♦690.Chapter3 Prologue【かくして福音に傅く】
Chapter3、はっじまっるよ〜!
ということで(?)、今回よりChapterごとのプロローグに副題をつけることにしました。
つきましては、これまでの各プロローグにも謎の副題が増えましたので、もしよければご覧ください。
「ストプロム卿は、無事に神の元へ行けたでしょうか……」
黄と青。花のように鮮やかな異色瞳を持つ少年のような教徒は、ローザを握り締めて同胞の良き旅路を祈った。そんな彼の呟きに答えるは、『先生』と呼ばれる彼等の教祖。
「当然だとも、ロボラ卿。ストプロム卿はとても信仰心の深い人だった。きっと……我らが神もお導きになられるでしょう」
「そうですね。慈悲深き我らが神ならば、彷徨えるストプロム卿を導いてくださります」
眼前には逆さ十字の上で蒼き炎に呑まれる一つの遺体が。それは先日、異教の指導者たるロアクリード=ラソル=リューテーシーにより惨殺された彼等の同胞、洗礼名ストプロムのものだった。葬儀を終え、神の元へ旅立つ為に、その身を神聖なる蒼き炎に焚べているのである。
「ロボラ卿。僕はこのまま彼の旅立ちを見届ける。あなたは先に皆の元へ戻り、“浄化の儀”の準備を進めてくれ。邪魔者が姿を見せぬ今、下準備を万全にしなければ」
「分かりました、先生」
一礼して洗礼名ロボラは部屋を後にした。
パチパチと穏やかな音で弾ける蒼き炎と、それに包まれる同胞の亡骸。静かな空間でそれをじっと見守り、『先生』──洗礼名オーディウムは、
(僕がもっと強ければ。僕がもっと早く同胞の危機に駆けつけていれば。さすればストプロム──ウォンロズも、新世界を共に迎えられた。東方の怪物に遅れを取ることもなく、彼の未来を守れたのに──……)
体側で握り拳を震えさせていた。
(あの頃と同じだ。僕は何も変わらない。いつだって僕は間に合わない。そのくせ力もなく、ただただ家族や仲間を見殺しにするだけ……どうして僕は、これ程に愚かなんだ)
「──っ、すまない……! すまない、ウォンロズ……っ! 僕が、愚かだった、から……っあなたの最期を、穏やかなものにしてやれなかった────」
蒼き炎の前に跪き、懺悔するかのようにローザを握り締めて、嗚咽をもらす。
【大海呑舟・終生教】の開宗者たる教祖オーディウムこと、ルシアルヴィート・サルベートはまだ三十一歳の若者だった。
愚かな己に幾度となく絶望し人生に希望を見出せなかった彼は、幼くして神と出会い、そして救われた。それから月日が経ち、神の教えを同じような境遇の人々に伝えたいと一念発起し、十一年前に立ち上げたのが、この【大海呑舟・終生教】なのだ。
教祖として神の教えを説き、絶望する人々を希望へと導き、神の意思のもと多くを救済してきたが……彼の心はまだ、弱いままで。ストプロム以前にも何度か同胞が不慮の死を遂げ神の元へ旅立つことがあったが、その度に彼は、こうして一人で涙を流していた。
神の加護を受けた“選ばれた側”の人間──。そうロアクリードに評されたルシアルヴィートだが、同じく“選ばれた側”の人間たるミカリアやロアクリードとは決定的に違う部分がある。
彼は、人並みに涙し、笑い、傷つき、苦しみ、悲しみ、楽しみ、怒り、そして絶望する。──この男は、偶然神に選ばれてしまっただけの平凡な人間なのだ。
にもかかわらず。かつて己が救われたように、現状に絶望する名も顔も知らぬ誰かも救われてほしいだなんて願って。愚かで弱い心のまま、分不相応な立場に必死に立ち続けている。
──我が神の救済があまねく全てに降り注ぎますように。と祈って。
「…………ウォンロズ。僕はもう行くよ。あなたのぶんも、必ずやこの大義を成し遂げてみせる。──これまでついて来てくれてありがとう。一足先に、神の元でゆっくりと休んでくれ」
花のかんばせにほろりと涙を浮かべ、ルシアルヴィートは友を見送った。完全に魂が旅立ったのか蒼き炎が自然と消えると、彼は静かに立ち上がり、涙を拭って踵を返す。
(……神よ。我らが神よ。どうか、僕に力をお貸しください)
「──必ずや。僕が、この絶望ばかりの世界を変えてみせます」
その瞳に、燃え盛るような決意を宿して。
読んでくださりありがとうございます。
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