707.Main Story:Ameless2
「アミレス。これも食え。美味いぞ」
「どうも……」
「妹よ。食後のデザートは何が良いのだ。茶請けだろうがなんだろうが、いくらでも馴染みのパティスリーから取り寄せてやる」
「あ、ありがとうございます……」
「そりゃあいいな。俺の分も頼むよ。俺とアミレスで食うからさ」
「寝言は寝て言え」
食事が喉を通らないとはこのことを言うのだろう。空気が悪いのは勿論のこと、何故かアンヘルとフリードルが上座の私の両隣に座り、隙あらばこちらを構うものだから。まったく食事が進まない。というか、咀嚼するだけの元気が無い。
私の同意なく、気まずさ限界突破デスゲーム第二ラウンドが始まってしまっている。由々しき事態だ。
ああ……胃が痛い。
「あのさぁ。見て分かんない? おねぇちゃん、すっごく迷惑そうなんだけど。そういう独善的な言動でおねぇちゃんを困らせないでくれる? お前等、自分がいかに邪魔で不必要なのか、理解した方がいいよ」
シュヴァルツはどうして全方位に喧嘩売るのかな!? 私の胃を完全に破壊したいの!?
「付き纏うだけ付き纏っておきながら結局は見捨てた悪魔風情が……知ったような口を利くな」
まるで、地獄かのよう。背筋が凍える程の憎悪を瞳に宿らせて、フリードルは斜め前に座るシュヴァルツを強く睨みつけた。
彼等にはそこまで面識が無いはずなのだが……フリードルはどうしてここまでの怨念をシュヴァルツに……?
「…………アミレス。俺のこと、邪魔、なのか? 忘れたいと思うぐらい……俺って存在は、あんたにとって不必要なのか」
「え? そんなことは……あれはシュヴァルツが例えで言っただけのことだよ」
「本当に?」
「……ウン! ワタシ、ウソツカナイ」
「…………そうか」
睨み合うフリードルとシュヴァルツを横目に、捨てられた子犬のような表情で縋ってくるアンヘル。
この新人美容アドバイザーさん、太客候補の私を逃すまいと不安になってるのかな。それこそ無用な心配だけど……アンヘルの頼みなら喜んで顧客になるよ、私。
胃に入れたものが全て逆流しそうな気分に襲われつつ、なんとか最後の晩餐(未遂)を終えた。
本日の食後のデザートにと用意されたものは、アルベルト特製のシャーベット。爽やかなフレーバーが、状態異常:胃痛の私を癒してくれる。
胃痛の新たな要因の方々はというと、
「おぉ、美味いなこの氷菓子。他国では氷を用いたスイーツなんてまったく見ないんだが、流石は氷の国……物珍しい上に、とにかく美味い」
「……………妹よ、これは少々甘すぎるのではないか?」
「は? この程度で甘いとか、おまえスイーツ食うの向いてねぇよ。スイーツに失礼だろ。今すぐ食うのやめろ。そして永遠にスイーツを食うな」
「僕は世間一般における意見の一つを口にしたにすぎない。少数意見を排斥するというのはすなわち文化の停滞、衰退を意味するが。貴殿はスイーツ文化とやらの発展を追求しているのではなかったか?」
まだ居るのだ。席替えなども特に無く……空気清浄機が裸足で逃げ出すレベルの空気のまま、食後のデザートタイムに突入した。
今や私の救いはこのシャーベットだけ。ありがとう、アルベルト特製シャーベット。
「アミレス殿下ー! またまたお客様です! 足でも折って追い返しますか?」
食堂の扉が開いたかと思えば、侍女のケイジーが向日葵のようにぱっと笑って意見を仰いでくる。顔と台詞がまったく一致しない。
「足が折れたら帰れないでしょう。それで、誰が来たの?」
「ジスガランド教皇です。なんでも、アミレス殿下に大事な話があるとかで」
「「大事な話……?」」
不信感を隠さないフリードルと、不快を隠さないアンヘルが、奇しくもその声を重ねる。
「談話室にお通しして。私も今から向かうから。ルティ、珈琲の準備をお願い」
「ブラックでよろしかったでしょうか」
「えぇ」
それぞれ動き出したケイジーとアルベルトに続くように、立ち上がる。
流石は私の執事。よく来るお客様の好みまできちんと把握しているようだ。
「それでは私はお客様の対応に移りますので、お二人はデザートを食べ終わり次第、お好きなタイミングでお帰りください」
「僕だって客人だが」
「なあ、ジスガランド教皇との話とやらは俺も参加したら駄目か?」
駄々をこねるんじゃない。
リードさんがアポ無しで訪ねてきて、わざわざ『大事な話』とまで言ったんだ。急を要する重大案件に決まっている。
「内容もわからない以上はなんとも。では、私はこれで」
イリオーデを伴い、足早に食堂を後にする。その足で談話室へ向かえば、どこか落ち着かない様子のリードさんが既に待機していて。
「アミレスさん。ごめんよ、こんな朝早くから先触れも無しに」
「それだけ急を要する話なんですよね?」
「話が早くて助かるよ」
向かい合って座り、アルベルトの淹れたブラック珈琲を一口味わってから、リードさんは早速本題へ入った。
「君も調べているようだから、伝えておこうと思ってね。──【大海呑舟・終生教】が、明朝から怪しい動きをしている。何かを設置したり、とかではないんだが……今まで滅多に民間人と関わってこなかったのに、今朝になって急に民間人に話しかけるなどの目立った動きを見せている。私の推測でしかないが、多分、彼等の計画が大詰めに入ったのだろう」
彼の話に、私とアルベルトとイリオーデは息を呑んだ。昨日一日アルベルトに調査してもらって得た情報と、リードさんが提供してくれた情報。これを合わせると──
「やっぱり、明日事件が起きる……!」
「そう考えた方がいいだろう。……私個人としては、君には危ない真似をしてほしくないというのが本音なんだが……君は、絶対に戦おうとする。ならば、初めから共闘しておいた方が私の胃に優しいと思うんだが、どうだろう?」
「えっと……つまりはリードさんも一緒に、事態解決に向けて動いてくれるってことですか?」
「そういうこと。先の妖精族侵略事件で随分と暴れてしまったから、ケイリオル卿直々に『大立ち回りは程々に』と言われていて……あまり目立ったことはできないけどね。私に出来ることはなんだってやるさ」
「ありがとうございますっ!」
リードさんが初めから力を貸してくれるなんて! なんとも心強い……!
アルベルトから、調査中にリードさんと遭遇した報告は受けていた。だから、もしもの時は助力願えないか……と考えてはいたけれど、まさか向こうから申し出てくれるなんて。願ってもない話だ。
頼もしい味方を得た私達は、帝都全域の地図を囲み、作戦会議をした。リードさんが独自の調査で入手した情報と、アルベルトがこれまでに掴んできた全ての情報を整理して、【大海呑舟・終生教】が事件を起こしそうなポイントにあたりをつけてゆく。
そうして推測した場所を、彼等三人が総当たりで回っていくことになった。リードさん曰く、例の宗教にはミカリアと同類の男がいるとかで、個人ではまず歯が立たないと思った方がいいらしいのだ。万が一のことがあってはいけないし、効率が悪くなるのは百も承知で、彼等には三人で行動するように頼んだ。
そしてその間私は──メイシアを守る。
当然それだけではない。私はメイシアと祭りを楽しむ傍らで、連絡用魔水晶にて彼等に逐次状況報告をするのだ。言わば、哨戒を担っている。
少しでも怪しい動きや人や物を見かけたら、すぐさま報告する。そして私は、自衛の時しか戦わない。……たぶんこの言いつけは守れないだろうが、そう、リードさん達に言われている。
とはいえ、明日はメイシアの安全──未来が最優先事項。その為ならば、多少の我慢は許容すべきだろう。もしもの時が来ない限りは、戦わない。よし。