番外編 ある王女とほろ苦い味 前編
たまたま今日(金曜日)がバレンタインデーだったので、突然ですがバレンタイン記念の番外編です。
二話構成となっております。よろしくお願いします。
十五歳の誕生日を目前に控えた、ある冬の日のこと。私は一人厨房に立ち、顰めっ面で唸っていた。
「うーむ……どうしたものか……」
悩みの種は目の前にある大量のカカオ豆。これはつい数時間前にホリミエラ氏──シャンパージュ伯爵が、『このカカオを使ったスイーツは確実に売れますよ! カカワトル、チョコラテ等様々な呼び名があるのですがまあそれは一度おいておくとして──……』と興奮気味に語りながらお裾分けしてくれたものだ。
おそらくは何かチョコ系スイーツの案をくれ、ということなのだろう。相変わらず商機を絶対に逃さないというか、驚く程の商売ジャンキーっぷりだ。
そして今に至る。せっかく珍しいものをいただいたのだから、私も何か作ってみようと思い、こうして一人で厨房に立て籠ってみたというわけだ。
「……チョコといえば。日本だとそろそろバレンタインよね。ソシャゲのバレンタインイベントぐらいしか縁が無かったから、すっかり忘れていたわ」
例によってこの世界にはバレンタインというイベントは存在しない。起源となる聖人ウァレヌンティヌスも居なければ、冬にチョコを売りたいと画策する企業も居ない。そもそも大陸南方の国でしか採れないらしいカカオが、先述通りとても珍しいのだ。そんな状況下で『バレンタインデー』を積極的に思い出すことなどそうそうなかろう。
「まぁ、でも……思い出しちゃったものはしょうがないし。バレンタイン、やってみるかぁ」
ホリミエラ氏がチョコスイーツにも手を出すとなれば、『バレンタインデー』のようなうってつけの戦略は大喜びで採用してくれそうだし。
何はともあれ今はチョコ作りだ。ええと、確かカカオからチョコラテを生成する為のレシピとおたすけ魔導具を同封したってホリミエラ氏が……。
カカオがたくさん入った麻袋とは別でもう一つ渡されていた箱。そこには確かにレシピと魔導具が入っていた。よくわからないままに魔導具へカカオと牛鹿の乳を入れ、レシピ通り(にはできなかったので、まあまあドタバタと)作業すること、一時間。魔導具先輩のご助力もあってか、なめらかなチョコが完成した。
「──さて、どんなチョコにしましょうか」
実は私、チョコを作ったことないんですよ。だから、トリュフ? とか生チョコ? とかガトーショコラ? とか、そういうお洒落なやつの作り方なんてまったく存じ上げていないわけでして。
……とりあえず、固めたらチョコになるわよね。可愛げのある容器……あとですぐ捨てられるようなやつがいいわ。これにチョコを流し込んで、トッピングには砕いた砂糖漬けのスミレを少々。
「こ、これは……っ、中々に可愛いのでは……!」
我がセンスの良さに感激し、震える。
ふふーん、固まるのが楽しみだなー。周囲の温度を冷やして氷室化させようかなー。と、考えた時には体が動いていて、厨房全域を氷室化し、爆速でチョコを固めた。待てなかったや、えへへ。はっくしゅんっ。
「んー……ちょっぴりビターだけど、砂糖漬けのスミレが際立って美味しいかも」
数個ほどつまみ食いする。初挑戦にしては中々上手くいったのではないだろうか、と自分に激甘な私は思う。
せっかくたくさん作ったんだし、皆にも食べてもらおうかな。
思い立ったが吉日。バスケットにチョコをズラリと並べ、バスケットを持って厨房を出る。すると厨房を出てすぐに、イリオーデとアルベルトが血相変えて駆け寄ってきた。
「王女殿下! お怪我などはありませんか?」
「『しばらく厨房に籠るわ』とお一人で中に入られてから数時間、俺達はもう心配で心配で……」
「だ、大丈夫よ。心配かけてごめんね」
どうやら一人で立て籠ったことで、心配をかけてしまったらしい。耳と尻尾が見える忠犬従者達に「二人とも、少し屈んでくれる?」と告げ、素直に屈んだ彼等の口に、えいえいっと、容器から出したチョコを詰め込んでみる。
するとどうだろう。二人して目を見開いて固まり、その顔が徐々に赤くなってゆくではないか。
「「!?」」
「ふふ、慣れない味だからびっくりしちゃった?」
ぎこちない動きで咀嚼する二人を見つめながら、私ももう一つ、チョコを頬張る。
「王女、殿下……こ、これはいったい……?」
「チョコレートよ。ほら、シャンパージュ伯爵がカカオ豆を沢山くれたじゃない。だからこうして作ってみたの」
「チョコ……。左様……ですか……」
イリオーデはビターが苦手なのかな。すごく困った様子だ。
「主君の手作り……!? あのっ! しゅ、主君っ、今のもう一度……!」
「っおいルティ! お前はなんと浅ましい望みを口にして──?!」
「君だって本当は願いたいくせに!」
「そんな訳……ッ」
何故か二人が喧嘩を始めてしまった。どうやらアルベルトはビターチョコレートを気に入ってくれたらしい。そしてこの反応から察するに──イリオーデも本当は気に入ったのね? でも推定スイーツを所望するのは騎士として……とか考えちゃったから、あの気難しい顔になったと。はっはーん。完全に理解したわ。
「はいどうぞ。気に入ってもらえたようで嬉しいわ」
「わ……っ」
「んぐっ」
またチョコを彼等の口に捩じ込む。その際に触れた唇が妙に熱かったが……珍しい味に興奮しているのだろうか。
「……主君が作ったものを食べられるなんて、俺、幸せです……!」
「私も……このような褒美を賜ることが出来て光栄です」
「大袈裟だなぁ。ただ冷やして固めただけのものだよ」
カカオの加工はホリミエラ氏がくれた魔導具によるものだし。砂糖漬けのスミレは私のお菓子として常備しておくよう頼んでるものだし……やはり、私はこれといって何もしていない。本当に冷やしただけなのだが、こうも喜んでもらえると作った甲斐があったわね。
♢♢♢♢
「今、私と目が合ったわね? 口を開けなさいカイル!」
「なんだこの妖怪?! おい待てやめろ何すッ──むぐぅッ?!」
廊下でバッタリと会うやいなや、何故か逃げの姿勢に入ったカイルの前に回り込み、その口にチョコを捩じ込む。
「なん……ッ、……あ? これ……ビターチョコ? なんでそんなものが……てか、お前は何してんの?」
「初めての手作りチョコを配り歩いてるところよ。どう? まあまあ美味しいでしょう?」
「え。手作り、チョコ……?」
既に東宮の侍女達やナトラ達には押し付けてきたところですとも。
「美味しかった? ねぇねぇどうだった?」
「………………美味かったよ。でもあんな奇襲スタイルで急に食わせるのはやめてくれ。普通に怖い」
「それは本当にごめん」
一瞬顔色が悪くなったように見えたが……もしやチョコが嫌いだったとか? だとしたら悪いことをしたわね。
「──ここに居たのか、アミレス。それにカイルも」
「マクベスタ〜〜っ! 今日もビジュ大優勝だなァおい〜〜」
「丁度いいところに!」
こてんと首を傾げるマクベスタに駆け寄り、彼にもチョコを差し出す。
「はい、あーん」
「……え?」
「危ないものじゃないから安心して食べてちょうだい」
「たッ、食べ…………っ!?」
顔を真っ赤にして、マクベスタはチョコとこちらを交互に見やる。視界の端に映るニヤけ面の男のことは一旦放っておき、期待に満ちた視線をじっと送っていたら、
「……っ、い、いただき、ます……!」
一世一代の覚悟でも決めたような風格で、真っ赤な顔を更に赤くして、彼はチョコを食べてくれた。
「どうかな? 結構美味しく作れたと思うのだけど」
「…………美味しい、よ。多幸感と恥ずかしさであまり味を感じられなかった気もするが……──というか。作ったって、これを……お前が?」
「うん。冷やして固めただけのものだけどね」
お菓子作りもお手のものな料理男子の彼からすれば、とても拙い出来栄えだろうけれど。
「………………もう一つ、貰ってもいいか?」
「勿論いいよ。気に入ってくれたみたいで嬉しいわ」
一つと言わずいくらでもあげる! と、チョコをいくつか渡したら、
「ありがとう。……これだけあるなら、何個か防腐処理して保存してもいいかもな」
「この平成女児チョコを永久保存するつもりかマクベスタさん」
マクベスタが気になる発言をこぼし、カイルがすかさずそれにツッコんだ。どうやらマクベスタは、この砂糖漬けのスミレ付きチョコを相当気に入ってくれたらしい。
後編に続きますヽ(´▽`)/