもりよ。だから──王女殿下、ゲットしちゃいなさい!」
「お母さん……」
緊張を解そうとしてくれたのだろう。お母さんが、茶目っぽく激励の言葉をくれた。
「わたし、頑張る!」
アミレス様に選んでいただけるように、アピール頑張ろう。わたしの夢──アミレス様との結婚を叶える為に!
「──ほぅわァッ! メイシアちゃんお嬢様! 今日も世界一可愛いです好きです結婚してください!!」
「お断りします。……本当に、毎日よく飽きませんね」
「だって毎日どんどん好きになるんですもん〜〜! かわいぃぁだッッ!?」
広間に出ると、執事長のオルロットと話し込んでいた様子のエリニティさんが、わたしに気づくなり目の色を変えて飛んできて、すかさず追いかけてきたオルロットに、頭へ手刀を落とされていた。
「エリニティくん、またやってるわ。毎日フラれるなんて本当に心が頑丈ねぇ」
「お嬢様が王女殿下に心を捧げているとわかってのあれだもの。本当に、見上げた根性よね」
侍女達が、一周回って感心したように呟く。これがここ暫くの日課……というか、見慣れた光景なのだ。
彼がシャンパー商会で働くようになって暫く経った頃。
平民の彼はあまり教養がないからと肉体労働を志願していたようだけど、ある日偶然彼の地頭の良さに気づいた当時の上司がそのまた上司に雑談の中で伝え、そのまた上司が……とついにはお父さんにまでその話が伝わったらしい。
聞いたところによれば、エリニティさんが家計簿管理をしていたらしい。ラークさん主体とはいえ、お金関連は最終的にエリニティさんが帳簿をつけていたのだとか。
エリニティさんのずば抜けた計算能力と手先の器用さを知ったお父さんは、『これは思わぬ収穫だ』なんて言って、彼を商会から引き抜いたらしい。
彼自身が、『いずれはシャンパージュ伯爵家の使用人になる!』と常日頃から宣言していたこともあり、半年程前にとんとん拍子で彼は我が家の使用人──執事見習いとなった。支給された執事服を着て、オルロットと共にお父さんの仕事のお手伝いと屋敷の管理を学んでいるそう。
それからというものの、彼が出勤している日は毎日同じように告白され求婚もされている。最初こそは、誰もが身分差やそもそも仕事中であることを理由にあまりいい顔をしなかったけれど……もう、みんな見慣れてしまったのだ。彼がわたしに告白して玉砕する光景に。
「メイシアちゃんお嬢様」
「エリニティ」
「……メイシアお嬢様! は、今日王女様とデートなんですよね? だからいつもの五億倍は可愛いんだ。これは王女様に感謝しないとですね」
エリニティさんは人懐っこい笑顔で明るく言う。この、あっさりと距離を詰めては懐に入ってくる笑顔で、屋敷の人達も商会の方々も、彼をあっさりと受け入れてしまったのだろう。恐るべし。
「……どうしてアミレス様に感謝なさるんですか?」
「えっ?」
「いえ、アミレス様に全人類が常日頃から感謝すべきなのは事実ですが、その……あなたは、わたしがお好きなのでしょう? なのにどうして……好きな人が他の人とデートするのに、そうも喜べるのですか?」
わたしなら無理だ。アミレス様がわたし以外の誰かとデートすると考えるだけで胸が苦しくなるし、相手を燃やしたくなる。
ならば何故、彼はこうも笑えるのだろう。あんなにも、毎日毎日懲りずに告白してくるのに。
「だって、君が嬉しそうだから。じゃなくて、ですから。メイシアお嬢様が嬉しそうだとオレも嬉しいし、幸せそうならオレも幸せですので!」
随分と自慢げに、彼ははっきりと言い切る。
「仮にそうだとして、どうしてアミレス様に感謝する結論に至るんですか?」
「仮にじゃなくて事実ですぅー。世界一可愛いメイシアちゃ、お嬢様を見られたのは王女様のおかげだから、王女様に感謝する。それだけのことだ……ですよ!」
「……変わった方ですね」
「よく言われる」
あはは、と彼は笑う。
自分以外の誰かの為に好きな人が着飾っていたら、普通は嫉妬するものじゃないの? どうして彼は……こんなにも穏やかに、いつくしむように、わたしを見ていられるの?
「む、来客だ。王女殿下がお越しになったのやもしれませぬ」
「王女様が? はい! オレ出ます! オルロットさん、オレに来客対応任せてください!」
「ンン……普通の来客であれば任せる訳にはいかなかったが、王女殿下ならば……あの御方の部下でもあるお前に行かせた方がよいやもしれんな」
「アリャアトゴサイヤァースッ! エリニティ、行ってきます!」
「…………やはり礼儀作法を重点的にやるべきかぁ……頭の回転は早いのに、何故こうも礼儀や言葉を覚えるのは異様に遅いのか……」
駆け出したエリニティさんの背中に「廊下を走るな!!」と叫んでから、オルロットはこちらを振り向いた。
「すみません、お嬢様……エリニティは再度きっちり教育しますので」
「大丈夫だよ。エリニティさんは元々ああいう人だから。それより、わたしもアミレス様の元に行きたい!」
「では、僭越ながらわたくしめがご案内しましょう」
オルロットのエスコートを受け、わたしも玄関に向かう。
おろしたての慣れないヒールだけど。その足取りは、とても軽やかなものだった。