703.Main Story:Ameless2
番外編や登場人物紹介をまとめた別枠、【フォーロイト帝国情報部】を投稿したので、もしよければご利用ください。
作者ページまたは、『UnbalanceDesire』シリーズから行けますヽ(´▽`)/
外出の為の準備を終えた私は、シュヴァルツを探して東宮内を歩いていた。彼はどこで待っているのかな、なんて考えていたら、片手で器用に掃き掃除をしているクロノと出くわした。
彼は私に気づくなり呆れたようにこちらを見つめ、
「娘。悪いことは言わないから、あの悪魔から手を引きなよ」
訳のわからないことを言った。
「手を引くって、どうして……?」
「あの悪魔はとうに壊れてる。それこそ数百年とか、それくらい前から。そうでなければあんなことにはならないはずだ。でも、現になっている。だからあいつから手を引けって忠告してるんだけど」
「言ってる意味が分からないわ」
要領を得ない言葉の数々。クロノが何をしたいのか、その真意がまったく読めない。
「……君は優柔不断すぎる。いや、善悪が曖昧で歪すぎる。だからここまで拗れた。本当に愚かだね、人間って」
「だから、何の話──」
「このままだと、君は死ぬよ」
「…………え?」
耳を疑う。バッと彼の黄金の瞳を見つめれば、それは私を憐れむように細められていた。
「完全に拒絶するわけでもなく、かと言って完全に受け入れるわけでもない。博愛と言えば聞こえはいいけれど、それは君が決断を避けているだけのこと。君のその曖昧で傲慢な態度が、あの悪魔をつけ上がらせた。事態を、余計に拗らせたんだよ」
博愛? 私が決断を避けている……? それに、さっきから悪魔だなんだって、もしかして彼はシュヴァルツの話をしているの? 分からない。彼が何を言ってるのか、何を伝えようとしているのか、何一つとして理解が追いつかない。
「区別。差別。まあ、そんなものはわざわざつける必要は無い。でも、順位は違う。生きるにあたって誰しもがそれを定め、その順位をもとに思考し行動する。──だけど。君は、そうしなかった」
黄金の瞳に射抜かれる。頭の奥底まで見透かされるような視線に、ぞくりと背筋が凍る。
「君は生きるにあたって、『大切なもの』と『それ以外』の区別しか行っていない。本来つけるべきであった順位を一切つけず、区別だけで終わらせた。だからあの悪魔はつけ上がったんだよ。──まだ、可能性はある。って」
「なに、を……いって……」
「君は実に怠惰だ。それでいて傲慢で、強欲。誰しもが君の一番を求めているのに、君は誰一人として順位をつけてあげなかった。なのに、周りから与えられる性愛と嫉妬を当然のものとして平らげている。嫌われることや失うことを恐れて何も選択しないのに、周りが傷つけば当然のように憤怒し、周りが悲しめば当然のように憂鬱になる。だけど、それでも君は順位を定めない。博愛主義なんてものは、裏を返せば──ただの怠慢だよ。なんて立派な虚飾なんだろうね」
四方八方から殴られる感覚だ。結局彼が何を言いたいのかは、分からないけど。でも、彼が言っている言葉の意味は、分かる。
「…………そうよ。私は、順位を定めていない。皆の命に価値を定めたくないの」
「そうだろうね。良く言えば博愛主義で平等。悪く言えば、八方美人なだけの愚者。それが、君だ。『大切なもの』は全て平等に愛し、その中では一切順位をつけない。はたから見れば博愛的かもしれないけど……君はただ、『大切なもの』の価値を定めて、『大切なもの』の中で優先順位を定めるのを恐れただけだ」
「それの何が悪いの? 私は皆が大事だから、その中で優先順位なんてもの決めたくない」
「そういうところが怠惰で強欲なんだよ。君のその曖昧で傲慢な態度が、その大事な皆とやらを狂わせた。あらゆる物事を拗れさせたんだ」
……私が、皆をおかしくした? どうして? どういうこと?
「実際にどうなるか、なんてことは僕にも分からないけど。少なくとも、君が明確に順位を定めていれば、ここまで拗れなかったかもしれない。──でも、君は『一番』を定めなかった。だから誰しもが可能性を見い出して、壊れてゆく」
隻腕で私の頬にそっと触れ、クロノはまた、憐れむようにこちらを見下ろす。
「君が、選択を拒んだから。適当で、曖昧で、博愛的な態度ばかり取ったから。だからあの悪魔は……いいや、君の周りの連中は、揃いも揃って壊れたんだよ」
「……っ」
「受け入れられないならば、完全に拒絶すればいいものを。君は博愛的に、どんな姿でもどんな奴でも受け入れる。……僕だってそうだ。そのくせ、こちらが少しでも踏み込もうとすれば拒絶する。酷い話だとは思わない? 受け入れたのは君なのに。君はそうやって何度も裏切り、何度も多くの心を壊してきたんだ」
その被害を最も受けたのが、あの愚かな悪魔だよ。と、クロノは淡々と言う。
……私が、シュヴァルツの心を壊したの? いつ、どこで? 知らず知らずのうちにそんな酷いことを、私は日常的に……? それも、無意識のまま。壊れていく皆の心に一度も気づくことなく──。
「…………私、が……皆を……」
「酷い話ではあるけれど、君は悪くないよ。だって君は元からそういう人間だから。そうと分かった上で、どいつもこいつも君の『一番』を求めて勝手に傷ついている。馬鹿な話でもあるよね。まあ、君がさっさとあいつ等を完全に受け入れるか完全に拒絶していれば、ここまで拗れる事もなかったんだろうけど」
「……なんで」
「ん?」
「なんで、急に、そんなことを」
問えば、目と鼻の先のクロノはきょとんと瞬き、そしてすぐさま顰めっ面になった。
「言っただろう。忠告だよ。さっきも話したけど、君が曖昧な態度で傲慢なことばかりするから。元々壊れていたあの悪魔は、もう、後戻りできないところまで壊れて、狂ってしまった。君に対して何をしでかすか分からない。僕も注視はするけれど、あの悪魔は……本気を出せば僕すらも捩じ伏せられる。だから最悪が訪れる前に、君には避けていた事柄に目を向けてほしいんだ」
「どういう、こと?」
「……──あの悪魔を完全に受け入れるか、完全に拒絶するか。どちらか選べ。……いや、違うな。あの悪魔を完全に拒絶しろ。これ以上あいつに希望を与えるな。隙を見せるな。愛を与えるな。繰り返すけど、これは忠告だ。君の全てがあの悪魔に奪われる前に、あいつから逃げろ!」
逃げる? なんで? クロノはどうしてそんなことを言うの? シュヴァルツは私の友達で、大事な身内、で……。
「拒絶なんて、できないよ。だって、友達……だから……」
「この期に及んで何馬鹿なことを言ってるんだ? 君の命が……っ、君という存在の全てが懸かっているんだ! 拒絶できないなら受け入れろ! でも君は、そんなこと出来ないんだろ?!」
きっと、彼の言う『受け入れる』というのは……シュヴァルツの想いを受け入れて応えろ、ということなのだろう。
クロノの言う通り……少なくとも、今の私には彼を受け入れることは出来ない。まだ恋とか愛とかよくわからないし、そもそも明日死ぬかもしれない命なんだ。これ以上、そう易々と、私の命に他者のそれを縛り付けるわけにはいかない。
「だから、拒絶しろって言っているんだ。君はいつもそうやって曖昧な態度ばかり取る。それがどれ程に独善的で、残酷なことかも知らずに」
何も言い返せない私の肩を掴み、彼は捲し立てる。
「死にたくないなら、あの悪魔を拒絶しろ。今ならまだ間に合うかもしれない。……もしもの時は僕も応戦してやる。だから、取り返しがつかなくなる前に──……」
憐れむようにこちらを見つめていたクロノは、いつしか必死な様子で、我儘な子供を宥めるように何度も『拒絶しろ』と訴えてきた。
私とクロノは、言ってしまえばただの同居人だ。ナトラと過ごす衣食住を用意して、彼が人類へ復讐しないよう、それをどうにか先延ばしにしているのが現状なわけで。猟奇的でより極悪非道な復讐方法を提案したものの、それ一つで彼にめちゃくちゃ気に入られたとか、そういうのも無かった。
あくまでクロノは、ナトラのお気に入りだから、って認識と距離感で私と関わっていた。だから、そんな彼がどうしてここまで必死になるのか分からない。
寝不足の代償なのかな。今、私は……彼の話の内容も、彼自身の様子も、何一つとして理解しきれなかった。
♢♢♢♢
「あっ。おねぇちゃん、やっと来た」
「……待たせてごめんね、シュヴァルツ」
クロノと別れた後。重い足取りで玄関まで向かうと、誰にも見つからないよう隠れる子供のように、隅っこで膝を抱えているシュヴァルツがいた。
「あれ? イリオーデ達はいないのぅ?」
「うん。今日は大通りで大規模な路上パフォーマンスがあるらしくて、人数が多いと身動きが取れなくなっちゃうから」
「そうなんだぁ。じゃあぼくがおねぇちゃんのこと、守らないとね!」
跳ぶように立ち上がり、ふふんと鼻を鳴らす。私が来たことに気づいた彼は愛らしい笑みを浮かべていたが、その直前にはまた……今にも消えてしまいそうな朧げな瞳で、無表情にぼーっとしていた。
クロノの言葉が頭の中で反響する。『元々壊れていたあの悪魔は、もう、後戻りできないところまで壊れて、狂ってしまった』って、彼は言っていたけれど。たしかにさっきのあの目は…………私にも、見覚えがある。
『───ああ! 巫女様! どうか、どうか、わたくしめの願いを叶えてください!!』
『───離せぇええええええっ! おれは願いをっ、願いを叶えてもらうんだ! 大神様! 我らが巫女様ぁ! おれの願いを叶えてくださいッッッ!』
『───ふざけるなッッッ、私の願いだけ叶えればよいものを! 何故! あのような下賎な者の願いまで叶えるというのか!? 無駄なことをする暇があるならば、私の願いを叶えろォッッ!!』
『───ぁぁ、ぁああっ、はははははははは! 願いが、願いが叶った! はは、はははははははははははははははっっっ! 本当に、本当だったんだ!!』
あれは、壊れた人の目だ。
本当に……シュヴァルツは、壊れてしまったんだ。──私の、所為で。
平等に。貴賤なく、ただ粛々と役目をこなす。それが、私に命じられた事。私に与えられた、唯一の存在意義だった。あらゆる願いを聞いて、記憶して、それを一切の選別なくありのままに神様に伝える。それが、巫女の役割だった。
だから、わからない。
不平等に他者の言葉を聞くという行為が。不平等に他者の想いを受け入れるという行為が。不平等に他者を拒絶するという行為が。
そんな私に『大事なもの』ができた。できてしまった。
だから、その『大事なもの』の中でだけは。この、私というお役目の中でだけは、平等であろうとした、だけなのに。その果てが──……これ、なの?
「……おねぇちゃん? どうしたの、顔色すっごく悪いけど。今日のお出かけ、やっぱりやめとく……?」
「──いや、大丈夫。大丈夫、だから……」
無邪気なシュヴァルツが、こちらを心配そうに覗き込んでくる。
ずっと感じていた違和感。その正体が、今ようやく分かった。──満月のようなシュヴァルツの金色の瞳が、雲に覆われたかのように暗く澱んでいる。前はあんなにもキラキラとしていたのに。
……何を言ってるの? 私は。
『………ん。じゃあ何もしない。しないから、拒絶だけは、しないでくれ』
シュヴァルツが壊れたのは、私の所為。クロノの言う通り、私は……何度も彼を傷つけてきた。何度も彼を拒絶してきた。
彼の瞳から輝きを奪ったのは──……紛れもなく、私。
私の不公平な平等の所為で、シュヴァルツは壊れてしまったのだ。
「…………ごめん。ごめんね、シュヴァルツ」
震える唇からこぼれ落ちる声にも満たない息。
私の傍に立つシュヴァルツは──……狂気に堕ちた瞳を三日月にして、静かに微笑んでいた。
ゴールデンウィークなので、5/2〜5/6までの5日間はしぬしあ毎日更新します!ヽ(´▽`)/
ゴールデンウィークはぜひ!! フォーロイト帝国にお越しください!!!!!!