692.Side Story:Leonard2
「レオナード様。紅獅子騎士団第一部隊、招集致しました」
東宮の裏庭にて、モルスの後ろに整列する紅騎士団第一部隊。騎士団長たるモルスが率いる、紅獅子騎士団が誇る指折りの精鋭達だ。
一時的に紅獅子騎士団の指揮権を副団長のザオラースに委任し、モルスは彼等第一部隊と共に俺とローズの護衛として帝都まで来てくれたのである。
「皆。今から──追いかけっこをするよ」
軽装に身を包んだ俺達の騎士をぐるりと見渡し、告げた。すると、追いかけっこと聞いて首を傾げて、
「おれ達とレオナード様で追いかけっこなんてしても、勝負にすらならねぇと思いますけど」
「そうですね。レオナード様が追う側でも追われる側でも、絶対に勝負が成り立ちません。モルス兄さんに助力を頼むのであれば、その限りではないと思いますが……」
サルバとモイスが随分とまあ失礼なことを言ってくれた。紛れもない事実だけども。
「なんで俺が君達と追いかけっこをしなきゃいけないんだよ。皆が追いかけるのは俺じゃなくてローズだから。絶賛行方不明のローズと王女殿下を捜しに行ってもらおうとしてるんだよ、俺は」
ローズと王女殿下が行方不明だと言えば、騎士達は先程の軽口が嘘のように眦を決した。彼等もまた、あの冬の日を思い出したのだろう。
「念の為言っておくけれど、今回のは事件ではないらしい。なんでも、ローズと王女殿下が護衛もつけずに二人でどこかに行ってしまったとかで……未だに帰って来ないから、迎えに行こうと思ったんだ」
「また攫われたっつー訳ではないんスね。ならよかった」
ユバイヤがホッと胸を撫で下ろすと、他の騎士達も次々に緊張を解いていった。
「それならわざわざ迎えに行く必要も無いのでは? 何せローズニカ様にはあの王女殿下がついてるんですし」
「そうそう。我等が団長相手に一本取ったあの子がいるんだし、絶対迎えとかいらないっすよね」
「相変わらずレオナード様は過保護ですねー」
「というか……王女殿下との時間を邪魔した日には俺達全員、ローズニカ様に呪われるんじゃ」
ハハハハ、と騎士達は豪快に笑う。
「──ごちゃごちゃとうるさいな。俺がやるって言ったんだからやるんだよ。万が一が起きてからじゃ遅いんだから」
「ハァイ」
「しょうがないっすねぇ」
「はいよー」
「わかりやした〜」
妙に俺に対して失礼な騎士達をじとりと睨みつつ、投げ捨てるように言葉を吐く。
父さんや伯父様の手伝いとかで外に出るようになってから、体が弱い俺の護衛をやってくれていたのは彼等だった。もちろんその全てが、というわけではないが……元は別の部隊所属だった騎士達が、俺の護衛を経て今やこうして第一部隊に集まっている。
なので、皆して妙に遠慮が無い。別にいいけどね。もう慣れたから。
「しかし、どうやってローズニカ様と王女殿下をお迎えに上がるのですか? 行方は不明なんですよね」
小さく挙手してモイスが発言すると、「確かに」「人海戦術で捜せってこと?」「それはちょっと厳しくねェか」と騎士達が口々に呟く。手を掲げてそれを制止し、俺は続ける。
「何も難しいことじゃないよ。王女殿下がローズを仕事関連の場所に連れ回すとは思わないし……そもそも、聞いた限りだと本件は突発的なものだったらしい。ならば行く当てなんて無いはずだし、必然的に二人で行先を決めることになるだろう?」
ここまでわかれば、あとはもう追いかけっこだ。
「帝都にある全七十八個の“聖地”。最新版・帝都の定番デートスポット五十選。ローズの趣味を網羅するとして、関連の店はおよそ六十一件。建国祭中だからこそ起こり得る特殊なイベントを体験・観覧可能な地点は二十九。これらの中から若い女の子が二人きりでも行ける場所且つ、ある程度人目を忍びつつ楽しめる場所となれば──全部で二十七ヶ所」
ローズがいなければこのような予測も立てられなかっただろう。だが、向こうにはローズがいる。そして一緒にいるのは王女殿下だ。彼女ならばきっと──ローズが行きたい場所へ連れて行ってくれるだろうから。
「だから君達には二手に別れてもらって、二人がいなくなった店より、一番近い場所と一番遠い場所から中間地点の場所まで、しらみつぶしに確認していってもらう。だから追いかけっこ。わかった?」
「「「「「「………………」」」」」」
一通り説明すれば、騎士達はあんぐりとして固まった。
「質問してもよろしいですか、レオナード様」
「いいよ、モルス」
「ありがとうございます。何故、一番遠い場所から捜索する班を作るのでしょうか。確かに入れ違いなどの可能性を潰せるのは大きいかと思いますが、であれば『二手』に分ける理由がわかりません。もっと細かく、三人程度の班を幾らか作った方が効率が良いのでは」
「それはそうなんだけど、何せ相手は王女殿下だからね。もし効率化の先で彼女が抵抗の意思を見せたとして……君達は、たった数人で彼女を止められるの?」
「!!」
そう。今回の相手、追い詰めるは易しだが、その後が厄介なのだ。もし万が一王女殿下が大人しく帰ってきてくれなかった場合……俺達は実力行使に出るしかなくなるわけで。
そうなれば、戦力が多いに越したことはない。だから二手に分けることにしたのだ。
「彼女からどんな飛び道具が出てくるかもわからない。そんな状況下で戦力を削ぐのは愚策とも言えるでしょ? 王女殿下の異質さを勘定に入れた結果が、二手に分かれて挟撃する──って作戦なんだ」
彼等を待ってる間に書き起こしておいた捜索の為の導線。帝都全域の地図と時間帯によって混雑しがちな道、そして各所の治安など……頭に入れておいてよかった。
ぽかんとしたままの騎士達をパパッと二班に分け、経験を積んだベテラン騎士を班長とし地図を渡す。適宜、魔導徽章で連携を取りつつ捜索にあたるよう命令すれば、彼等は姿勢を正して『ハッ!』と声を揃えた。
「レオナード様、頭使ってる時はマジでカッケーなぁ……」
「いつもあれぐらい自信満々だったらいいのに……」
「俺達のレオナード様はヘタレだけどかっけぇんだぞ! ってもっと周りに自慢したい」
「わかるぅ〜!」
「つーかあの人、なんであんなにも帝都のことに詳しいんだ?」
「それオレも気になってた」
「そりゃアレだろ。ローズニカ様とおでかけする為だろ。領地にいた頃もよく二人でおでかけしてたし」
「「「あぁ〜〜」」」
わいわいと騒ぎながらも彼等は駆け出す。それから数十分後にそれぞれスタート地点についたとの報告が入り、やがて追いかけっこは始まった──。