693.Main Story:Ameless
ローズの熱烈な告白を聞いた、少し後のこと。
高台の奥手と下方から、ほぼ同時刻に『いたぁーーーーーーっっっ!!』と野太い叫び声が聞こえてきて、私とローズは驚きのあまり抱き合って固まってしまった。
そんな私達を取り囲むようにわらわらと集まって、男達は「マジで見つかっちゃったよ」「まさか本当にここで落ち合うとはなぁ」「やっぱりあの人、やる時はやるんだよな。普段はへにゃへにゃなのに」と談笑している。
「あ、貴方達……! まさかお兄様が……!?」
見知った顔ぶれに瞬き、ローズが一足先に声を上げると、
「捜しましたよ、ローズニカ様。王女殿下。夜道は危険ですので、我々がエスコートさせていただいてもよろしいでしょうか?」
紅獅子騎士団のモイスさんが前に出て、どこか緊張した様子を額に滲ませつつ、なんとも優雅な仕草で手を差し出してきた。
どうやら彼等は私達を捜していたらしい。……まあ、あの飛び出し方なら、こうなるのも当然か。とんでもない迷惑をかけてしまったわね。
「……その前に。モイス卿。如何にして、貴殿らはこの場所まで?」
帰る前にこれだけは確認しておかなければ。彼等が二方向より現れたことから鑑みるに、人海戦術で帝都中を……という訳ではなさそうだ。ならばどうやってここまで来たのか、個人的な興味が尽きないのだ。
「ああ。それは……こちらの、レオナード様からお預かりしました地図を元に進んだところ、この高台が最終地点候補となっておりまして。僕達はここまで、レオナード様の指示通り、様々な地点や店をくまなく調べつつ参りました。その結果、見事王女殿下とローズニカ様を見つけた次第でございます」
「レオナードの指示…………」
つまり。レオナードは私達がこの高台に来ると踏んで、彼等を動かしたということ? ……そんなこと現実的に考えて可能? 未来予知とか、そのレベルの芸当じゃないの。流石はゲームのフリードルの側近。天才だとは知っていたけれど、まさかここまでとは。
「……末恐ろしいわね、貴殿らの主は」
「我々もそう思います」
互いに苦笑する。
そうして私達は、紅獅子騎士団の騎士達にエスコートされ帰城した。
♢♢♢♢
「──王女殿下! どちらに向かうおつもりですか? まだ話は終わっておりませんよ!!」
「ひゃうんっ。も、もう反省したから……こんなこともうしないから……許してください…………」
帰宅した私は即座に談話室へ連行され、案の定イリオーデから特大の説教を食らった。なんなら、イリオーデだけではない。ネアとスルーノにもめちゃくちゃ怒られた。(特にネアは、ハイラが乗り移ったんじゃないかと思うぐらい、怖かった。)更にはナトラにも泣きながらポカポカと体を叩かれ、それを見たクロノが超至近距離で一言も発さず睨んできたものだから、息が止まるかと思った。
「皆様……っ、アミレスちゃんは私の為にあの逃避行を敢行してくださったんです。なのでどうか、叱るならば私を……!」
「安心してね、ローズ。ローズへのお説教はまた後で俺がするから。…………何かあってからじゃ遅いんだから、危ないことはしないでくれよ」
「うぅっ…………」
果敢にも私を庇おうとしたローズだったが、口元は弧を描くものの目が一切笑っていないレオに釘を刺され、しゅんと萎縮してしまった。
それからもしばらく、深夜に至るまで説教は続いた。レオの護衛筆頭たるモルスさんを除き紅獅子騎士団の騎士達は全員帰宅。シャンパー商会からの派遣さん達も、私が失踪騒ぎを起こしている間に帰宅済み。ハイラ紹介の契約社員な使用人達も、規定労働時間を超過した時点でネアが帰しておいたとのこと。
なので今東宮にいるのは、通勤時間の一分一秒すら惜しいと考え東宮に住み込んで働いている社畜気味な侍女達や忠犬従者達、他に住む場所がないのでここに住んでいるナトラ達、そして、普通に旦那さんを放置してサービス残業中のネア。
ほぼ常連のお客様たる師匠や、ペットのセツもいるが……まあそれはそれ。この辺りの顔ぶれを除けば、あとはもうテンディジェル兄妹とモルスさんぐらいに絞られる。
それ程に人が少ないこの宮殿で。こんな真夜中に。──何故、全員集合してしまったんでしょうか!
「…………はあ。こってりしぼられた……」
時刻は深夜二時をゆうに越えた頃。ようやくエンドレス説教が終わり、ゾロゾロと見物客達が席を立つなか、私はよろめきながら立ち上がった。
自業自得じゃん。と言いたげなクロノの侮蔑と憐憫を過分に含む瞳から目を逸らし、私は談話室の隅に積まれた大量の箱に視線を縫う。
どうにも目が冴えていて眠れそうにないし、『十二日は絶対にこっちに来てね』と念を押しておいたからか、師匠も居る。ならばきちんと祝わねば!
……私が自分勝手なことをしたから、お祝いする間もなく師匠の誕生日が終わっちゃったんだけども。腹切って詫びるしかないかしら……。
箱の山の中から、師匠へのプレゼントを取り出す。特徴的な箱を抱えてトテトテと、仏頂面の師匠に駆け寄り、「どうぞ!」と言って箱を渡せば、
「あぁ。シルフさんに渡しておけばいいんですね?」
パッと笑顔を作り、任せてください。と、師匠は頷いた。
「違うよ! それは師匠へのプレゼントなの。私の勝手な行動のせいで日付が変わっちゃったけれど……師匠の誕生日だったから」
「え。あ…………ぁ〜〜……」
瞬いたかと思えば顔を赤くして、師匠は空いた手で口元を覆った。その手の隙間からは、熱の籠った呻き声が漏れ出ている。
「…………姫さん。俺、数年前にたしか『誕生日のプレゼントは要らない』って言った気がするんですけど」
「覚えてるよ。だけどね、それでも師匠に誕生日プレゼントを渡したくて。弟子の我儘、聞いてくれませんか?」
「──はぁ……こんな可愛い我儘を断れる師匠がいるとお思いで?」
芽吹きを迎えた春の花のように、師匠は暖かく笑った。
「……こうなるってわかってたからプレゼントはいいって言ったんだけどなァー……俺、だっさ……」
小声で気になることを呟いて咳払いし、「ンンっ。これ、開けてもいいですか?」と師匠は訊いてくる。勿論と頷けば、師匠は楽しそうに箱を開けて固まった。
「──服?」
「うん。師匠は数年前からずっと、私がデザインした服が欲しいって言ってくれていたから。遅ればせながら」
「……………………」
皆が見守る長い沈黙の中、師匠は箱を置いて、取り出した服を広げてはじっと眺めている。
「……姫さん」
「はい」
「ちょっと席を外してもいいですか」
「? いいよ?」
今すぐ感想が欲しいわけではない。師匠に何か用事があるのなら、それを済ませてからでもなんら問題は無い。というか、既に勝手な事をしでかした私には彼の行動を制限する資格など無いというものだ。
「すぐ……すぐに、戻るんで。待っててください!」
言って、師匠は服を抱えて姿を消した。一瞬星雲のような光が見えたことから、精霊界に戻ったのだろう。
程なくしてまた宙に星が煌めいたら、
「──お待たせしました。似合ってますかね」
早速着替えてきてくれたらしい師匠が、照れくさそうに後頭部を掻きながら現れた。
深みのあるシックなワインレッドの生地に施された、控えめながらも精巧な銀糸の刺繍。半洋半中という特性が織りなすちぐはぐな雰囲気を、銀糸の刺繍が調和しているかのよう。
下半身は機動性重視のズボンスタイル。ここにも中華衣裳要素を取り込んでおり、少しばかり裾が膨らんでいるのだ。軽く五メートルはあるだろう師匠の長い脚がより長く、十メートル程あるように錯覚する。もちろん錯覚だが。
「もう着てくれたんだ! ありがとう師匠! すっっっごく似合ってますっ!」
「そりゃー良かった。──改めて。ありがとうございます、姫さん。ずっと乞食のように欲しい欲しいとは言ってきましたが、こうして本当に貰えて……虹色に燃えそうな程、嬉しいです」
「そう言ってもらえて私も嬉し──、ん? 虹色に……燃える……?」
精霊さんジョークだろうか。
「ふむ、エンヴィーが異常にはしゃいでいたのは、姫からの贈り物が理由だったのだな」
「おまっ……余計なこと言うな! つーか、ついてくるなよ!」
「余計なこととはどのことだ?」
師匠の背後からひょっこりと現れた、青銀の長髪の冷艶な美丈夫。彼は合点がいったとばかりの口調で、師匠の頭から爪先へと視線を往復させる。
「フリザセアさん。こんな夜更けにどうしたの?」
「仕事が終わって暇が出来た。ならばおじいちゃんとして孫と戯れるべきかと思ったんだ」
「今日はたまたま起きているけど、いつもならこの時間には寝ているよ……?」
「? 知っているが。俺は、眠る君を眺めたかったんだ。美しいものは鑑賞し、愛でるに限るだろう。そして君はとても美しい、自慢の孫だ」
「ありがとうございます……?」
淡々と、フリザセアさんは真顔で言い切った。