696.Date Story:with Sylph
瞬間転移の光に包まれ目を開けたら、そこは一面の花畑だった。上空には雲一つ無い晴天が広がり、目を凝らした先にはぐるりと見渡す程の古びた石壁がある。
「ここはいったい……」
「──『天上城郭ディアブルーム』。精霊の中で唯一、神へと昇華した女の鉢の中だよ」
「てんじょう、じょうかく……って、どこかで聞いたことがあるような……」
確か……昔、シルフ(猫)が魔法の座学の時──
『───花の魔力も、使いようによっては厄介な魔力なんだ。中には天上の城郭にまで成ったような使い手もいたんだよ。何せ、花の魔力の真骨頂は──……才能を開花させることだから。意味不明にも程があるよね。うん、ボクもそう思う』
って、前足で腕を組みながら言ってたような。
花の魔力に、天上の城郭。そしてこの、見渡す限りの要塞のような花畑。シルフの話から察するに、
「この要塞そのものがシルフが昔言っていた、天上の城郭に成った花の魔力の使い手なの!?」
「え。ボク、そんな話したっけ? …………してるなぁ。してたよ。君はどうしてそう記憶力がいいのか……」
僅かに眉を顰め、シルフは続けた。
「ごほん。『天上城郭ディアブルーム』──真名を、フュリトラ。初代花の最上位精霊。人間の男におか惚れした挙句、その男の願いを全て叶えようと魔神にまで成った、正真正銘の恋狂いさ。彼女の権能で本来ならば神々すらも容易に立ち入れないんだけどね、ボクだけは特別に入れてもらえるんだ」
「魔神──、実在してたんだ」
真っ先に思い浮かんだのは、ランプに入った魔神。だがこの空中要塞は……ただただ、美しかった。これが一つの恋の果てなのかと思い馳せてしまう程に。
「ふふ。魔神の存在は一部の地域を除いて人間達にはほとんど伝わってないから、あまりピンと来ないかな。ロアクリードの故郷、大陸の西南部、極北の島国、西の大陸の北東部。この辺りには魔神信仰の文化風習があった筈だよ」
「そ、そうなんだ……知らなかった……」
ちなみにここはフォーロイト帝国北部の海から更に北の、大海原の遥か上空さ。と、シルフは軽やかに笑う。
「君の住む大陸が特に大きくて……神々のお膝元だからかな。実はあの大陸から、確認されている中でも半数近い魔神が生まれているんだよ。上位存在が人間に気付かせないようにしていただけで、実は魔神もそう珍しくない存在なんだ。たとえば──『白痴の死神』とか、『独楽団』とか、『世界一最強最高神』とか、『時空断喪』とか、『色彩の魔女』とか。魔界出身のヤツが具体的にどの辺りで魔神に変生したかは知らないけれど、今言った魔神は、座標的にこの大陸に近い位置で魔神に成ったと思うよ」
たまにというか、半分くらい様子がおかしい名前があるんだけど、魔神の名前って誰がつけているのかしら。自己申告制だったら、ところどころ厨二心が爆発した魔神がいるわね。
──そもそも。シルフ曰く『魔神』というものは、魔力を生命力とする種族(魔族だけでなく、人間や精霊や天使、はたまた魔力原子のみを必要とする妖精もこれに含まれるとか。)が変生し、擬似神格と権能を獲得した状態を指す言葉だそう。
これまでの数千年で、各世界の王が観測し存在を確定してきた十二体の魔神のうち、半数ほどが元魔族の魔神なものの、残りは元人間や元精霊なんかもいて、多種多様なんだとか。
そんな魔神の中でも、『世界一最強最高神』と『白痴の死神』という魔神は頭一つ飛び抜けてヤバいらしい。
「っと。また、かなり話が脱線してしまった。そろそろ話を戻そうか」
呟き、シルフは花畑の中でこちらを振り向いた。風に揺られ、舞い上がる花びらとシルフの綺麗な髪。その中心たる彼の顔には──迷いが滲んでいた。
「………………きっと君のことだから、もう気づいているんだろう? ありがとう。ボクの口から言わせてくれて」
意を決したように、彼は告げる。
「……──ボクの役職は、精霊王。精霊達を統括し、精霊界を運営し、人間界の魔力を管理する為に作られた存在なんだ。今まで隠していて、ごめん」
それは彼が言うように予想通りの告白で。何か、胸の中にずっとあったつかえのようなものが、すとんと落ちて無くなったような気さえした。
「……なんとなく、そう思っていたよ。きっとシルフは凄い精霊さんなんだな、って。師匠が最上位精霊だって分かった以上、もうそれしか選択肢はないし」
「怒らないの? ボクはずっと……君に嘘をついていた。隠し事をして、君に何度も迷惑をかけたのに」
「そんな権利、私には無いよ」
だって『私』も彼等には言えない秘密がある。彼等が愛しみ尊重してくれている、アミレス・ヘル・フォーロイトという存在を騙り続けているような『私』に、そのような権利と資格があってたまるものか。
「っそんなわけない! 君だけは……っ、ボクの勝手に対し怒る権利がある! ボクを非難し、糾弾する資格がある! だって君は──ボクの所為で、命の危機に晒されたんだから!!」
必死の様子で、シルフは髪を振り乱し叫ぶ。
命の危機……って妖精女王とのあれこれの事かしら? もしやシルフは、妖精女王に惚れられたことを謝っているのだろうか。
「妖精女王の件ならシルフは何も悪くないじゃない。変な女性に好意を持たれた挙句、ストーカー紛いの行為をされていたってだけなのでしょう? だから怒ることも、非難すべき行いも、糾弾すべき過ちも、貴方には無いと思う」
「……!」
今度は彼の綺麗な顔に悲痛が滲む。
……そんな顔をさせたかった訳じゃないのに。ただ、いつものように笑ってほしくて、自罰思考を止めたいだけなのに。
「…………違う。違うんだ。ボクが君を…………し……て、しまったから。君に願って、しまったから。だから君は────」
星の化身のような彼が、私に何を願ったのだろう。私はシルフに何もしてあげられていない。彼の優しさや温もりに、まだ何も、返せていないのに。
こんな風に悔やむ程のシルフの『願い』って、いったい何なの……?
「君だけはボクを恨んでくれ。ボクを憎んでくれ。ボクを許さないでくれ。ボクは──許されちゃ、駄目なんだよ。君の夢を踏み躙り、君の願いを壊したボクに……君だけは優しくしちゃ駄目なんだ」
「何を言ってるの? 私、シルフに何もされてないよ。酷いことも、辛いことも、何も……」
言い返せば、シルフは美しいかぶりを振った。
「……ボクは取り返しのつかないことをした。きっと、君が最も忌むべきことを。君の願いも、夢も、信念も、その全てを踏み躙ることをしたんだ」
心当たりが無い。でも……彼が嘘を言っているようには、どうしても思えない。──いっそ嘘であってほしいと切に思う程、彼の表情とその言葉の一つ一つに、ぐちゃりと押し潰されたような感情が込められているのだ。
ホワイトデーですね。
アミレスが無事に『バレンタインデー』を広められたとしても(以前のバレンタイン記念番外編参照)、おそらく彼女のことですからホワイトデーの存在を忘れていると思われます。
なので3/14はホワイトデーを唯一知る男、カイルの独壇場です。きっと彼だけ、サラッとお返しとか用意してます。なんだかんだ律儀なので彼。そしてシルフやシュヴァルツから睨まれていることでしょう。
そんなこんなで、バレンタイン記念番外編があったくせにホワイトデー記念番外編はございません。まことに申し訳ございません。
お詫びに本編更新しておきますお許しください。m(_ _)m
シルフとの花畑デート、まだ続きます。