699.Side Story:Macbethta
微グロ注意です。
『──どこだ、ここは……?』
気がつけば、オレはフォーロイト帝国が王城の一角らしき場所にいた。
……もしや、また、無意識のうちに徘徊してしまっていたのか? 何度か夜中に城内を徘徊し、窓から飛び降りようとしていたところでアルブロイト公爵に止められて以降……ケイリオル卿に相談した上で薬を飲むなどして対処していたのだが。
ついに薬が効かなくなってしまったのだろうか。服も、何やら少し見慣れない物だ。我が悪癖には悩まされてばかりだな。
『しかし今は昼間だぞ。まさか、白昼堂々徘徊を……? 親善の使節として滞在しているのに、情けない限りだ……』
あの夜のように、また誰かしらに迷惑をかけていたらと思うと頭が痛くなる。と、考え事をしながら王城の中庭を歩いていた、その時。
地面に、大きな影がふっと差す。何事かと空を見上げたら、
『────────え?』
アミレスが落ちてきた。
瞠目し、硬直する体。それが言うことを聞くようになった瞬間、ぐちゃりと音を立てて、アミレスは石畳へ墜落した。
四肢があらぬ方向へ曲がり、飛び出した骨と肉。頭部から夥しい量の血を溢れさせ、今にも光を失おうとしている瞳から涙をこぼし、彼女はオレの目の前に現れた。
『ぁ、ぁあああ……っ! アミレスッッ!!』
慌てて駆け寄りその体を揺らすも、既に脈が途切れている。
『なんで……どうしてこんな事に……っ!!』
オレはどうして何も出来なかった? どうして彼女を救えなかった?! 目の前にいたのに、助けられたかもしれないのに!!
『ぅ、ぁあ゛あ゛あ゛あ゛っ゛っ゛────!!』
壊れそうな心臓を鷲掴み、慟哭する。
見慣れているはずなのに。この姿も、この瞳も、何度も何度も夢に見たのに! どうしてオレは……何も、出来なかったんだ! どうしてこの体は、大事な時に限って動かなかったんだ!?
彼女を守れなくて、この命に何の価値がある? 罪を贖うことも満足に出来ず、自分勝手に想いを告げ、あまつさえむざむざと彼女を死なせるなど……オレは、何度罪を重ねるんだ…………?
『……罪人が、罪から逃れることは許されない。だが、オレが贖うべきお前が死んでしまっては……オレは、もう…………』
生きて、いけない。
『すまない。本当にすまない……アミレス…………』
何かが壊れてゆく。この身を蝕む何かが脳と心臓を侵し、やがて────重くなった頭を支えることすらままならず、オレはその場で倒れ伏す。
薄まる意識と視界が暗転する寸前。罪深いオレを裁くかのように、一閃の自罰がこの身を貫いた──……
♦♦♦♦♦♦♦
『──どこだ、ここは……?』
気がつけば、オレはフォーロイト帝国が王城の一角らしき場所にいて。
何やら記憶に新しい景色。つい先程、このようなことがあったような──。
『……アミレスが、死んだ。オレの、目の前で。オレの、手が届く場所で…………ッ』
どんな悪夢よりも生々しく、目の前で死んでいった彼女。あの時五感で感じた全てが心臓を刺し、呼吸が出来なくなる。
『ッ、……ぁ…………!!』
ぐわんぐわんと揺れる視界。嗚咽と共に漏れ出る涙。その場で蹲り誰もいない廊下で叫ぶ。
いったい、何が起きた? またオレは悪夢を見たのだろうか。……悪夢? あれ程に生々しいものが、悪夢なわけがない。あれは、これまでの悪夢とは明確に違う。
だってアミレスは、オレの目の前で死んでいった。今までの悪夢は、とうに死んでしまった彼女を延々と映し出していたが……あれは、違った。
『……先程と同じ光景。同じ状況。まさか──……まだ、彼女は死んでいない?』
まだ、助けられる可能性があるのか?
彼女を救えるかもしれないのか?
『ッ、こんな所で立ち止まっている場合か……!』
今までずっと、ただお前が死んだ姿を見るだけだった。何度も何度もお前の死を見て、お前が流す血や涙に心臓を蝕まれてきただけだった。お前が傷つき血を流す姿に恐怖を覚えるようになり、嘘をつくのが上手くなっただけだった。
何も、出来なかったんだ。
木を腐らせる毒のように、恐怖に蝕まれる一方でただ壊れるのを待つばかりだった。そんなオレに与えられた最後の機会が、今なのだとしたら。
『絶対に──……救ってみせる!!』
立ち上がり、走り出す。
罪から逃れる前に、せめてもの贖罪を。
限界だったなどと御託を並べ立てては誓いを違え、想いを告げてはその唇まで奪ってしまった。オレを選んでくれたら嬉しい、だなんて……想うことはおろか、本人に告げるなどあってはならないことなのに。
罪を重ねすぎたオレに、赦されることがあるとすれば。それはきっと──彼女の為に死力を尽くすことだけだ。
『ッはぁ……! 確か先程はここで……!』
未だ鮮明な記憶を頼りにあの場所に辿り着く。そうして空を見上げれば、帝都が一望出来ると請け合いのバルコニーに見慣れた後ろ姿があり、それは今にも落下しようと傾いていた。
『アミレスッッッ!!』
彼女が身を投げた理由は分からないが、何としてでも止めなくては。助けなければ。自死の訳はその後に聞けばいい。その原因は、オレがなんとかすればいい。
その後、オレはどうなっても構わない。だからお前だけは────!
『え……』
彼女を受け止めようとしたこの体を抉る、氷の槍。オレの心臓を貫いたそれは、そのまま後方の地面に突き刺さる。
その勢いに引っ張られ、心臓から血を噴き出し倒れた直後。また、ぐちゃりと音を立てて彼女は頭から墜落した。
──また、救えなかった。また、目の前で彼女が死んだ。
『ぁ……み、れす……っ!』
目から後悔を溢れさせ、口から血を吐き、胸から血を垂れ流し、地を這いずって、彼女の元へと行く。
『ぁ、ぁあ……ッ』
霞む視界で手を伸ばし、彼女の手を掴む。
ああ……また、オレは罪を重ねるのか。
♦♦♦♦♦♦
『──どこだ、ここは……?』
気がつけば、オレはフォーロイト帝国が王城の一角らしき場所に立っていた。
いったいこれはどういうことなのか。理解も整理も追いつかないが、これだけは確かだ。
『アミレスを助けないと……っ!!』
凍りついたように痛む心臓が、あれは夢などではないと訴えてくる。今度こそ助けないと。今度こそ守らないと。……そう、思っていたのに。
『ぐっ、ぁ……っ』
さっきよりも早くあの場所に辿り着いた。今度こそ間に合うははず。今度こそ助けられる。あの氷の槍が何だったのかよく分からないが……あれにさえ気をつけておけば、今度こそは。
そう考えたオレを嘲笑うように、オレは突然前方に倒れ込んだ。──熱い。背中が焼けるように熱い。痛い。背中が灼けるように痛い。脈が早くなる。呼吸が荒くなる。
何が起きた? どうして体が動かないんだ?
なんとか首を動かして、霞む視界で世界を横に見る。視界に映る誰かの足。それ即ち、オレは誰かに襲われたのだ。
明滅する視界。今にも闇に覆われそうな世界で。ぐちゃり、と音を立ててアミレスは落ちてきた。
涙を流す光を失った瞳と、目が合う。……あぁ、そうか。
──オレは、また救えなかったんだ。
♦♦♦♦♦
『──どうして、また』
気がつけば、何度目かも分からない光景に遭遇した。
運命の悪戯か、はたまた悪趣味な手助けなのか……この状況の理由と原因は不明だが、そんなものどうだっていい。
機会が与えられたのならば、その機会を利用するのみ。……既に何度も失敗したオレに出来ることなんてたかが知れているが……それでも足掻かずにはいられない。
一度目は、落下に気づいた時には手遅れだった。二度目は、落下直後に辿り着いたものの強襲を受け救えなかった。三度目は、落下前に辿り着けたが背後から襲われ、何も出来なかった。
そもそも、彼女は毎回倒れ込むようにして頭から落ちている。身を投げるならば、普通は足から行くだろうに。
走りながら考える。彼女の死に顔を思い出す度に呼吸が荒くなったが、それでも立ち止まる訳にはいかず、痛む心臓を掴みながら走り続けた。
考えれば考える程不可解だが、一つだけ確信したことがある。
『これは、自死でも事故でもない。彼女は──何者かに殺されたんだ……ッ!!』
オレを襲った者は、きっとアミレスを確実に殺すべく不安要素を排除したかったのだ。あのバルコニーからアミレスを突き落として事故死に見せかける為に、目撃者となり得るオレを始末したのだろう。
そして、二度目でオレを殺したのは氷の槍。つまり──……アミレスを殺そうとしているのは、フォーロイト皇帝陛下か、フリードル殿のどちらか。この二択であれば答えは決まったも同然。
フォーロイト皇帝陛下が、オレの敵だ。
早く辿り着けば襲われて殺される。だが少しでも遅れたら間に合わないし、仮に間に合っても、敵は遠距離から一撃でオレを殺せる投擲の腕前。バルコニーにいると思われる敵に姿を見られては、その時点でオレは死ぬだろう。
あれこれと考え、アミレスが落下する瞬間までは物陰に隠れる作戦を取ったが……結果は、無意味だった。
ギリギリまで待ち、オレの足でなんとか間に合うタイミングになってようやく飛び出したところ、彼女を受け止める寸前で氷の雨に射抜かれてしまった。
──また、救えなかった。
♦♦♦♦
今度は、雷の魔力を使うことにした。これを使って救出などしたら、高確率で水の魔力を持つ彼女を感電させてしまう。だから使いたくなかったが……もはやそうも言ってられない。
いつまで、このやり直しが続くかもわからないんだ。手段を選ぶ余裕なんてオレにはなかった。
結論から言えば。また、失敗した。
いつでも己を射出できるよう、異常な程強く脈打つ体に魔力を巡らせていたら、弾ける雷の音の所為なのか勘付かれてしまったらしい。
今度は頭上から襲われて、オレは彼女よりも先に倒れてしまったようだ。遠くから聞こえてくるぐちゃり、という音で失敗を悟る。
──ああ。また、救えなかった。
♦♦♦
もういっそのこと、この城を破壊してしまおうか。
どうにも頭が働かず何も考えられなくなったオレは、激しく痛む心臓に喝を入れ、あのバルコニー目掛けて魔法を放った。
しかし当然ながらこの城には強力な防御結界が張られていて、オレの雷撃では外壁を焦げさせる程度のことしか出来なかったようだ。
こうも大胆なことをすれば、騎士が集まるのは当然のことで。駆けつけた騎士に数人がかりで取り押さえられ抵抗しているうちに、アミレスはぐちゃり、と音を立てて落ちてきた。
──また、救えなかったのだ。
♦♦
今にも心臓が潰れそうだ。
呼吸が辛い。頭が逆上せている。体が重い。
でも、やらなければ。これ以上彼女を死なせたくない。これ以上苦しめたくないから。
『もう、原因を殺すしか……!』
雷の魔力を全身に巡らせ、城内を疾走する。伊達に何年もこの城に滞在していない。ある程度の道は予想がつく。
何度もアミレスを突き落とした犯人を殺そうと、あのバルコニーへ通じる階段を駆け上がっている最中。踊り場を曲がった瞬間、ここを通ると確信したように壁から生えた氷の剣に、オレの胴体は綺麗に二分され、そのまま宙を舞い階段に激突した。
バチバチと雷が弾ける。その音に耳を傾けながら、上半身だけでもと上階のバルコニーに向かおうとした時。前方の窓の外に、彼女の姿を見た。涙を流し、何かに手を伸ばしているようだった。
そして微かに聞こえる、ぐちゃりという音。
──また、オレは彼女を死なせてしまった。
♦
死んでほしくない。生きていてほしい。
笑ってくれ。元気でいてくれ。苦しむことも悲しむこともない場所で、幸せになってくれ。
オレはどうなってもいいから、お前だけは死なないでくれ、アミレス。
『…………』
外に出る。空を見上げても、まだあのバルコニーには誰も居ない。
足に魔力を集中させる。何度も彼女を死なせたこんな足は、壊れてしまえばいい。それで彼女を守れるのならば、この体、喜んで差し出そう。
落雷のような音を伴い、オレは跳び上がった。天へと雷が昇るように空へ舞い上がり、あのバルコニーに着地する。
……ようやくだ。ようやく、ここまで来られた。今度こそ、アミレスを助け──
『……う、そだ』
目の前には傷ついた表情で涙を浮かべるアミレスと、もう一人。オレを何度も殺し、アミレスを何度も殺した、犯人が居る。
『──どうして、あなた、が…………っ』
ぐちゃり、と。オレの中で何かが壊れた。
殺意を込め放った雷撃も、彼には当たらない。
そして、彼はまず先にオレを殺した。オレの剣で首を刎ねた後、ゆっくりと、アミレスを突き落としたのだ。
…………すまない。また、お前を死なせてしまった。罪を償えなかった。オレの所為で、お前は何度も死の苦しみを味わっているのだろう。無力ですまない。無価値ですまない。
……──傲慢にもお前を救いたいだなんて願ってしまって、本当に、ごめんなさい。
BAD END【繰り返される罪と罰】




