710.閑話 汝は神なりや?
「──そこで私の愚息が言ったのです。『あんな蛇、ぼくヒトリでじゅうぶんだから消え失せろ目障りだ気色悪ぃ』と。我が子の成長とはかくも早いものなのかと、あの時は胸が躍りました」
……どうしてこうなった。
私はただ、あの執念深い悪魔が我が愛娘に近寄れぬよう、帝都に我が領域の一部を繋げようとしただけなのに。
いつの間にか白髪赤瞳華美男と共にテーブルを囲んでいた。本当に意味不明だ。そして不愉快だ。
「その時愚息と娘と共に愚息の戦いを眺めていたのですが、本当に弱くって。まだまだ鍛え甲斐があると年甲斐もなくはしゃいだ程です」
愚息何人いるんだよ。
「……セツ、聞いていますか? あなたが茶会を所望したからこうして人に紛れて紅茶を飲んでいるのですよ?」
「私が駄々をこねたみたいな言い方はやめてくれたまえ。風評被害にも程がある。そもそも、私は君と関わるつもりなど全くなかったんたが」
「しかし、戦わないとなると茶会ぐらいしか対話の手段はありません」
本当に話が通じない。クソ苛立たしい。
「……セツ。私の話を聞いてください」
「うるせぇカス」
むぅっとした表情で、白髪赤瞳華美男が文句を言う。それがあまりにも気色悪くて、全身が粟立ち、口をついて乱暴な言葉が飛び出してしまった。
その顔をしていいのは可愛い女の子だけなんだよ。男がしたって需要も意味も意義も価値も何も無い。
「カス。……昔、愚息にも言われた覚えがありますね。『カス野郎』だとか、『クソ野郎』だとか。それが流行りの言葉なのですか? すみません、私、流行りには疎くて」
「さあね。知りたきゃその愚息とやらに聞けば? というか私はもう行くから。いつまでも君に付き合ってやる義理は一切無い」
立ち上がれば、周囲の注目がいっそう強まる。今の私は美少年なのだから囲まれるのも当然だが……この男。彼もまた、見目だけは本当に華美だ。そんな私達が共に紅茶を飲んでいたのだ。そりゃあもう目立つ。
「……おい。なんで着いてくるんだよ」
「あなたの動向が気になって。ふふ、何を企んでいるのですか?」
「君に話す義理はない」
「では、その義理とやらを作りましょうか?」
足を止める。殺意を溢れさせながらゆっくりと振り向くと、白髪赤瞳華美男が無駄に麗しく微笑んでいた。
本気だ。この男は、ただそれだけの為に、本気で私への借りを作ろうとしている。ただ、私の目的を知る為だけに。
「──チッ。君達のような魑魅魍魎がこの街に入れないよう、結界を張ろうとしただけだ」
叶うならば消し去りたいが、それは不可能だ。あの【樹】が黙っていないだろう。だから退魔結界を張ることにした。……私にできる最善が、これなのだ。
「おやおや。それは困りますねぇ。私もまだこの地に用があるのですが……」
「君の事情など知ったことか。私は私の目的の為に動く。君が己の欲望の為に好き勝手しているようにな」
「ふふ。やはりあなたはとても好い。是非とも一度、殺し合いたいものです」
「……本当に気色悪いな。この異常性癖が」
無駄に華美な面を恍惚と歪め、男は熱を孕んだ息を吐いた。
これを目撃した人間達は老若男女問わず、等しく顔を紅潮させ、うっとりと男を見つめたまま、腰が砕けたようにその場にへたり込んだ。
「これ、どうにかしろよ。君の所為だぞ?」
「なんのことです? それよりも、茶会後の一戦などいかがですか?」
「聞いたことねぇよ茶会後の一戦なんて」
これ以上関わりたくない。その一心で踵を返し、早足に歩き出す。
「そうですか。ではまた別の機会に。……またお会いしましょう、孤高のあなた。次こそは殺し合いましょうね」
お断りだカス。誰が君みたいな変態と進んで関わるかっての。ただでさえ気乗りしないながらも暗躍しているんだぞ。これ以上気に食わない男と接触したくない。
あの子の傍で昼寝していたいんだよこっちは。それでも、あの子がこれ以上裏切られて悲しむことがないようにやれる限りのことをやってるんだ。男の世話を焼くなんてこと、私の主義に反するのに。
……そうだよ、私は、あの子の為なら自分の主義すらも捻じ曲げられる。それが私にできる数少ない贖いだから。
あの子──私の愛娘が、幸福になれるのであれば。
「……──その時は、君も殺してやる」
あの子の幸福に、私は不要。あの子の世界に神は在ってはならないのだ。
「──ふふ、その日を今か今かと待ち侘びておきましょう」
男の言葉に寒気を覚えながら、街の中心部へ向かう。
この街は王城を中心に広がる巨大なほぼ正円形の都市だ。ほぼ、というのは向かって北側のいわゆる北部地区に魔塔と呼ばれるものがあり、その関係で少し楕円になっているそう。
帝国貴族達の帝都の屋敷がある東部地区、平民が多く暮らす西部地区、そして大通りをはじめとして商いが集中する南部地区。
ただでさえだだっ広い王城を中心とした、帝国内でも随一の広さを誇る都市だからか、徒歩で街中を巡ろうと思えば最低でも丸一ヶ月はかかるだろう。何せ公共交通機関と言えば馬車のみ。乗り合いの馬車……バスのようなものもあるにはあるが、あれはどちらかと言えば帝都と近隣の領地を繋ぐ為のもので、帝都内での移動はほぼ徒歩。貴族が馬車や馬を使うぐらいなものだ。
なので、平民は自分の生活圏内からまず出ることがないとか。最近だと西部地区に様々な福祉施設や商業施設が出来たこともあり、よりその傾向が顕著になっているらしい。
そもそも今は帝都全域で建国祭が行われていて、馬車すら中々進めないような歩行者天国。つまりは徒歩での移動を余儀なくされる。
本来ならば人混みの中ぎゅうぎゅうに押し詰められつつ進まなければならないところを、屋根上ならば何にも妨げられることなく、目的地まで一直線に疾走できるのだ。
そうして王城の天辺に辿り着く。そこから街を見下ろせば、祭りと呼ぶに相応しい明るい喧騒が街を包んでいた。…………祭り、か。
『───神様。私、いつか神様と一緒にお祭りに行ってみたいな』
『……ああいいとも。この村の祭りはしょぼ……小規模だから、どこか別の──そうだな、祇園などがいいだろう。あれは、近場かつ規模が大きい祭りだ』
『やったー! 楽しみ!』
結局あの約束は果たせなかった。その時を迎える前に、君は…………。
だからこそ、私はこうも無謀を繰り返しているのである。本当は、愛おしい君に逢って、話して、抱きしめて……今度こそずっと……君の成長を見守っていたい。この手で君を育みたい。
だけど、私にはそれが許されない。
君の人生を壊し不幸にした私には、そのような資格がない。また、君を不幸にしてしまうだろうから。
「……せめて、傍にいることは許してほしい。君が幸せになれるまで、正体は明かさないから…………君が幸せになるまで、見守らせてくれ」
ただ一つの、私にできる贖いを。
君が幸せになれるように……私はその道を整えよう。
「────かがみよ。此れなる地に天の陽光を齎し給へ。汝、現世を渡りし路とならむことを」
しゃりん、と鈴が鳴り、花が舞う。見慣れた赤と桃の花弁が吹き上がり、帝都を包むように空をゆく。
「叶うならば。また君と、桜を見られますように」
隠世と現世を繋ぐ鳥居。そこから溢れ出す、私の領域を彩る花々。あの子が愛した春の花。
氷の国に、季節外れの春が訪れた。
これにて残星の夢醒編終幕となります。
攻略対象達が悪夢に囚われ、シルフがついに罪悪感を覚え、シュヴァルツが完全に狂い、ローズニカが夢から目醒め、レオナードが夢に溺れ、そしてアミレスがようやく夢を見た、全体的にメルヘンチックでラブロマンスな話でしたね。
二編にわたり『夢』をテーマに書いてきた甲斐があったというものです。
アミレスを取り巻く環境が激変したところで、またもや不穏な影が……具体的にはついに六月十五日が訪れます。Xデーです。
はたしてアミレスはメイシアを守れるのか……?! そして、なんだか目から光が消え失せた面々による世にも恐ろしい最強逆ハーレムをアミレスはどうするのか…………?!
というわけで、次話より新編になります。
溺愛と執着と依存が加速する第五章。今後とも何卒よろしくお願いします〜!ヽ(´▽`)/