701.Side Story:Kile
耳鳴りがする。頭痛がする。体中が痛い。なんだこれは。病気? 頑張ってくれ俺の中の白血球さん達。
特に頭痛が酷い。まるで、ミキサーに頭を突っ込んでシェイクされているかのよう。うわグロいな。俺、可哀想なのとか、リョナグロとかとにかく無理やり系は普通に地雷なんだよ……。
近況だが、最近推しぬいを作った。勿論マクベスタだ。ついでにアミレスも作った。
アイツも俺にとっては推しのようなもの。何があっても、どんな犠牲を払ってでも、必ずや幸せにしなければならない存在なのだ。まあ、実質推しである。大親友強火過激派同担大歓迎最前列オタ芸オタク。アミレスリア恋勢からすれば、まあまあ目障りだろう。しかし俺はハピエン厨。アミレスを不幸にする奴だけは絶許の厄介自治厨でもある。なぁ〜んか、そこはかとなくヤバそうなリア恋勢を牽制する為にも、こうして最前列で我が大親友様にペンライトを振っているのだ。
てか今度ペンライト作ろう。色は勿論エメラルドグリーンと、夜空の色(青と紫のグラデ、またはその両方を採用しよう)。ただ数色というのは物足りないし……仕方ない。俺の赤色含め、攻略対象の色は全部作っておこう。
防犯対策としてビーム出るようにして、アミレスにも渡そうかな。ビームペンライト……ふむ、語感からトンチキの香りがぷんぷんするぜ〜!
閑話休題。どうせならばアミレスビジュアルと前世ビジュアルの両方のぬいを作りたかったのだが、前世はどんな容姿をしていたか、本人に聞く暇が無かったので、仕方なくアミレスはアミレスビジュアルのみ。
マクベスタとアミレスの推しぬい。それぞれ自立用のワイヤーを組み込んでいる為、ポーズを取らせたり、当然自立させることも出来る。うむ、完璧な推し活だ。
いつも通り東宮に飛び、何やら視界の一部が欠けているような感覚に襲われつつ、裏庭でぬい撮りをして遊ぶ。もしかしたら緑内障かもしれない。やだなぁ、父ちゃんにも目の病気には気をつけろって言われてたんだけどなぁ。
とため息をついた時、ふと虫の知らせを感じた俺はぬいを懐に閉まって城へと駆けてゆく。慌ただしく人が行き交う違和感ばかりの城内を進むなか、俺はたまたま聞こえてきた会話に耳を疑った。
『しっかし……腐っても氷の血筋だ。まさかハミルディーヒに単身で赴いて、ハミルディーヒの要人を暗殺するなんて。出涸らしの落ちこぼれお姫様じゃなかったんだな』
『神々の愛し子……だっけ? 特別な子供を殺されて、ハミルディーヒはそれはもうお怒りらしいぞ。皇帝陛下がいらっしゃるとはいえ、大丈夫かなー、この国…………』
『はは、言えてる』
『──そこの二人! 何呑気に道草食ってるんだ! 司法部は本日行われる処刑の後処理があるだろう!』
『『は、はいっ、申し訳ございませんでした!!』』
上司らしき中年の男に怒鳴られ、脱兎のごとく走り出す二人の男。その背が見えなくなるまで、俺はその場で茫然自失としていた。
……処刑? それに、ハミルディーヒで、神々の愛し子の殺害、って…………
『無印の、ヒロイン暗殺イベ……!? なんでそれが今、FDで起きてるんだよ?!』
訳がわからない。何が起きている? どうして今、突然あのイベントが発生したんだ? たしかにあれは共通ルートの中盤で起きたものだ。そして、今は言わば、FDにおける帝国組共通ルートの中盤。前提が捩れに捩れたこの世界で、強制力的な何かが無理やりゲームの展開を進めようとしても、おかしくはない。
だとしてもだ。そもそもゲーム通りの展開になったからって、あのアミレスがミシェルを手にかけるわけがない。だってあのアミレスだぞ、俺の親友が、推しを殺すような真似をするわけがねぇ。
それに、あの暗殺イベは攻略対象の好感度を上げられていなかった場合にのみ発生する特殊イベントだ。少なくとも今のミシェルは、ロイの好感度をカンストさせている。暗殺イベ発生条件は満たされていないはずなのに。
『……ッ、クソが……!』
相変わらずこの現実というものはクソみたいだ。非情で、残酷で、理不尽で。結局俺達は、神って存在の掌の上で、ソイツ等の望むままに、望まぬままに、一生を過ごす。
本当にふざけた話だ。だから俺は現実が大嫌いだ。世界が大嫌いだ。──“運命”とやらを前に、何も出来ない俺自身が、大嫌いだ。
『退けッッッ!』
忙しなく動き回る役人達を押し除け、謁見の間へ一直線に向かう。
ずっと、めんどくせー悪役だと思ってた。何回も邪魔されて、何回も殺されて。そのくせ無駄にイベントCGがあるもんだから、攻略対象の写り込みなんかの為に全部回収して。本当に、アンタには苦労させられた。
──でも。あの全てが、アンタにとって一世一代の親孝行だって知って、俺はあっさりと手のひらを返したさ! ただ愛されたかっただけの可哀想な女が、やれるだけのことをやっただけの胸糞悪いメリーバッドエンドだったって! 俺達は知ってる!
『ッアミレス!!』
謁見の間に飛び込む。誰もが唖然とした様子でこちらを見るなか、俺は、ある一点を見て絶句した。
あのSSは、アミレスの視点のモノローグだけで描かれていて、イラストはついていなかった。だから、アイツがどれ程に虚しい最期を迎えたか、全て想像でしかなかったのだ。
『……貴様は。ハミルディーヒの第四王子か。単身で敵国に乗り込むとは、随分と死に急いでいるようだ』
嗤う。無情の皇帝が、異様に長い片手剣を血振りして、嗤った。こちらを見て。ただの一度も、足元には目を向けず。
『…………なんで、だよ。抵抗するんじゃ、なかったのか……?』
満足気に笑っている、生首。
……どうやら、俺の想像は間違っていたらしい。このルートのアミレスはきっと、泣きながら死んだものと思っていた。悲しみながら死んだものと思っていた。でも、違った。
アミレスは──たった一度名前を呼ばれただけで、満足して逝った。
なんて憐れで、健気で、馬鹿な女なんだ。
BAD END【親愛なる⬛︎⬛︎⬛︎へ】
──────ふざけるなよ。
なんでお前がそんな結末を迎えなきゃいけないんだ。お前にこんな結末は似合わない。相応しくないだろ。
ああそうだ。お前にバッドエンドは相応しくない。
お前はハッピーエンドを迎えるべきだ。いや、迎えなくてはならない。それが俺の望みだ。俺が選び取るべき結末だ。
フローチャートも攻略サイトも無いこの現実で。スキップもセーブもリロードも許されないこの世界で。たった一度しか迎えられない結末が…………こんなものであっていいはずがない。
……認めてたまるかよ。こんな結末、絶対に認めねぇ。
『あの者を捕らえよ。そしてハミルディーヒの兵の前で、その首を落としてやれ』
『『『『はっ!!』』』』
無情の皇帝が告げると、騎士と衛兵が俺を取り囲んだ。そこで死に逝くアミレスには、目もくれず。
──何かが歪む。頭の中で、歯車が軋み、歪み、壊れる音が響く。それは頭痛と共に大きくなり、やがて俺の視界にはゲームのバグのような大きなノイズが出てきた。
『ハッピーエンド以外は許さない。お前が幸せになれない世界なんて──……俺は要らない』
あの星が落ちることを、俺は絶対に許容しない。
一生涯、彼方の空で輝き続けていろよ。お前という光が僅かにも翳るようなこと、あってはならないんだ。
俺を生かしたのはお前だ。俺の一生を寄越せと言って、俺の首に鎖を繋げたのはお前だ。なのにどうして──俺を置いて、勝手にバッドエンドを迎えやがったんだ。
お前が幸せだって笑った姿を見るまで、俺はこの人生を降りるわけにはいかねぇ。だから──……こんな結末は否定しよう。
『……こんな世界、終わらせてやるよ』
そしたらきっと……神々あたりが、お前を生き返らせるぐらいのことはしてくれるだろ。
『先程からぶつぶつと何を──っ!?』
『なんだこの耳鳴りは!?』
『貴様ぁ! 何をした?!』
『皇帝陛下をお守りせよ!』
『あの侵入者を捕らえろォッッッ!!』
お前が生き返ったら、今度こそハッピーエンド目指して頑張ろうぜ。大丈夫だって。お前がハッピーエンドを迎えるまで、俺はいくらでも付き合うからさ。
だから…………お前だけは、絶対に、幸せになってくれ。その為なら俺は──……この命の全てを賭けられるから。
『……──ハロー、ワールド』
手元にもノイズが走る。その瞬間、ずっとモザイクがかかっていたかのように不明瞭だった相棒が、その姿を現し、直後。
無機質な福音が響く。我が相棒が幾つもの魔法を強制起動し、我が手を離れ、やがてその兵器は完全に顕現した。
《対世界虐殺機構、衛星兵装化起動。──是より、終末を迎え入れます》
遥か上空。空を征く飛行機のような高度で、星間探索型魔導監視装置は世界を砕く砲手となる。
大気を伝い響く耳障りな轟音。
目が潰れ体は焼き切れそうな光の束。
大地を割る灼熱の地震。
…………神々は、どこまでやれば交渉の席についてくれるだろうか。それまで、世界が保てばいいんだけど。
世界は呆気なく終演を迎えようとしている。客入りは無く、欠員だらけの絶望的な千秋楽。大団円からは程遠い、なんとも自分勝手な公演中止。
だけど──それでも、舞台は舞台だ。途中で退場してしまった人物だって、最後にはもう一度舞台に立つ。一生懸命に舞台に立ち続けた奴が、一度も日の目を見ることなくそのまま舞台を降りることなんてあってはならない。
──故に。さあ、喝采を。
勝手に世界の命運を背負わされつつも、運命に抗おうと懸命に日々を生きていた、星のようなあの女に。……──最大級の声援を!
この声が、アイツをこの舞台へ呼び戻す、カーテンコールとなることを祈って。
『…………俺を置いて逝くんじゃねぇよ、みこ』
誰もいない客席。そこで俺は、一人で声を震えさせていた。
DEAD END【星の死と最大幸福の棄却】
─Game Restart─