689.A man's covert strategy record3
今日の私はとても、それはもう気が立っている。何故なら貴重なあの子との時間を、こうして鼻につく男共に使ってやらねばならないのだから。そりゃあもう、鬱憤がたまって仕方ない。
しかし、これはあの子の為に必要なこと。もう二度とあの童共があの子を裏切れないよう、念には念を入れておく必要があるのだよ。
神に見初められた男と半妖の男は狙い通り変化したようだが……ノンデリ皇太子はどうなるか。何せあの男は思慮を欠いている。それ故に、私の術が上手く作用しない可能性が高い。
この術の概要は至って単純明快。相手の魂に干渉し、【その魂に訪れるあらゆる可能性を蒐集し、その中で最も、対象の魂を破壊しうるものを試練として課す】というものだ。
並行世界の事象をデータの一つとして参照し、実行している。と言えば理解しやすいだろうか。
まあ、此度に至っては。その試練の候補を私の方である程度まで絞った上で、奴等の精神に干渉したから──彼等はあの子が辿る悲劇のいずれかより、自身が最も恐れる結末を試練として課されていることだろう。
それ故に、不安が残る。感受性が著しく欠如したあの男に限っては、何事もなく試練を乗り越えてしまいそうで……。
彼等がどのような形で試練を受けているのかは知らないが、まあ、無事運命の歯車は少しずつ壊れたことだし。私の選択は間違っていなかったということだ。
──と、いうわけで。
「やあやあマクベスタ・オセロマイト! 元気かい? 私は君の体調などま〜ったく興味ないけれど。仮に元気じゃなかろうが、私の用事には付き合ってもら──……、げぇっ」
王城の一室へ突入すると、目的たる元亡国の王子騎士と、お呼びじゃない元スパダリ男までいた。
「…………見慣れぬ服装の、白い獣。イリオーデ達が言っていた侵入者……?」
「けっ──、ケモ耳和服ショタだぁああああああああああああっっっ!?」
「……うるさいぞ、カイル」
「ごめんなさい。いや、ってか本当になんでこんな……和風ファンタジー御用達のケモ耳和服ショタが……? ここ、西洋ファンタジーぞ……??」
「舌の根も乾かぬうちに意味のわからない言葉を羅列しないでくれないか」
私を放置して、堅物とオタクが楽しげに話している。それはいい。私には男と歓談する趣味などないからね。歓談するならば、もちろん可愛い女の子(特に私の愛娘♡)がいい。
だが、話の腰を折られた挙句無視されるのは腹に据えかねるというものだ。
「あーハイハイ漫才はその辺にしてくれ。私はそれはもう忙しいんだ。君達の茶番に付き合うのもこれぐらいが限界でね。本題に移ってもいいかい?」
と、一応聞いてはいるが彼等に選択肢などない。
「私はね、愛しいあの子の為ならなんでもすると決めているんだ。それがたとえ──既に壊れかけている人形を、完全に壊すようなことでもね」
「ッマクベスタ!!」
善は急げと言う。早速干渉しようとしたら、オタクが出しゃばってきた。流石は原作からのチート男。咄嗟に対精神干渉の障壁を展開し、私の干渉を防ぐとは。…………煩わしいな。
「今、何が……」
「発言からして、あのショタがお前に危害を加えようとしたことは確実だろうよ。──おい、アンタは何者だ?」
嗚呼……本当に煩わしい。こんな男があの子の相棒を気取り、あの子の傍であの子の信頼を勝ち得ているなんて。
許せない。許してはならない。
いい歳して嫉妬深い? 当然だろう。だってあの子は──
『───ぁー、ぅ! だぁーっ!』
数百年ぶりに私を見つけてくれた、この世の何よりも尊く愛おしい──……私だけの、巫女なのだから。
「何者? ふふっ……それじゃあ教えてあげよう。私は────神だよ。正真正銘、遥か昔から現代まで生き続けている神様だ」
「貴方が、神……?!」
「は、神だって? なんだって神が人間界に……」
懐疑的な堅物に続くように眉を顰めたが、オタクはそこでハッとなり、ぶつぶつと呟く。
「狩衣……この世界には無い服だ。まさか日本神話の神ってことなのか? 仮にそうだとして……八百万の神は信仰によって存在を維持するって説が有名だ。仮にこのケモ耳ショタが八百万の神なら、この世界で存在し続けていられる拠り所が分からない。──つまり。この世界に、この神を信じている人間がいる」
腹立たしいことに。オタクは勝手に推理を進めて勝手に答えを出しやがった。
「……──アンタはアイツが仕えていた神か……!」
……あの子は、完全に過去を思い出してしまったのか。そしてそれを……同じく転生者である彼にはもう打ち明けていたんだね。
また君の人生を壊さないよう、私も遠慮していたのだが……君が自ら思い出し、それを他者に明かしたのならば、その必要もないか。
「…………そうだよ。私はあの子の神様だ。たった一人の女の子の為に世界を越えて異界に侵入した異物──この世界にとっての異なる神。それが私だ」
逢いたい。君に、君だけに逢いたい。その為に他の神々の制止を振り切ってまでこの世界に来たんだ。少なくとも──あの世界よりも君が幸せになれる可能性が高い、不平等だけど愛と夢に満ちたこの世界に。
だから私は身を引いていた。過去を思い出していない以上、私がいてはあの日の二の舞になってしまう。それだけは避けなければならなかったから。
何度も、『私はここにいるよ』と叫びたい想いをぐっと我慢した。あの子が辛い時に慰めることすら出来ずただ寄り添うことしか許されなかった。こっそりとあの子の好物を作ったり、こうして暗躍することしかできない。そんな状況に何度奥歯を噛み締めたか、もう分からない。
──でも。もう、君に逢いに行ってもいいのなら。そう遠くないうちに、君に逢いに行くよ。君の幸福な未来が保証された、その時に。
「カイル……本当にあの少年は神、なのか? オレ達も知る、あの……」
「どうやらそうらしい。で、その神様が俺達になんの用だって? 不意打ちで精神干渉するとか、マナーがなってないんじゃあねぇのか?」
「──礼儀がなってない童が、神を前に礼節を語るとは。漫談もかくやといった愉快さだ」
「一切口角が上がってないくせによく言うよ。そりゃあ、相手は正体不明目的も不明で怪しさ満載な神様なんでね。矮小な人間風情はマナーとか気にする余裕がねぇんだよ」
「ああ言えばこう言う……本当に煩わしいな。どうして君のような人間が私の子の傍に…………」
思わずチッと舌打ちが漏れ出た。精霊や悪魔が、もれなくこの男に対して嫌悪を抱く理由を再認識する。
この男は、不遜な態度とふざけた性格でこちらの調子を崩しつつ、私達を差し置き人間の分際であの子に関する圧倒的理解を示す。それが私達のような存在にとって、どれ程目障りなことか。
「……煩わしいことこの上ないが、私にも当然目的がある。その大願成就の為に──君達を、壊す必要があるんだ」
今までは丁寧に説明してやっていたが、もう、面倒だ。どうせ……この後錯乱して空想に囚われる君達は、この瞬間──私と会話した全てを現実のものと認識できなくなるだろう。ならば懇々と説明してやる必要もなかろうよ。
「!!」
「いつの間に──っ!?」
ころん、と下駄が鳴る。瞬きの間に彼等と肉薄し、ふわりと膨らんだ袖からは春の香りが漂う。焦った表情でこちらを見下ろす不遜な男達に向け、私は告げた。
「せいぜい、いい夢を見たまえ」
そして。悪霊や怨霊を調伏するかのごとく──猫騙しのような仕草で両手をパンッと叩く。すると堅物とオタクはその場で意識を失い、糸の切れた人形のように倒れ込んだ。
セツと名乗り、神を自称する謎の美少年は一体何者なのか…………!?(すっとぼけ)