Episode Sylph:Les pensées des étoiles pour vous.2
「君だけはボクを恨んでくれ。ボクを憎んでくれ。ボクを許さないでくれ。ボクは──許されちゃ、駄目なんだよ。君の夢を踏み躙り、君の願いを壊したボクに……君だけは優しくしちゃ駄目なんだ」
「何を言ってるの? 私、シルフに何もされてないよ。酷いことも、辛いことも、何も……」
眉尻を下げ、何も知らないアミィはきょとんと小首を傾げている。
「……ボクは取り返しのつかないことをした。きっと、君が最も忌むべきことを。君の願いも、夢も、信念も、その全てを踏み躙ることをしたんだ」
死にたくないと泣く君に、死を招くものを与えてしまった。幸せになりたいと語る君に、大きな障害を与えてしまった。人として生きて死にたい君に、外せない枷を与えてしまった。
そして──……ボクはそれを、良しとしてしまった。
故に──……ボクは。君がボクの所為で死にかけるまで、その過ちに気付かなかったんだ。
「その後悔の所為で私は妖精女王に狙われたの? 彼女が恋焦がれる精霊王の友達だから、じゃなくて?」
「…………ああ。そうだ。君が精霊王の愛し子だから、あの女は君を狙った」
ボクが君に加護を与えたから。その魂に星を宿してしまったから。
「シルフの愛情を独占しているから?」
「……星が瞬く程の時が流れても──ボクが愛する存在は、君だけだ。同じ位の視座を有する魔王や妖精女王ならば一目見れば気づいてしまう程に、ボクは──……君を、愛してしまったんだ」
精霊王と同格の魔王と妖精女王なら、きっと、アミィの魂に根付いた星に一目で気付いたことだろう。
だからこそ……あの女は迷わずアミィを狙った。ボクが愛するたった一人の人間だと、見せびらかしていたような状態だったから。
「それまではただの可愛い愛し子だったのに。君がはじめて城の外に出たあの日……、君が大怪我をした、あの時。ボクは初めて君に抱く執着を思い知った。得体の知れない感情に突き動かされて、らしくないことをしてしまったんだ」
もう、誤魔化せない。最初こそただの興味だったのに……いつしか君を想うだけで、贋物の感情がまるで本物のように疼き、ただ燃えるだけだった星が、爆発するんじゃないかってくらい、生命としての存在を主張してくる。こんな機能、ボクには無かったのに!
夜が来る度にどんどん君を好きになって、星が落ちる度に益々君が愛おしくなって。君がボクを『シルフ』と呼んでくれたあの日から、ボクは精霊王として致命的な欠陥を抱えてしまったんだ。その欠陥は、君に名を呼ばれる度に広がって、深まって、もうどうすることも出来ない地点まできてしまった。
「そうして星屑のように積もりはじめた感情が、君が世界を知る度に増えて、君が人間と絆を育む度に重なり、君が傷つく度に積み上がっていって……流石のボクでも、もう目を逸らせなくなった。──これは執着なんだって」
このまま君と、君がくれた宝物と共に、氷の城という箱庭の中で過ごしていくのだと、そう思っていたのだけど。君はいつしか箱庭を飛び出していて……君が命の煌めきを増す度に、君へ抱く感情に気付かされたんだ。
それが、ボクの…………君に対する執着。
紛れもなく愛情であり、紛れもなく執着でもある、君を絶対に失いたくないがあまり生まれてしまった──ボクの欠陥だ。
「──シルフは、私にどうしてほしいの」
アミィが淡々と呟く。
「え……?」
「怒ってほしいの? それとも糾弾してほしい? でも私は、相手が何をしたかも知らない状態で憶測で罪状をつきつけて石を投げるような真似はできない。だから怒ってほしいなら、貴方が私にした後悔を教えて。それが無理なら、私は貴方を怒れない。貴方の愛に、『ありがとう』としか返礼せないわ」
図星をつかれて、何も言葉を返せない。
怒ってほしかった。恨んでほしかった。そうすればきっと……ボクの中に渦巻く罪悪感が、少しは鳴りを顰めるから。
そんなボクの下劣な思惑を見透かしてか、アミィはつとめて明るく続ける。
「はい制限時間終了でーす」
「あっ……」
「無理に言わなくていいんだよ。今までずっと隠していた本当の顔を見せてもなお、それだけは、私には話せないことなんだよね?」
彼女には、やはり何もかもお見通しのようだ。
正体を明かすことにも躊躇いはあったが、加護の件はその比ではない。星王の加護のことだけは……君の命が煌めきはじめるその時まで、絶対に伝えてはならないと考えている。
加護とは、見方を変えれば呪いだ。故に呪いなどと同じように──当人が加護を認識することにより、その者に与えられた加護は急速に開花する。ボクがどれだけ封じていようが、アミィが星王の加護を知り、己の魂に在るそれに気づいてしまったら……その時点で、加護が完全に発動してしまうだろう。
それに……加護について知れば、君は確実に今以上に無茶をするようになる。その魂に根差した星の力を自覚すれば、きっと、真っ先に自分蔑ろにする君は、その命を簡単に投げ出すようになるだろうから。
王女という役割に縛られ、力があるからと自己犠牲に等しい責任感で誰よりも戦おうとする君に、ボクはこれ以上、戦う理由を与えたくないんだ……。
「許すかどうかはまたいずれ。シルフがそれについて話してくれる時まで、判決はおあずけね。だからそんなに辛そうな顔をしないでよ」
大事なことに限って何も話さないボクに、彼女は、しっとりとした朝露のように笑いかけてくる。それがまた、芽生えたばかりの幼い罪悪感をより成長させてくれた。
何度も何度も謝罪の言葉を口にする。それでも足りないくらい、ボクは取り返しのつかない過ちを、犯してしまった。加護で君の命を何度か守れたとはいえ、それ以上に君の生命活動を脅かしてしまった。これは紛れもないボクの罪だ。
「……謝らないで。──私と出会ったことが間違いだったみたいに言わないで! 貴方と出会えたことを……っ、私にとって一番大切な友達を否定することだけは、私、絶対に許さないから!!」
「あ、アミィ……」
謝罪を繰り返すうちに、アミィは堪忍袋の緒が切れたのか、顔を赤くして声を張り上げた。
「そもそもっ! シルフは自分ばっかり執着してるふうに語るけど、私だって多分、すっごく貴方に執着してるんだから! シルフと一緒にいられるのなら、なんだってしてやるわよ。もしまた妖精女王が貴方をつけ狙うようであれば、今度こそ刺し違えてでも貴方を脅かす存在を消すわ! もしもシルフが『やっぱりアミィの友達やめるね』とか言い出しても絶対私はそれを承諾しないと思う!!」
「刺し違え……!? なっ、何のはなし──」
心臓に悪い単語が聞こえたかと思えば、
「だって私、貴方が思ってるよりもずっとずっと、シルフのことが大好きなんだもん!」
「え……っ?!」
「友達を守る為なら私はいくらでも戦うし、その果てに死んだとしても本望よ」
「……──とも、だち。そうだろうね、そんなことだと思ったよ。……はぁ。随分と大それたことを言うけれど、君、死にたくないんじゃないの?」
アミィはまた、勘違いさせるようなことを言った。
……そりゃあそうだ。ほんの少し前まで周囲に愛されている自覚すらなかった娘が、急に愛だの恋だのを理解して、ボクに求愛するわけがない。
分かっていたさ。分かっていたけど落胆はしてしまう。ボクは『好き』も『執着』も君と出逢って初めて得たものだから……どうしても、君の一挙手一投足に振り回されてしまう。
なんて考えつつ不貞腐れて吐いた言葉に、
「当たり前じゃない。たしかに死ぬのは怖いし、嫌だけど……『愛する』友達の為に戦って死ねたら、それってすごく素敵じゃない? 個人的理想の死に様ランキング上位入賞確実よ」
アミィは明るく笑って答えた。
「…………どうして君は、いつも……」
死を何よりも恐れるくせに、そうやって死を受け入れたように話すんだ? あの言葉だってそうだ──、
『……あのね、シルフ。私ね、その内──父か兄に殺されちゃうんだ。他にも、死ぬ可能性がたくさんあるの』
そう、君は言ったよね。未来の話なんてボク達ですら理解り得ないのに。君だけは……常にいつかの死を確信し、受け入れた上で『死にたくない』って訴えている。
君は自己矛盾が多いとは思っていたけれど、本当に、君の死生観は歪だ。
何がそこまで君を歪ませたのか──きっと、ボク達には理解不能なんだろうな。
「私ね。たぶん『愛』とか『幸福』とか本当はまだよく分かってないの。だから、こうだったらいいなって希望的観測で『愛』や『幸福』を暫定して、答えが見つかるまではその幻想を追い求めることを是としてる。そんな幼稚な私が夢見る理想の『幸福』は──……皆と一緒に、いつまでも仲良く過ごすことなんだ」
みんなみーんな、私の『幸福』に必要不可欠なんだよ。と、アミィは花が咲くように笑う。
「だから、貴方がどれだけ私に後ろめたさを感じていようが知ったこっちゃないわ。貴方がどれほど私に酷いことをしていたって関係無い。私は私の幸せの為に、私なりに皆を『愛する』って決めたから。──こんな『私』に『愛』を与えておきながら、今更逃げられるなんて思わないで」
あの日から変わらない──……いいや。あの日よりもずっと眩しくて愛おしさが増した、彼女らしい明るい笑顔だった。
「『私』の野望は昔から変わらないよ。生きて、絶対に幸せになること──。この夢の為に、私は貪欲になるって決めたの」
「……アミィ……」
「皆との未来も、『愛』も、全部手に入れて──……だいたい死ぬ悲運の王女だけど、絶対に幸せになってみせるわ!」
無欲で、未来に何も期待していなかった君が、こんな言葉を言う日が訪れるなんて。
君の変化の理由の中にボクが有れば……とても嬉しいのだけど。きっと、そんなことはないんだろうな。君を育む全ての要素が、君を変えたのだろうから。
まあ、今はそれでもいい。
他ならぬ君が、未来に希望を抱いてくれたのだから。これ以上は贅沢ってものさ。
「だから、これからも傍で見守っていてね、シルフ。私、貴方がずっと見守ってくれたからこれまで頑張ってこれたから……ずっと、私の傍にいてね」
出逢った刻よりもずっと大きく、愛しくなった、どの星よりも眩いボクの宝物。ずっと変わらない君の笑顔が、大好きだよ。
この心臓に誓うよ。今度こそボクは──……君との約束を果たしてみせる。
「────もちろん。ボクみたいな、いい加減で、自分勝手な、王様なんてやってる精霊で良ければ。君の命が燃え尽きるその時まで……君の傍にいさせておくれ」
こんなボクに、君の夢を見届けることが許されるのならば。ボクは……この命に換えてでも、君の夢を叶えたい。
だってそれが、それだけが──星に出来る唯一の償いだから。
ねぇ、アミレス。ボクはまだ…………月に寄り添っていても、いいのかな。
後悔はまだ尽きず、大事なことに限って何も言わない、ボクだけど。君の望みを支えても、いいのかな。
……もし駄目と言われても、きっとボクは快諾できない。君を諦めることだけは、絶対にできないだろう。ごめん。本当にごめんね。
だからこそ。君の夢が叶わぬまま君の魂が宙に上がるような結末だけは、阻止してみせる。
この判決ばかりは他の誰にも絶対に譲らない。
……──星を司る、精霊王として。
ボクに捧げられた君の願いは、必ずや、ボクが叶えるよ────。