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71.白亜の都市の侵入者4

(……まさかエリドル・ヘル・フォーロイト皇帝が上位精霊を従えていたとは……ただでさえ崩れようとしている西側諸国の均衡が更に……)


 ミカリアの頬に一筋の冷や汗が浮かぶ。

 西側諸国の均衡はとうの昔より崩壊寸前と言った所ではあったが、無情の皇帝が上位精霊を従えていると言う点においてそれは完全に瓦解する事だろう。

 何せ、 フォーロイト家とは戦場の怪物を幾人も輩出した戦闘特化の氷の家系。それに加え、フォーロイト王国を守り抜いた剣聖と呼ばれる騎士ドロシーの家系、ランディグランジュ家もあり、常に白の山脈より来たる魔物達の脅威から帝国を守る帝国の盾、大公家テンディジェル家もある。

 ただでさえ最強と言う呼び名を欲しいままにするフォーロイト家には、帝国が誇る何にも負けぬ剣と盾がある。

 その時点で西側諸国……魔導学による強力な魔導兵器アーティファクトを扱うハミルディーヒ王国と、獣人としての特性により異常なまでの戦闘能力を誇るタランテシア帝国以外では、まずフォーロイト帝国に太刀打ち出来ないのだ。

 そこに精霊の力まで加わったとなれば……フォーロイト帝国が今一度戦争を始めたとして、西側諸国は最早蹂躙される運命より逃げ出せない事だろう。

 そう、恐ろしさのあまりミカリアは一度身震いした。


(もし、戦争をする為に大司教を派遣しろ。などと言われれば……僕は、どうすればいいのだろう)


 そんなフォーロイト帝国が皇家から国教会の事実上のトップたるミカリアに直接書信が届くなど、まさに前代未聞の出来事。

 その内容によっては、ミカリアも差し迫った選択を強いられる事だろう。

 固唾を飲み込み、ミカリアは恐る恐るその封を開ける。封筒より便箋を取り出し、その内容を見て彼は目を見張った。


「…………これは」


 確かにフォーロイト帝国皇家からの手紙ではあったが……それは無情の皇帝ではなく、その娘──一度たりとも表舞台に姿を見せた事の無い、帝国の王女からの手紙だった。


「うちの姫さんがそれをどうしてもお前に届けてくれって頼んで来たんでな。ちゃんと隅々まで読め。そして従え」

「……王女、殿下が」


 エンヴィーは手紙の事を軽く話し、「姫さんからの手紙とか俺達ですら貰った事ねーんだぞ」と少し不貞腐れた。

 しかしそれをスルーし、ミカリアは己の記憶を総動員して帝国の王女に関する情報を全て引っ張り出した。


(名前はここに書かれてあるように、アミレス・ヘル・フォーロイト王女。確か御歳十二か十一で、現帝国唯一の王女でありながら今まで表舞台に一度も出て来ていない。だったかな……こんな事なら、彼等に任せず僕自身でもっとフォーロイト帝国の情勢を見ておくべきだった……)


 ミカリアはその聖人と言う身分から閉鎖的な生活を幼い頃より強いられて来た。しかしそれでも周辺諸国と上手くやって行く為には情報は必須。

 なのでそれらの事は全て大司教、ないし枢機卿と呼ばれる存在が担っている。その制度が今、仇となったのだ。


(いや、それよりももっと重要な事は──)


 手紙より顔を上げ、ミカリアはエンヴィーの赤い瞳を真っ直ぐ見つめた。

 そして、彼は問いかける。


「──精霊様。帝国の王女殿下は……精霊士なのですか?」


 エリドル・ヘル・フォーロイトが精霊を従えているのではなく、アミレス・ヘル・フォーロイトが精霊を従えている。

 それは先程のエンヴィーの口ぶりと此処に来るまでの言動、そしてこの手紙の内容から察する事の出来た事だった。

 精霊士とは精霊との相性がとても良く、召喚した精霊と契約しその力を借りて自在に操る特殊かつ貴重な存在。

 ここまでの存在感を放つ推定上位精霊のエンヴィーを使いに遣る程の力がアミレスにはあると、ミカリアは考えたのだ。

 しかしそんなミカリアの推測を笑い飛ばすように、エンヴィーはサラッと答えた。


「いや違ぇけど。俺は別に姫さんと契約してる訳じゃねーし」

「…………え?」


 ミカリアの開いた口が塞がらない。しかし彼の美しい顔ではそんな間抜けな表情でさえも絵画のごとき美しさを放つ。

 自身が間抜けな表情をしてる事にさえ気づかず、ミカリアはその表情のまま高速で頭を回転させていた。


(いやおかしいでしょう、自我が強い精霊は下位精霊でさえも契約無しには言う事を聞かないと言うのに。それなのにこんな自我の塊みたいな上位精霊が契約もしてない相手の言う事を大人しく聞いているだって? い、一体……)


 ぐるぐると頭を働かせているうちに、ミカリアはついうっかりポロッとこぼしてしまった。


「帝国の王女は何者なんだ……」

「さぁなァ、俺達も知りてぇぐらいだ」


 その呟きにエンヴィーは欠伸をしながら反応した。

 相手が何者かも分からないのに、上位精霊が何故従うんだ……? とミカリアが疑念に満ちた視線を送ると、エンヴィーが「つぅかそんな事ァどうでもいいんだよ」と強引に話題を変えた。


「で? お前は今すぐ姫さんの言う事を聞くんだよな?」


 威圧的で僅かな熱を帯びた魔力がまたもや放たれる。

 しかし先程のような被害は全く出なかった。それもその筈……何故ならこれは本当に威圧目的で放たれたものだからだ。

 その威圧を正面から受けたミカリアは、全身が痺れピリつくような感覚に陥った。


「……勿論です。ですが、少しばかり時間を頂けますか? 僕も少々やる事がありまして」


 ミカリアはこくりと頷き、その流れで交渉に躍り出た。

 それにはエンヴィーも眉を顰めたが、


(あー……姫さんに頼まれてんのは手紙を渡す事、だしなァ。でも一刻を争うような事なんだろ? やっぱ急かした方が……いやもういいか。姫さんの申し出を引き受けるっつってんだ、これで十分だろ)


 アミレスの頼み事は果たしていた事から、別にもう大丈夫か。と判断し、ここで妥協したのだ。

 そしてエンヴィーはおもむろにミカリアを見下ろして命令する。


「別に構わねーよ。だが急げ、絶対に一週間以内にはオセロ……なんとかに向かえ。いいな」

「畏まりました。聖人、ミカリア・ディア・ラ・セイレーンの名において……必ずや数日以内にオセロマイト王国に向かいます」


 ミカリアは腰を曲げ、粛々と拝命した。

 その返事を聞いて完璧に役目を終えたエンヴィーは、


(そうだそうだ、オセロマイトだ。そんな名前してたなァーマクベスタの故郷)


 と気の抜けた事を考えていた。

 その後程なくしてミカリアの案内で外に出たエンヴィーは、侵入した時同様、結界を素通りして神殿都市より脱出した。その頃には夜空に月が浮かび、神殿都市周辺の地は空より闇が降りて来ているようだった。

 脱出した直後、エンヴィーは今一度自身の存在スケールを人間界の規格に落とし込み……アミレス達の知るいつもの姿へと戻った。


「さて、姫さんの所にでも行くか」


 そう言ってエンヴィーがおもむろに歩きだそうとしたその時。何者かの手がエンヴィーの肩に置かれた。


「──もう、驚いちゃったんだから。あのリバースからエンヴィーを連れ戻せ〜なんて言われると思わなかったもの!」

「……クッソ、何でわざわざお迎えが来んのかね」

「うふふ、強情なアナタがすぐに精霊界に帰って来なかったからよ?」


 亜麻色のふわふわとした肩上までの髪と桃色の瞳。その中心でハート型に輝く瞳孔。そして大きな胸元とそれを引き立てるかのごときふんわりとしたドレス。

 穏やかで麗しい微笑みも相まって桁違いの包容力を放つ女性……彼女の名前はラブラ。心の魔力を持つ精霊であり、エンヴィーとも親しい最上位精霊だ。

 ラブラが何も構わずエンヴィーの逞しい背中に抱き着き、身動きを取れなくした所でエンヴィーはとある事に気づく。


「あぁもう本当に最悪だ、よりによってお前か……ってちょっと待て、ラブラお前、どうやってこっちに来た? 越界権限なんてお前は与えられてないだろ」


 エンヴィーの問にラブラは首を傾げた。そんなの決まりきってるじゃないと言いたげな瞳で、ラブラは答えようとする。


「え? そりゃあ勿論……」

「──俺が連れて来た」


 しかし。それを途中で阻み代わりに話す者が現れた。

 紺色の左右非対称アシンメトリーの髪を揺らし、開いているのかも分からない糸目で男はエンヴィーに近づいた。

 その男に気づいたエンヴィーは納得したように大きなため息を一つ。


「あぁ……そりゃそうだわ、それしか考えられねぇ。俺を連れ戻す為にお前まで動いたのか、ルムマ」

「お前の事はどうでもいい。俺はラブラに人間界でデートしようと誘われたから来ただけだ。お前はついでだついで」

「ほんっとにラブラ以外に興味ねぇなお前」

「当たり前だ。俺にとって大事なのはラブラと我が王のみ。ぶっちゃけそれ以外の人間も精霊もその他諸々もどうでもいい!」

(うふっ、やっぱり男の子同士で話してる時のルムマも素敵だわぁ)


 ルムマは突然目を見開き、堂々と言い放った。ちなみに彼は空の魔力を持つ精霊であり、例に漏れず空の最上位精霊である。

 そして──ルムマはラブラに首ったけだ。二人は所謂恋人関係にあるのだ。

 本来最上位精霊とは精霊界より出る事は不可能であり、出る為には精霊王より越界権限を与えられる必要がある。しかしルムマは空の最上位精霊……その権能は空間操作。

 彼は数ある最上位精霊達の中でも唯一の例外として、越界権限を持たずとも世界を越える事が出来るのだ。

 なお、エンヴィーはその越界権限を与えられている為、精霊界と人間界を自由に行き来出来ているのである。

 そんなエンヴィーとルムマのやり取りを見て、ラブラが微笑ましそうに頬を綻ばせ、少し赤らむ頬に手を当てていた。まるで子の成長を見守る親である。


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