691.Side Story:Leonard
人を破滅に追い込むのは、昔から得意だった。
俺が狙うのは欲にまみれた連中ばかり。そういった手合いを破滅させるのは存外簡単で、ローズが歌姫になったあの日以降、俺は幾度となく、ローズへの薄汚い欲望を隠そうともしない連中を破滅させてきた。
盤上で駒を動かすように。情報や人員を動かし、相手が思惑通りに動くよう仕向け、盤上から排除する。実に簡単でしょう?
言わばこれは狩猟なのだ。色々と工夫を凝らす必要のある対魔物戦闘ではなく、罠をしかけ、餌や威嚇で対象を誘導し、その首を獲る。ただそれだけのこと。──そういう意味では、鈍臭い俺にも案外狩猟の才能があったのかもしれない。
ローズは俺の可愛い妹だ。大好きで、愛おしい、俺のお姫様だ。
俺はローズの王子様になってやれない。だからせめて、お姫様を外敵から守る狩人になろうと幼いながらに思った俺は、ローズをつけ狙う奴やローズを利用しようとする奴を社会的に抹殺してきた。……何度か父さんも破滅させてやろうか、って迷ったけど……まあ、やめた。曲がりなりにも俺達の養育者だし。あの人に何かあれば、ローズの生活が危ぶまれる。それは避けなければならないからね。
呪いの歌とかを歌えば手っ取り早く膿を排除できるんだけど、それはそれで後が面倒くさい。何せ、その凶器を使用可能な人間が限られている。証拠から真っ先に俺達が容疑者となりあれやこれやで犯人確定、投獄まっしぐらだ。
それは駄目だ。非常に困る。俺が死ぬ分には構わないんだけど、ローズが疑われて投獄なんてされた日には、俺はきっと無辜の民すらも呪殺してしまう。
だから、呪いの歌は歌わない。音の魔力だって勿論使わない。俺がやったという証拠は一つも残さず、あくまで俺は動かずに全てを終わらせる。
完全犯罪、って言うのかな。格好つけているみたいでかなり恥ずかしいが……破滅してゆく連中が俺が黒幕だと気づけないよう、策を何重にも張り巡らせればいい。
情報を制する者は戦を制する。ただ、それだけのことなんだ。
「レオナード様。──例の貴族達が罠にかかったようです」
「そう。それじゃあいつも通り放っておいて。罠にさえかかれば、どうせ勝手に終わるから」
ふと思い出したようにモルスは背を曲げて、手で口を隠しながら耳元で囁いてくる。
紅獅子騎士団の団長モルス・バンディンスは、ディジェル領評議会で代々議会長を務める有力貴族の次男坊であり若くして団長の座に上り詰めた実力者。そして俺とローズにとっては、たまに遊んでくれる兄貴分のような人なのだ。
それ故に、昔からローズを気にかけてくれていて、こうして俺の手伝いをよくしてくれる。
「……相変わらず、ローズニカ様が関わると途端に人が変わりますね。レオナード様は」
「何それ。普段の俺が卑屈で陰気で臆病でみっともない根暗だって言いたいの? …………まあ、事実だけど……」
「そこまでは言ってませんよ。そういうところが卑屈で陰気なのでは」
「ぐうの音も出ない正論はやめて」
それなりに気の置けない関係だからか、モルスは平気でズバズバと言ってくる。俺、いちおう主なんだけどな。
「俺だってやる時はやるさ。誰かさんのせいで格好つかないけどね」
「これは失礼。しかし、ローズニカ様の為にと策略を張り巡らせるレオナード様はいつの日も格好いいですよ」
「……お世辞だろ。いいもんね。お世辞でも俺のことを調子に乗らせたこと、後悔させてやるよ」
「世辞などではないのですが……」
なんて軽口を叩き合いながら仕事を片付け、『詰め』をちょちょいと終わらせて、東宮へとローズを迎えに行く。あわよくば王女殿下とお茶とかできたらいいな。なんて、浮かれきっていた俺の足取りはとても軽やかだった。──が、しかし。
「……──え? 外出中に行方が分からなくなった?」
出迎えてくれた侍女のスルーノさんが言うには。ローズは王女殿下と一緒に外出して、その途中、二人だけでどこかへ行ってしまったとのこと。あくまで王女殿下の意思で別行動を取ったようなので、事件性は今のところない……らしい。
状況を伝えに戻って来たイリオーデさんも、大量の荷物を置いてすぐ街へとんぼ返りしてしまったとかで、詳細は分からず。イリオーデさんの後を追ってルティさんも王女殿下の捜索に向かったようだ。
「もしもローズと王女殿下の身に何かあれば……っ」
脳裏に過ぎる、あの冬の日の事件。
あの日、罪人一派に領地の城を襲撃されて王女殿下とローズは攫われた。幸いにも命に別状はなく、本人曰く王女殿下も軽傷で済んだらしい。……だがそれは結果的に見た話。
二人の無事を確認するまで、俺の心臓はずっと凍りつきそうだった。もしもを考えてしまい、すごく、怖かった。
あの時とは少し状況が違うけれど、それでもあの日を思い出して鼓動が早くなる。二人を探せと、心が体を突き動かそうとする。……でも。俺には、イリオーデさんやルティさんみたいな身体能力も体力も無い。街中を走り回るとか無理だ。ほんの数分走っただけですぐに息が上がってしまうだろう。ならば、どうする。考えろ、考えるんだ。
「……レオナード様?」
黙って俯く俺を見てか、モルスがこちらを覗き込んできた。
「──モルス。今すぐ第一部隊に軽装で集まるよう指示を」
「軽装ですか。……かしこまりました」
小説のメインヒーローのように整った、爽やかでありながら凛々しい彼の顔を見上げ、告げる。モルスは困惑しながらも、隊服の胸元につけた徽章に向けて指示を出した。
あの徽章は、対魔物戦闘を効率化すべく我が領地で開発された遠距離通信魔導具なのだ。魔導徽章に嵌め込まれた特殊な魔石に専用の術式を刻むことで、同じ術式を刻んだ魔導具間で最大同時接続七十五の遠距離通信が可能となった。
今では各騎士団の騎士団長と副団長、そして各部隊長などに騎士団ごと別々の術式を刻んだ魔導徽章を配り、報告や判断、様々な行動を迅速かつ確実に行えるようになったのだ。
なんであの魔導具についてこうも詳しいかって? だってあれ作ったの、俺だもん。
戦闘中なのに一々鳥を飛ばしたり発煙筒を用意したり馬を走らせるのって正直なところ、わりと非効率的だし。だったらもう、報連相特化の魔導具とかあったら便利だよねー。って、数年前に軍議の中休みにそんな雑談をして……それで設計したのがあの魔導徽章なのだ。
ちなみに。どうせそのうちバレるだろうから、フリードル殿下にはこの魔導具についてお伝えしてある。そしたら彼、『お前、何をしでかしたか自覚はあるのか?』って凄んできて。殺されるのかと思ってあの時はちびりそうになった。
そのうえ、『その魔導具は何があっても領地から出すな。既に出してしまったものは、何人たりともお前達以外の者に掠め取られぬようにしろ。それが流出するようなことがあれば──理解しているな?』って圧までかけられたよ。妥当な判断だけどさ。
情報を制する者が戦を制する。いつの時代もそれは変わらない。──故に、あの魔導具は戦争において強すぎるのだ。
何せ最大通信距離は、(検証した限りだと)フォーロイト帝国の最南と最北。フォーロイト帝国の端から端まで、同時に七十五人もの人間と意思疎通が可能。敵が使ってきたと想定すれば厄介極まりない魔導具だろう。
それを瞬時に察したらしいフリードル殿下は、これ以上帝国の軍事力が強くならないように、魔導徽章はあくまでも対魔物戦闘用として、帝国の盾のみが使うようにと釘を刺してきた。
……今すぐ全て壊せとか、設計図含め全て接収するとか言い出さないあたり、テンディジェルを信頼してくれているのだろう。あの、冷たいけれど真っ直ぐな皇太子殿下は。
状況や環境が違えば、俺はきっと彼の側近として働いていたんだろうな。彼の人格はどうしても好きになれないけれど、その国と民に尽くす姿勢だけは……純粋に尊敬できるから。
軍事力が強まりすぎたあまり西側諸国の均衡を完全に崩せば、間違いなく戦争がまた起こる。そしてそれは先のハミルディーヒ王国とのものよりも大規模で、苛烈なものになるだろう。──フォーロイト帝国を潰す為に周辺諸国が徒党を組んで戦争をしかけてくることがあれば、我が国全土が戦火より免れない。フリードル殿下はそれを予見し、危惧しているのだろう。
だから、これ以上軍事力を強めてはならない。ただでさえ今代のフォーロイト皇家の方々は粒揃いなのに、王女殿下に至っては精霊や悪魔まで従えているのだ。この情報が各国に漏れていることは確認済みだし、正直なところ、今でも我が国はかなり瀬戸際に立っている。
それをよく理解しているからこそ、フリードル殿下は戦争兵器となり得るあの魔導具を見逃したのだ。
……本当に、恨みきれないというか。好きにはなれないけれど嫌いにもなれない、難しい人だなぁ、彼は。