番外編 ある王女と反転事件 前編
エイプリルフール記念の番外編です。
オタク界隈のエイプリルフールはとことんふざけるものと認識しておりますので、今回はとことんネタに振った番外編でございます。
※TS注意
※しぬしあ本編軸と重なっているようで微妙に重なっていないゆるめのギャグ時空です。
※とにかく性転換しまくってます。苦手な方、TSが地雷の方はブラウザバックまたは2話程スキップしてください。
それはある日のこと。
あの忌まわしき春の刺客──自然が生み出した対人間破壊兵器・花粉のように、それは突如として東宮にも飛来した。
♢
「ふぇ………………ふぇっくちゅんっ」
くっ、一回我慢したのに結局くしゃみしてしまったわ。恥ずかしい……。
「「「「…………」」」」
一緒にティータイム中のマクベスタとカイル、そして護衛として斜め後ろに控えるイリオーデと給仕中のアルベルトが、何故か私を見つめ固まっている。
まるで、信じられないものでも見たかのように。
「……どうしたの、皆。そんな化け物でも見たような……ん?」
違和感。それに気づいた私は、ぴたりと固まり頭を捻った。──何かがおかしい。しかし何がおかしいのか分からない。
一人で困惑する私を見かねたのか、はたまたリアクションを抑えきれなかったのか。きっと後者だろうが、ここに来てついにカイルが口を開いた。
「てぃ──TSだぁああああああああっっ!?」
某奇妙な冒険をしている方のような表情で、カイルは叫ぶ。
TS。それはトランスセクシャル──オタク界隈では、いわゆる性転換を指す言葉。二次創作のタグや前置きにある、※TS注意 ※〇〇(任意のキャラクター名)♂or♀注意 といった文言は、おおよそこの性転換ネタを意味する。
さて。流石のオタクくんでも、そんなTSネタについてなんの前触れもなく突然触れるとは考えにくい。つまり、だ。
「…………わーお」
チラリと自分の手に目を落とす。記憶のそれよりも大きく骨ばった手だ。
「──私、男になってるじゃないの!?!?」
かなりのタイムラグを経て、ついに私も叫ぶ。
長くしっかりとした手足。硬い胸元。広い肩幅。身体中をべたべた触り、私は一人、感動していた。
「筋肉があるわ……! どういう訳か服はそのまま紳士服バージョンになってるし! ──しかも顔が良い! 私、今日ビジュ超イイじゃん!!」
「コイツありえんほど順応はえーなオイ。てかお前さんのビジュが良いのはいつものことな?」
私がはしゃぎすぎたからか、ボケのスペシャリストカイルが落ち着いてしまい、ツッコミに回った。なんたる大事件か。
「見てカイル! 私、男になったわ! 背もすごく伸びたし、筋肉もあるわよ!!」
「よかったなー……いやマジでビジュ良いって。ちょっと待て近づくなお前(♂)はフリードルと違って正統派王子顔すぎるんだよ本当に待ってくれ俺その手の顔にマジで弱いんだってマジで待って」
顔が良い男に弱いと自負するだけはあり、カイルは止まらぬ鳴き声と共に顔を全力で逸らしている。が、一瞬こちらをチラリと見て、
「はぁ〜〜〜〜〜!? 顔良!!」
全っ然好ですが!? と、突然のキレ芸をかましてきた。流石はオタクくんだ。語彙がオタクすぎる。
「マクベスタっ、どうかな? 私、かっこいい?」
「……え。あ、あぁ……そう、だな。だがお前は……格好いいと言うより、綺麗ではないか?」
「そうかな。でも褒められて悪い気はしないね。ありがとうマクベスタ」
「! ……どう、いたしまして」
慣れない声のまま感謝を告げれば、彼も違和感があるのか、気まずそうに顔を逸らされてしまった。そんなマクベスタにカイルが、「え。マクベスタまさか……イケるのか? 俺は喜んで応援しますけども……」と脈絡のない事を言い、「……うるさいぞ、カイル」と一蹴されているのを横目に、今度はイリオーデとアルベルトに『アミレスくん』を見せびらかす。
「みてみてっ、イリオーデ! ルティ! 私も男になったよ!」
「そのようですね。……ところで主君。主君にそのような呪いをかけた者を見つけ出しこの手で地獄を見せてやりたいのですがよろしいでしょうか」
「地獄?! そんなことしなくて大丈夫よ。でも……呪いかぁ。私、呪いとかは効かない体質のはずなんだけどな」
不思議だ。言われてみれば、何故私だけが突然性転換したのか謎である。
「いったい何者が主君にこのような仕打ちを……」
「大袈裟よ。私、これでもけっこう楽しんでるから、そう重く捉えないで。心配してくれてありがとう。ルティ」
「……主君の従僕として当然のことをしたまでです」
ふふ。主人思いの可愛いワンちゃんはたくさん褒めてあげないとね〜。と、アルベルトの頭をわしゃわしゃ撫でる。背が高く、手が大きくなったからか、いつもよりもかなり楽になでなで出来るわ。
「……王女殿下が、王子殿下に。私は王女殿下の剣……しかし今は……王子殿下の剣……なのか……? あの御方の剣であることに違いはない…………ならば、問題無い……のか……? いや、だが…………」
ああっ、イリオーデが処理落ちしそう!
「イリオーデ! 私、アミレスよ。男になったけれど、アミレス・ヘル・フォーロイトのまま。だから貴方は変わらず私だけの騎士だからね!」
慌ててイリオーデの介抱を始めた、その時。
「へっくしょんッッ」
誰かがくしゃみをした。
♢♢♢♢
「いやはや。まさか全員性転換してしまうとは……」
「困ってる空気出してるけど……お前が誰よりも楽しんでたじゃねぇか。ウッキウキで写真撮りまくってさ……」
随分と憔悴した様子のカイルが、力無く指摘してくる。
腰まで伸びた朱色の長髪。張りのある胸元と、細くくびれた腰。組んだ足で貧乏ゆすりをしていることから、相当今の状況が気に入らないのだろう。
何せ今のカイルは──新緑の瞳が色鮮やかな、花のような美少女と化しているのだ!
「……あぁ……マヂ無理……ぃま、手首灼──」
「落ち着きなさいカイル。それ以上は流石にまずいわ」
誰よりもこの状況を楽しみそうなカイルだが、意外にもそうはならなかった。性転換してからというものの、カイルは常に今にも死にそうな顔をしているのだ。
「…………なんで俺が女に……考えれば考えるほど吐きそう。てか死にてぇ……」
聞き捨てならない言葉が聞こえてきて、私の体はカイルの方を向いた。
「何馬鹿なことを言ってるの? ──勝手に死んだら許さないから。それでもどうしても死にたいなら、私に貴方の命を寄越しなさい。一生死なせないから」
「何このスパダリ……不覚にもギュンッてきた……抱いて……」
「無理──ではないけど、嫌よ。貴方だって嫌でしょう。女として、なんて」
「俺の解像度クソ高ぇなコイツ」
カイルの顎をくいっと持ち上げ至近距離で問い詰めると、私の圧に当てられてか、カイルの顔色が少しばかり良くなったように見受けられる。
「……お前達は性別が変わっても変わらないな。羨ましい限りだ」
毛先だけゆるくウェーブのかかった肩甲骨の下あたりまで伸びた金髪に、衣服の上からでも分かる豊満な双丘。『カイルちゃん』と比べても遜色の無いくびれから、『マクベスタちゃん』がいかにボンッキュッボンなのか、理解させられる。
不安からか伏せられた、彼のアンニュイな翡翠の瞳に見つめられてしまえば……誰だって心を奪われてしまうことだろう。
スタイル抜群ビジュ抜群の金髪翠眼美少女が嫌いな人なんてこの世にいないわよね!
「マクベスタは落ち着かなさそうだね。さっきから微動だにしないし」
「少しでも動けば……その、当たってしまうから。自分の体とはいえ、やはり、気になってしまって……」
「なるほど」
マクベスタは真面目な紳士だから、自分の体でも躊躇しているのだろう。かくいう私も、下半身に感じている違和感については考えないようにしている。
「主君。まだ紅茶は飲まれますか?」
「えぇ、お願いルティ」
「かしこまりました」
恭しくお辞儀をし、アルベルトは慣れた所作でティーカップに紅茶を注ぐ。
アルベルトは以前女装をしたことがあるのだが、今の彼はその時とほとんど変わらない。変わった事と言えば、その体格ぐらいだろう。侍女服がよく似合うスレンダー美女な黒髪メイドさんに、何度目かも分からない興奮を覚えたものだ。
「ほら、イリオーデも座りなさいな。一緒に紅茶を飲みましょう?」
「っ! しかし……私は騎士ですので……」
「堅いこと言わずに。貴方の主人たってのお願いなんだから、ね?」
「…………仰せのままに」
気恥ずかしさから紅潮した顔が最高です。
程よく膨らんだ胸と引き締まったお尻。長くスラリと伸びた足は、女性らしさを残しつつも筋肉を蓄えている。
セミロングに伸びた青髪と、淡い浅葱色の瞳が、『イリオーデさん』のクールビューティーな印象を底上げしているようだ。
そんな美女と美少女に囲まれながら、私は優雅に紅茶を嗜んでいた。
性転換したからって特別何かをするわけでもなく。いつも通り、皆とアフタヌーンティーを楽しむ。
中には数少ない地雷《推しの女体化》が発生して解釈違いに苦しむオタクくんもいたが……それはそれとして。皆で紅茶を楽しんでいた時だった。廊下から、何かが急接近してくる音が聞こえてきたのだ。
後編に続く……。