697,5.Episode Sylph:Les pensées des étoiles pour vous.
お花畑デートのシルフ視点です。
怒りや恨み以外の感情なんて知らなかった。何度も生を繰り返し、何千年と経とうが、ボクが自力で獲得できた感情はそれだけだった。──でも。君と出逢い、君と過ごすようになってから。ボクはたくさんの感情を知ったよ。
心配して、不安になって、拗ねて、妬いて、はしゃいで、焦って、困惑して、些細なことにも喜んで……全て精霊王には不要なものなのに、シルフと同じくらい、君がくれた感情を愛しく──宝物だと思うようになった。
あの日君と出逢ってボクは変わったんだ。
ただ観察し管理するだけだった『人間』というものに、これまで感じたことのない興味を抱き、そして執着するようになった。
ただ一人の君に。そして、ただのシルフとして君と過ごす、かけがえのないこの日々に──……。
♢
仕事──精霊界の管理に関する諸作業の為、各属性の町に赴いていたのだが、精霊界でわざわざ人間体になり目につく限りの最上位精霊と火の精霊に、『この服、姫さんから貰ったんだよ』と自慢して回るエンヴィーの目につくこと。鬱陶しいくらい大はしゃぎで、何体かの最上位精霊に至っては軽く引いていた程だ。
そんなエンヴィーに呆れながらも仕事をこなし、夜明け頃に人間界へ向かうと、今朝のアミィは随分と早起きなようで。
おはよう、と声をかければ、「いつもお疲れ様」と、この子はなんとこのボクを労ってくれた。それがまた、心が踊りそうなぐらい嬉しくて。
ボクは、そもそもこの仕事をする為だけに作られた存在だ。出来て当然だし、やって当然。そのように生まれてきたから、アミィと出会うまでは労われたことなんてなかった。
当たり前だよね。誰がわざわざ、何かしらの機構における歯車の一つに感謝し、労わるんだって話さ。
だからこそ。こうしてボクをただのシルフとして扱い、接してくれるアミィとの時間が何よりも尊く感じる。
「君に労わってもらえるのなら、面倒な仕事にも、存外価値や意義があったものだね。気遣ってくれてありがとう。アミィ」
気づけばそう返し、無意識のうちに彼女の頭を撫でていた。するとアミィはボク達の仕事に興味が湧いたようで。
「……そういえば、シルフ達っていつも何のお仕事をしてるの? 魔力や魔眼を管理する仕事としか聞いてないから、具体的には知らないなぁと思って」
「あぁ。まぁ、だいたいそんなところさ。魔力を管理し、ついでに魔眼も管理する。それが、精霊の役目だからね」
君は、その時が来るまで精霊のことなんて知らなくていいんだ。優しい君ならばきっと、精霊を知れば心を痛めてしまうから。
そう思い、いつも通り濁して答えたのだが、
「具体的にはどんなふうに管理してるの? 何か、それ専用の魔法とかがあったり……?」
「君は本当に、好奇心が旺盛だねぇ」
今日はもう、煙に巻けないようだ。正直に話さないと納得してくれなさそうだ、と判断し精霊の役割について正直に話したら、
「……シルフ達は、ずっと、神々の道具として……生きてきたの?」
心優しいアミィはやはりボク達を憐れんでくれたようだ。
「泣かないでおくれ、ボクの可愛いアミィ。これは、優しい君が心を砕く程のことではないんだよ。もうずっと昔……一万年も前から変わらない事実だからね」
こうなるから、君に精霊の話をしたくなかった。その時が来るまで、何も知らないままでいてほしかったんだけどな。
──と思う傍らで、もっと精霊を知ってほしいだなんて“欲”が湧いてくる。これもまた、かつてのボクには無かったものなのに。
「……ねぇ、シルフ。差し支えなければ教えてほしいのだけど」
「なんだい? 君が望むならなんだって教えてあげるよ」
ボクに教えられるものならなんだって教えよう。そんな気持ちで応えたら、
「師匠……エンヴィーさんは──火の最上位精霊、なの?」
アミィは予想だにしない質問を口にした。
今の話からそこまで推察されてしまうだなんて。アミィの記憶力にはまいったよ。……ここまで察しているのなら、きっと……ボクの正体にも気づいているはずだ。その上でこの子は、あえてエンヴィーについて触れた。
つまり、ボクに猶予を与えてくれている。
「──場所を、変えようか」
本当は、まだ、言いたくないけれど。君が気づいてしまった以上もう隠し通せない。隠せないのなら、ちゃんと話したい。ボクの言葉で、君に伝えたい。
だから力を貸してくれ、フュリトラ。君がかつて愛した男の為にすべてを擲ったように……一世一代の告白をする為の勇気を、ボクにくれないか。
天空の花畑の中心で、ボクの愛し子を見つめる。はく、と口を動かすも恐れや不安から声が出ない。
そんなボクを見かねてか、風と共に花びらが舞い上がった。ああ──フュリトラ。あの日、君の為に何もしてやれなかった精霊王を、それでも君は応援してくれるのか。
「………………きっと君のことだから、もう気づいているんだろう? ありがとう。ボクの口から言わせてくれて」
覚悟を決めよう。『ただのシルフ』としての時間を失うことを、受け入れるんだ。
「……──ボクの役職は、精霊王。精霊達を統括し、精霊界を運営し、人間界の魔力を管理する為に作られた存在なんだ。今まで隠していて、ごめん」
……言ってしまった。これでもう、後戻りはできない。
「……なんとなく、そう思っていたよ。きっとシルフは凄い精霊さんなんだな、って。師匠が最上位精霊だって分かった以上、もうそれしか選択肢はないし」
「怒らないの? ボクはずっと……君に嘘をついていた。隠し事をして、君に何度も迷惑をかけたのに」
アミィはやはり察していたらしい。その上で彼女は平然とボクの告白を受け入れ──ボクに対して、何も言わなかった。
「そんな権利、私には無いよ」
「っそんなわけない! 君だけは……っ、ボクの勝手に対し怒る権利がある! ボクを非難し、糾弾する資格がある! だって君は──ボクの所為で、命の危機に晒されたんだから!!」
妖精女王が君を狙ったのは、君が精霊王の愛し子──星王の加護を持つからなんだ。ボクが考え無しに君へ加護を与えてしまったから、君はあの女に狙われて死にかけたんだよ。
毒や呪いや病の無効化、魔力変換効率の上昇……そんな副次的効果では補いきれないほどのものを、ボクは何も知らない君に押し付けてしまった。
どうせいつかはボクの元に来るし、加護と加護属性はアミィが生きている限り発動しないよう、封印した。じわじわと進む精霊化も都合が良いだなんて……以前のボクは愚かなことを考えていたけれど。いざ、あの加護が発動しかけた時。──君の命が消えそうになった、あの瞬間。
『……──誰だ。誰が、アミィを殺そうとした?』
極光結界を解除してアミィの元に駆けつけたボクは、未だかつてない憤怒と恐怖を覚えた。
──君が死ぬ。ボクの所為で。ボクが、君と出逢ってしまった所為で。ボクの加護の所為で、死にたくない君に無茶を許してしまった。無謀を唆してしまった。
この時初めてボクは己の過ちを理解した。今まで好都合だ、で終わらせていたこの問題の重大さに今更気付かされたんだ。
死にたくないと涙する君に、死と隣り合わせとなる危険な代物を与えてしまった。あまつさえボクは──……そのことをまだ君に話せないでいる。
そんな勝手なボクを、君だけは裁く資格がある。それだけの権利がある。……なのに。
「妖精女王の件ならシルフは何も悪くないじゃない。変な女性に好意を持たれた挙句、ストーカー紛いの行為をされていたってだけなのでしょう? だから怒ることも、非難すべき行いも、糾弾すべき過ちも、貴方には無いと思う」
アミィは決してボクを責めない。まるでそれこそがボクへの罰だとばかりに。
ああそうだ。間違いない。君が怒ってくれたらボクはきっと、また勝手に、許されたような気持ちになるだろうから。
「…………違う。違うんだ。ボクが君を…………し……て、しまったから。君に願って、しまったから。だから君は────」
ただ、笑ってほしかった。
それだけの理由で、ボクは君を、人の道から引き摺り出したんだ。
あと1話、シルフ視点続きます。
こちらはいつも通り金曜更新予定です。