697.Date Story:with Sylph2
彼が私に何をしたのか、わからないけれど──シルフはそれをずっと隠してきて、そしてこの先も私には教えてくれないのだろうと、それだけは確信が持てる。
私は知らないままの方が私のためになるのかな。だからシルフは、ずっと隠してきたんだよね……?
「その後悔の所為で私は妖精女王に狙われたの? 彼女が恋焦がれる精霊王の友達だから、じゃなくて?」
「…………ああ。そうだ。君が精霊王の愛し子だから、あの女は君を狙った」
「シルフの愛情を独占しているから?」
「……星が瞬く程の時が流れても──ボクが愛する存在は、君だけだ。同じ位の視座を有する魔王や妖精女王ならば一目見れば気づいてしまう程に、ボクは──……君を、愛してしまったんだ」
震える声で、彼はまるで罪のように告白した。
「それまではただの可愛い愛し子だったのに。君がはじめて城の外に出たあの日……、君が大怪我をした、あの時。ボクは初めて君に抱く執着を思い知った。得体の知れない感情に突き動かされて、らしくないことをしてしまったんだ。そうして星屑のように積もりはじめた感情が、君が世界を知る度に増えて、君が人間と絆を育む度に重なり、君が傷つく度に積み上がっていって……流石のボクでも、もう目を逸らせなくなった。──これは執着なんだって」
左胸をわし掴み、咽ぶように彼は感情を吐き出す。
シルフが私──、アミレスを愛してくれているのは、愛が何かもわからない私も、分かっていたつもりだ。
いつだって味方でいてくれた、私達の一番の友達。私だってシルフのことが大好きだもの。
誰かを好きになることに理由なんて要らないし、誰かを愛することが罰になる道理なんて無いんでしょう?
「──シルフは、私にどうしてほしいの」
「え……?」
「怒ってほしいの? それとも糾弾してほしい? でも私は、相手が何をしたかも知らない状態で憶測で罪状をつきつけて石を投げるような真似はできない。だから怒ってほしいなら、貴方が私にした後悔を教えて。それが無理なら、私は貴方を怒れない。貴方の愛に、『ありがとう』としか返礼せないわ」
「……っ」
我ながら相変わらず性格が悪いことで。シルフがどうしても、件の後悔を私に言えないだろうと踏んでのこれだから。
言い淀むシルフを目を細めて見守り、程なくして「はい制限時間終了でーす」と、勝手な真似をする。
「あっ……」
「無理に言わなくていいんだよ。今までずっと隠していた本当の顔を見せてもなお、それだけは、私には話せないことなんだよね?」
「…………ごめん。わざと、ではないんだ。悪意があったわけでも………………いや。言い訳はよそう。ごめん。本当にごめん。ボクに出来る限りのことはしている。君が望まないかぎりは何も起きないようにしている。それでも、君に謝っておきたい。──本当に、ごめんなさい」
繰り返される謝罪の言葉。どれだけ告げられようが、その理由も真意も私は知らない。ただ──私が知らぬ間に、私の身ないし私の周囲に何かが起きているのだろう。と推測することしか出来ない。
しかしわざわざそれについて言及するつもりはない。悪意があったのならそりゃあ怒りたくもなったかもだが……目の前にいる、この世界で誰よりも長い間一緒に過ごしてきた私の友達が、違うと言ったんだ。ならば、私は彼の言葉の全てを信じよう。
「許すかどうかはまたいずれ。シルフがそれについて話してくれる時まで、判決はおあずけね。だからそんなに辛そうな顔をしないでよ」
「……ごめん。ごめんよ、アミィ。ボクが君と出逢ってしまった所為で。ボクが、君を愛してしまった所為で……君は殺されかけた。死にたくない君に死の恐怖を与えてしまった……本当にごめんなさい」
「……謝らないで。──私と出会ったことが間違いだったみたいに言わないで! 貴方と出会えたことを……っ、私にとって一番大切な友達を否定することだけは、私、絶対に許さないから!!」
彼の後悔とやらは許せるが、こればかりは腹に据えかねる。
あの日、何者でもなく何も持たない『私』と出会い、そして友達という宝物になってくれた『シルフ』を否定するなんてこと、たとえシルフでも許せない。
目を丸くして固まるシルフに向け、思いのままに情けない言葉を叫ぶ。
「あ、アミィ……」
「そもそもっ! シルフは自分ばっかり執着してるふうに語るけど、私だって多分、すっごく貴方に執着してるんだから! シルフと一緒にいられるのなら、なんだってしてやるわよ。もしまた妖精女王が貴方をつけ狙うようであれば、今度こそ刺し違えてでも貴方を脅かす存在を消すわ! もしもシルフが『やっぱりアミィの友達やめるね』とか言い出しても絶対私はそれを承諾しないと思う!!」
「刺し違え……!? なっ、何のはなし──」
「だって私、貴方が思ってるよりもずっとずっと、シルフのことが大好きなんだもん!」
「え……っ?!」
シルフは少々私を舐めているようだ。
たかが隠し事ひとつで、この私が友達を諦めると本気でお思いで? そんなわけないでしょう。かけがえのない、替えのきかない愛おしきこの宝物の為なら──……私は何だって出来る。そう、確信しているぐらいなのだから。
「友達を守る為なら私はいくらでも戦うし、その果てに死んだとしても本望よ」
「……──とも、だち。そうだろうね、そんなことだと思ったよ。……はぁ。随分と大それたことを言うけれど、君、死にたくないんじゃないの?」
「当たり前じゃない。たしかに死ぬのは怖いし、嫌だけど……『愛する』友達の為に戦って死ねたら、それってすごく素敵じゃない? 個人的理想の死に様ランキング上位入賞確実よ」
と言えば、
「…………どうして君は、いつも……」
シルフは沈痛な面持ちで呟いた。
顔が赤くなったり暗くなったり、先ほどの自罰思考といい……まだ気持ちが落ち込んだままで、情緒が不安定なのかもしれない。
「私ね。たぶん『愛』とか『幸福』とか本当はまだよく分かってないの。だから、こうだったらいいなって希望的観測で『愛』や『幸福』を暫定して、答えが見つかるまではその幻想を追い求めることを是としてる。そんな幼稚な私が夢見る理想の『幸福』は──……皆と一緒に、いつまでも仲良く過ごすことなんだ。そこには勿論、シルフや師匠やフリザセアさんも入ってる。シュヴァルツもナトラも、みんなみーんな、私の『幸福』に必要不可欠なんだよ」
答えが必ずしも綺麗なものとは限らないし、受け入れ難い可能性もあるけれど。少なくとも今の私にとっての『愛』と『幸福』は、ありふれたかけがえのないものだ。
この宝物の為ならば何を賭しても構わないと思えるほどに。
「だから、貴方がどれだけ私に後ろめたさを感じていようが知ったこっちゃないわ。貴方がどれほど私に酷いことをしていたって関係無い。私は私の幸せの為に、私なりに皆を『愛する』って決めたから。──こんな『私』に『愛』を与えておきながら、今更逃げられるなんて思わないで」
ただでさえ死の運命に囚われたこの人生で、度重なる原作改編と異常事態により、先が見えなくなった恐怖は勿論ある。大事な人達の未来を守れるかどうか不安で、私自身が生き延びることが出来るかも不明瞭なのだ。これで未来に対する恐怖を感じない程、私はできた人間じゃない。
それでも──今度こそ、絶対に幸せになりたいから。
「『私』の野望は昔から変わらないよ。生きて、絶対に幸せになること──。この夢の為に、私は貪欲になるって決めたの」
「……アミィ……」
丸く開かれたシルフの瞳が、導きを得たように、恍惚と煌めく。そんな、この世で最も美しい夜明けの星空を見つめ、不遜にも夢を捧げる。
「皆との未来も、『愛』も、全部手に入れて──……だいたい死ぬ悲運の王女だけど、絶対に幸せになってみせるわ!」
大好きな人達とずっと一緒にいたい。私の願いは、きっとこれからも変わらない。
だから、宣言しよう。あの時と同じように、はじめての友達の、貴方に。
「だから、これからも傍で見守っていてね、シルフ。私、貴方がずっと見守ってくれたからこれまで頑張ってこれたから……ずっと、私の傍にいてね」
「────もちろん。ボクみたいな、いい加減で、自分勝手な、王様なんてやってる精霊で良ければ。君の命が燃え尽きるその時まで……君の傍にいさせておくれ」
……うん。やっぱり、シルフは笑顔が一番だ。困ったような顔も、悲痛に沈んだ顔も、もちろん綺麗だけど……こうしてふにゃっと笑った顔が一番綺麗で、大好きだな。




