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694.Episode Leonard:The stars are beautiful.

レオナードの独白になります。

『もう着てくれたんだ! ありがとう師匠! すっっっごく似合ってますっ!』

『そりゃー良かった。──改めて。ありがとうございます、姫さん』


 彼女がプレゼントを渡せば、彼は幸せそうに笑った。

 『エンヴィー』という名の、火の精霊。なんでも王女殿下が六歳の頃から剣や体術を教えてきたそう。だからこそ彼女の剣筋は()で、戦闘時に於ける嗅覚と判断力は凄まじいのだと、エンヴィー様の素性を聞いた時は納得がいった。

 長年師弟として絆を育んできた彼だからこそ、あんな風に王女殿下と笑い合えるのだろう。


『俺は、眠る君を眺めたかったんだ。美しいものは鑑賞し、愛でるに限るだろう。そして君はとても美しい、自慢の孫だ』

『ありがとうございます……?』


 淡々と、顔色一つ変えず彼は言った。孫というのはよくわからないが……易々と『美しい』と言い、自身の立場を明確にしていて、凄い。

 『フリザセア』という名の、氷の精霊。なんでもエンヴィー様とシルフ様よりも先──、王女殿下が母胎に宿ったその瞬間から彼女を見守ってきたという。

 実際に王女殿下に会ったのは最近らしいのに、彼はあっという間に彼女との距離を縮めたようだ。


 ──羨ましい。なんて、嫉妬することすら烏滸がましい立場で、俺は背伸びして羨望に手をかけていた。

 俺には無いものを持っていて、俺には出来ないことをやっている。これで羨むなというほうが無理がある。

 こうして誰とでも“比較”して、毎度のごとく負けては打ちひしがれる。俺はいつもそうだった。何も出来なくて、卑屈で、臆病で……そのくせ一丁前に自尊心だけはあるから、何かしらは勝てるかもと誰彼構わず喧嘩をふっかけては返り討ちに遭う。その繰り返し。

 なんと無様なのだろう。他者に嫉妬することしか出来ないなら、他者に嫉妬する暇が無いくらい自分を磨けばいいのに……怠慢にもそれを放棄し、あまつさえ他者へ醜い感情を向けることばかりを良しとしてしまった。


 俺は、なんて醜い人間なのだろう──……。



 ♢



 もう夜も遅いからと、久々に東宮に泊めていただけることになった。ならばと始めたローズへの個別説教を終えるやいなや、ローズは真剣な様子で口を切る。


「お兄様。私、アミレスちゃんに告白しました」


 言葉が出てこない。いつも頭の中で泳いでいる音や歴史とはなんだったのか。衝撃のあまり、思考が完全に停止してしまいそうだ。

 固まる俺を見てか、ローズは静かに続ける。


「──この想いを伝えずにはいられなかったんです。御伽話よりも眩しくて、愛おしくて、幸せな初恋(ゆめ)をくれた彼女に、感謝と愛を伝えたかったの。お兄様にだけは、ちゃんと言っておこうと思って」

「…………そう、なんだ。彼女は、どう返事をしてくれた?」

「『未来を誓えない』って。でもまだ完全に振られたわけではないですもの。私、泡となって消えるその時まで、諦めるつもりはありませんわ」


 ローズは綽然として笑った。

 きっと、今までのローズであれば『未来を誓えない』という言葉を聞いただけで、凄く落ち込んでいただろうに。俺の目の前にいる(ローズ)は、(おれ)が知らないうちに強くなっているじゃないか。

 彼女に告白して、自分自身もまた成長して。俺が守ってきた可愛いお姫様は、小さな箱庭(ステージ)から飛び出して──いつの間にか、薔薇のように凛と前を向いて地に咲いている。その姿の、なんと誇らしいことか。


「……──羨ましい」


 ぽつりと、醜い感情が溢れ落ちる。

 ……今、俺はなんて言った? 『羨ましい』? なんで、どうして、そんなことをローズに────!?


「……お兄様? 今、何か仰い──」

「あ、ちが、俺は……っ! 俺は、そんなこと……ッ!!」

「お兄様? どうされましたの、お兄様!」


 眉尻を下げて戸惑うローズの手を振り払い、その場から逃げ出す。


「違う、ちがう、ちがう……っ! そんなこと、俺は考えてない──!」


 東宮の中を走り抜ける。何も考えずに走り回った俺は、やがて、綺麗な庭園の片隅で膝に両手をつき肩で息をしていた。


「……最低だ。俺、なんで、こんな……っ」


 その場でずるずると座り込み、溢れ出した情けない言葉と熱を、地面に落とす。

 先程の感情(・・)の意味を考えれば考えるほど、己の醜悪さに失望して嗚咽が漏れる。

 自分を変えることも出来ない臆病者が、変化を恐れず自分の殻を破って成長した人を妬むなんて。そんなの、お門違いにも程がある。

 だのに俺は……現状はおろか自分自身すらも変えられないくせに、勝手に人を憎んで、嫌って、嫉妬している。どれだけ卑怯者なんだ、俺は。


「ぅぐ……っ! ぁあ…………っ」


 寂寥に似た冷たさに肌を撫でられ、身を震う。恐怖から身を守るように体を縮めて、無様な感情を剥き出しにして地面に垂らしていると、陽を浴びる雨露のような音が、しっとりと降ってきた。


「……レオ? どうしたの、こんな所で……」


 肩が跳ねる。突如聞こえてきた声に戸惑い、体がピシと固まった。今一番会いたくなかった人と会ってまずはじめに湧き出たのは、『こんな姿を彼女にだけは見られたくない』という、自己保身の極みのような取り澄ました意思。

 そんな自分にまた自己嫌悪を膨らませ、いたたまれなさのあまり何も言わずに逃げ出しそうになった──が、平凡な俺よりも遥かに身体能力が優れた彼女は、「待って!」と言いながら俺の手をぎゅっと掴んだ。


「貴方が走っている姿が見えたから追いかけてきたのだけど……いったい何があったの? 話したくないかもしれないけれど、私は、一人で泣いてる友達を見なかったことになんて出来ない。だから……話してくれたら、嬉しいわ」


 俺が誰とも顔を合わせたくなかったことに気づいているのだろう。ひだまりのような心の持ち主たる彼女は、それを察したうえで、俺に委ねてくれたらしい。


「…………とても気分を害するかと、思いますが」


 意を決して告げる。


「構わないわ。貴方の涙を見過ごすより辛いことなんて、今此処にはないもの」


 彼女は不変の微笑みを浮かべた。


「……ローズに、酷いことを言ってしまったんです。あんな言葉を、ローズに聞かせたくなかった」

「何を言ったか、聞かせてもらえる?」


 燦爛(さんらん)とした彼女(ひと)に縋るように。神に懺悔するかのように。震えながら、罪を告白する。


「──『羨ましい』。俺は、そう、無意識のうちに言ってしまいました」


 ──俺は卑屈で、陰気で、臆病な人間だ。それだけならまだよかった。俺は、それだけではなかった。


「俺、は……最低なんです……っ! 自分勝手な基準で他人と“比較”して、それで少しでも自分が勝っていれば優越感に浸って…………負けていれば、『羨ましい』って、羨望よりも醜い、聞くに耐えない嫉妬を向けてしまう。──最愛の妹にさえも」


 そんな自分が大嫌いだ。この世界で一番、俺が俺という人間レオナード・サー・テンディジェルを強く憎み、疎ましいと思っている。醜くて、悍ましくて、みっともなくて、恐ろしい。こんな人間がこの世にのうのうと存在していて、それが自分自身なのだと考えるだけで、自己嫌悪は増長する。

 嫉妬という堆肥に植えられた羨望の花は、“比較”という水を与えられ続けた結果成長し、見事開花してしまった。──それが、俺という醜悪な人間なのだろう。


「俺は……自分を許せないんです。誰よりも“比較”されることを恨み続けた俺が、よりにもよってそれを無差別に振り翳していることが。その果てにこうして醜い言葉に絡めとられ、愛する人すらも傷つけてしまう自分が、どうしても、許せない…………っ」


 物心つく前より領民達から常に、俺は“比較”されていた。強く逞しい彼等とは違い、弱く脆い俺は、常に庇護の対象として憐憫を向けられてきたのだ。

 そうして比べられ、憐れまれ、守られることがどれ程に俺を擦れさせたことか。──だから“比較”は嫌いだ。──だから、無差別に他者と己を“比較”する俺が、この世で最も大嫌いだ。


「…………そう。貴方は自分が許せなくて、一人で泣いていたのね」


 冷たい水滴を落とすように呟く彼女の手が伸びてきて、少しばかり冷たい指先が俺の頬を撫でた。


「それなら、貴方が自分を許せるようになるまで、私は貴方の傍にいるわ。どこまで行こうと第三者に過ぎない私には、貴方にまつわる裁量権なんて無いから……せめて貴方が一人で泣かないでいいよう、私に、貴方の涙を拭わせてちょうだい」

「なん、で……俺に、そんな……優しくして、くれるんですか。俺、こんなにも……最低な、クズなのに…………っ」

「本当に最低な人はそんな風に泣かないわよ。貴方はそうやって悩んで、苦しんで、たくさん後悔して、泣いているじゃない。その涙の一つ一つが、レオの優しさそのものだよ。貴方はその優しさで自分を傷つけてしまうみたいだから、レオのぶんも、私が貴方に優しくしなくちゃ」


 俺の感情全てを包み込むように笑い、彼女は俺の目元をゆっくりと撫でた。白磁の手指で月を反射する(つゆ)が、今ばかりはどうしてか、美しい円環の主役(かお)のように見えてしまう。

 月明かりが後光のように差し、彼女を照らす。儚いその姿に見惚れ、いつしか悲哀は止んでいた。


 ──嗚呼。なんて、眩い人なのだろう。

 いつまでも温かくて、残酷なぐらい優しくて。彼女から与えられる無償の愛を一度でも味わってしまえば……もう二度と、彼女の籠から出られなくなる。──出たくなくなる。

 もれなく俺も、味わってしまった。この温もりを手放せなくなってしまった。


「…………そんな貴女だから、俺は」


 貴女に理想(ゆめ)を押し付け、貴女に恋をしたんだ。──僅かに零れ落ちた感情が、それを確信させてくる。

 理想を体現したような人。可憐で、麗しくて、格好良くて、勇敢で、思いやりに満ちた、穏やかな人。俺とは真逆の──雲の上の存在。本来手が届くはずもなく、何度も手を伸ばしてはその度に無様に風を掴んできた、導く星(ポラリス)の貴女。

 そんな彼女が、俺の為に(ソラ)から落ちてきてくれた。こんな、地底に根差す愚昧な俺の為に。

 ならば俺は──……


「──王女殿下。一つ、お願い……が、あるんですけど、いい……ですか?」

「えぇ。どうぞ。私に叶えられることであれば。貴方に優しくする担当として、頑張っちゃうわ」


 貴女が(ソラ)へと戻ってしまわないようにしよう。俺の醜悪な本性すらも優しさの一部だと慰めてくれる優しい彼女の、その優しさをこの指にゆっくりと結んで、二度と解けないようにしてしまおう。


「貴女に、誓いたいことがあるんです」

「誓いたいこと?」

「はい。その……いつか、自分を許せる日が来て、貴女の隣に立つのに相応しい男になれたら。その時は──……貴女の名前を、呼んでもいいですか?」


 今はまだそんな勇気はない。だからいつの日か、堂々と貴女の名を呼ぶ勇気と資格を得られたら。

 呪いばかりを吐く低俗で悪辣な俺だけど。愛しい貴女の名前を口にすることを、許してほしいのです。


「いいよ。貴方が自分を許せるように、応援してるね。それまでは一切名前で呼んでもらえないっていうのは、少し寂しいけれども」


 としょんぼりしつつも、彼女は快く俺の申し出を受け入れてくれた。で、あれば。


「──我が名、レオナード・サー・テンディジェル。我が身命が尽きるその日まで。我が剣、我が志が打ち砕かれるその時まで。この身総てを貴女に捧げる事、我が騎士道においてここに誓います」


 沈むように跪き、彼女の手を取り宣誓する。


「待ってよレオ、それって騎士の誓いじゃ……っ?!」

「……我が家名、サー・テンディジェルとは、祖が騎士であったが故のもの。遠縁のランディグランジュと同じく、我が家(テンディジェル)もかつては騎士だったんです」

「そ、そうなの……? でも、急にどうして騎士の誓いを?」

「…………この誓いを胸に、いつか貴女に相応しい己になってみせます──という、宣言のようなものです。だからどうか、そう気負わずに聞き届けていただければ、嬉しいです」


 この夢に溺れる為の、(くさび)を。

 俺の永遠(すべて)を契る口付けを、貴女に。


「──俺、レオナード・サー・テンディジェルは。この声が朽ち、頭が落とされるその時まで。親愛なる王女殿下の為に生きて死ぬことを、貴女に誓言(せいごん)致します」


 刹那の間、彼女の手に唇を押し当て、そっと離れる。

 ……──どうか。彼女が、遥か彼方の(ソラ)になんて帰らずに、この地に輝く星であり続けてくれますように。

 俺が自分を許さない限り、彼女は俺を見捨てない。俺が彼女の未練となれる。俺に(・・)対する(・・・)負い目(・・・)()いつ(・・)までも(・・・)捨て(・・)られ(・・)なく(・・)なる(・・)だろう(・・・)。──なんて。嗚呼、なんと非道い考えなのか。

 だが、それでいいとすら思えてしまう。俺はどう足掻いてもフリードル殿下やマクベスタ王子のようには出来ない。彼等のような自信も度胸も無い。そんな俺に出来るのは、無様で醜い悪あがきだけだから。


 故に。──最悪の夢を見よう。

 愛しい貴女の傍に居ることを赦される、尊くも醜悪な白昼夢の中に、迷いこんでしまえ────……。


゜へいかせなんりこてんへたれふあにうぼつぜとうぼき`そこうよ

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― 新着の感想 ―
こんばんは~!今日も更新ありがとうございます! さて、レオナードは本当に残酷なほど賢いんですね。自分と周囲を正しく理解できてしまって、常識に則って考えてしまう。自分の醜さを切り離せることも、認めるこ…
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