番外編 ある王女と反転事件 後編
「──アミレス様っ! お願いがあります是非ともわたしと愛を育みましょう!!」
頬を赤らめながら現れたのは、ホリミエラ氏の面影を強く感じさせる、藍色の髪を一つ結びにした美少年『メイシアくん』だった。ここぞとばかりに露出した膝小僧はまさに天使の頬。白く美しいその膝の下に見えるソックスガーターに、思わず固唾を飲んだ。
「……って。そんな、アミレス様まで男性になっていたなんて……! これではアミレス様との『らぶらぶおしどり夫婦計画』が……」
「参考までに聞きたいのだけど、その計画の最終目標って?」
「男になったわたしとアミレス様の間に生まれた子供を、アミレス様と共に愛を注いで育てることです! 今回は事故のようなものですが、いずれは自由自在に肉体の変更を可能としてみせますよ。アミレス様と結婚する為にっ!」
「そ、そうなの……頑張って……でいいのかな」
「ありがとうございます。頑張ります! あっ、でも出産は大変なものってお父さんが……うん、そうね。アミレス様が苦しむぐらいならばわたしが出産しますので、ご安心ください! わたしは男性のアミレス様も大好きですから!!」
何やらメイシアにはとんでもない野望がある模様。これにはカイルも、「アミレス逃げて。超逃げて。あの子ならやりかねん」と忠告してくる程。
「ところで。メイシア、貴女はこの騒動の原因を知っていたりしない……?」
「申し訳ございません……それはわたしにもさっぱりで。お父さんが女性になって帰ってきたかと思えば、いつの間にかわたしとお母さんは男性になっていて。両親が……その、なんだかいい雰囲気になっていたので、これ幸いと逃げてきたところなんです」
恥ずかしそうに語るメイシア。もしこの騒動が暫く続くものなのであれば、近いうちにメイシアに弟妹が出来るかもしれない。
「伯爵邸から来たってことは、街を通ってきたんだよね。街の様子はどうだった?」
「もちろん大混乱でしたよ。皆さん揃いも揃って性別が変わったようで。『何者かによる呪いだ!』って大騒ぎでした」
「そりゃあそうなるよね〜〜」
なんと帝都は大混乱らしい。……ふむ。つまり、うちの私兵団も被害に遭ってそうだなあ。元々イケメン女子だったクラリスなんて相当なイケメンになってそうだし、逆にユーキは超がつく程の美少女なんだろうな。
ディオはワイルド系美女、ラークはおっとり美女、シャルは一見クールなふわふわ眼鏡美女、バドールは背が高いけどちょっぴり自身なさげなおどおど美女、エリニティは美少女ギャル(確信)、ジェジは可愛いワンコ系褐色美少女、メアリーはシアン似だけど天真爛漫な美少年になって、シアンはメアリー似だけどツンツンした美少女になっていることだろう。
ハイラだってクールだけど優しい美男子になってるだろうし、レオは大人しめの美少女に、ローズは絶世の美少年歌姫として更に国を傾けることでしょう……。
ああ、想像しただけでも楽しいわ。性転換した皆にも会いたい……!
「娘。君に客が来てるよ」
「クロノ……は、男性のままなんだ……」
「どうしてちょっと不服そうなのかな。竜が神々ごときの悪ふざけに付き合う義理は無い」
いつも通りの姿で侍女服を翻すクロノから、気になる言葉が。
「神々の悪ふざけって……?」
「今、君達に起きている事象のことだよ。神々はどうやら暇潰しに、一時的な“理の改変”と“概念の改編”を行ったらしい。その改変を実行する為の因子が綿毛のように世界中を舞って、それを取り込んだ人間の“前提条件の反転”を実行したようだ。まあ竜達は君達と違ってその影響を受けないけれど」
ものすごく、勝ち誇った顔をされているわ。
それに事情通すぎる。ナトラにデレデレな姿かつまらなさそうに仕事をしてる姿しか普段見ないけど……彼は正真正銘、原初の存在なのだ。何千年とこの世界を見てきただけはあって、知識が豊富らしい。
「“前提条件の反転”って……相変わらず自由だなァ神々って存在は」
「クロノ、この現象はいつまで続くのだろうか」
「さあ。言っただろう、これは神々の悪ふざけだって。神々とて【世界樹】に咎められるような真似はそうそう出来ない。だからこれはあくまで悪ふざけ。一過性のものだろうから、放っておけばそのうち元に戻るだろうさ」
マクベスタの問いに気怠げに答えつつ、クロノは「それより」と話題を変え、
「客、連れて来させるから」
つっけんどんに踵を返した。
クロノ曰くそのうち元に戻るとのことなので、大人しくこの状況を楽しもうと話し合っていると、客を連れたネア(執事服のイケメン)が部屋を訪れた。その傍らには、金色のふわふわロングヘアーにスタイル抜群の女性と、太腿にかかる程の濃い銀髪をさらりと揺らす無表情の美少女が立っている。
「……そうだろうとは思っていたが。まさか本当にお前まで性別が変わっているとはな」
「男になっても変わらずお美しいですね、王女殿下。ケイリオルがご挨拶申し上げます」
まさかの来客──『フリードルちゃん』と『ケイリオルさん』は、落ち着いた様子で部屋に入ってきた。ケイリオルさんのお辞儀に「こんにちは、ケイリオル卿」と返してから、もう一人の来客に視線を送る。
「兄様──、とてもお綺麗ですね。もうずっとそのままでもよろしいかと!」
「いいものか。……お前は相も変わらず、冬暁のようだな。性別が変わろうとも、その間抜けな面構えまでは変わらないらしい」
「喧嘩売ってます?」
「…………はぁ、これだからこの女は。──時に妹よ。何故そこの獣共は当たり前のように東宮にいるのだ。僕が納得できるだけの理由を理路整然と説明しろ」
相変わらず冷たい深海の瞳が睨むのは、カイル達。だが、声が高くなっているからか、いつものような威圧感はあまり無い。
「俺達がどこで何をしていようがお前には関係無いし、それについて口出しする権利も無いだろ。お前はアミレスのお母さんですかこのヤロー」
「黙れ。耳障りだし目障りだ。貴様だけはこの場で死ぬかこのまま一生涯女でいろ。いや、やはりそのまま死ね」
「理不尽オブ理不尽な女王様が誕生してんだけど……」
侮蔑の表情をした銀髪美少女とげんなりとした赤髪美少女が、視線を交わせ口論の火蓋を切る。その間にて挟まれるマクベスタは、相変わらずバツが悪そうだ。
「この異常事態について、王女殿下の見解をお聞きしたくこちらを訪ねたのですが……それどころではなさそうですねぇ」
「私のお友達曰く、神々の仕業らしいですよ。放っておいてもそのうち元に戻るらしいです」
「……なんと。もう原因を把握しているとは。流石です王女殿下」
背を曲げ耳打ちする形で経緯を話し、ケイリオルさんは苦笑する。どこか冷たさを感じさせる玉を転がすような声に耳を撫でられ、少しドキリとした。
「長生きで事情通な友達が多いもので。彼が言うには──……」
クロノから聞いた話と、個人的な見解を織り交ぜて一通り話す。それが終わる頃にはフリードル達の口論も白熱し、一触即発の空気に。
「……とりあえず兄様とカイルを引き離しましょう!」
「そうですね」
ケイリオルさんと二人がかりで、今にも殺し合いそうな彼等を取り押さえる。
「離せアミレス。今にも吐きそうだけど、アイツだけは一発殴らねぇと気が済まん」
「何その前衛的な自傷行為。女の人に触るだけでも辛いのにどうして自ら進んで触ろうとするのよ……」
「いつもの五割増しでフリードルに腹立ってるからですけど? アイツ、やっぱりお前のことを所有物としか考えてねぇんだよ」
「えぇ……? そんなことで自傷行為しないでちょうだい。貴方が自分を傷つけるような真似をしたら、私が貴方をぶん殴るからね」
「それだとどちらにせよ俺傷ついてんじゃん。そこは薔薇とか背負って『怪我なんてさせないぜ』って止めるとこじゃん?」
「それで止まってくれないから暴力に訴えるしかないんでしょう?」
「ちくしょう俺の解像度が高い」
私よりも小柄になったカイルを羽交い締めにし、落ち着くよう説得する。この男、いつも私ばかり問題児扱いするが、カイルの方がよっぽど問題児だ。
そうして私はカイルを、ケイリオルさんはフリードルを宥めた。
その後は遅れてやって来た『レオちゃん』と『ローズくん』(予想通りの美男美女だった!)や、溢れ出る幸薄感と未亡人オーラであらゆる男性を落としそうな『リードさん』、非常に堂々とした様子の黒髪ゴシック系美女の『アンヘルさん』、見た目はあまり変わらないがとにかく美しすぎる聖女『ミカリアさん』と……錚々たる面々が東宮を訪ねてきたのだ。
何やら、私なら何か知っているかもとアテにしてくれたようで。これが神々の仕業と聞いたミカリアは、「神よ……これもまた我々への試練なのですね……」と手を握り天へ祈りを捧げていた。
まあこれも神の思し召しということで。その時が来るまでは目一杯、異性としての時間を楽しんでやろう! と、私はここぞとばかりに増えた筋肉と体力を酷使して剣を振り回したのであった……。
「いつもより! 多く! 剣が振れる! ああっ、楽しい〜〜〜〜っ!!」
身内大好きなアミレスがとにかく楽しそうで、美味しい空気を吸ってる番外編でした。
では、次は本編でまたお会いしましょうヽ(´▽`)/