685.Date Story:with Rosenica
「本当にびっくりしたよぅ……まさかアミレスちゃんがあの“ヴァイオレットのスミレ”だったなんて……」
「ごめんね、今まで隠していて。言い出すタイミングが中々に無かったの」
師匠への誕生日プレゼントを受け取り、場所は変わって、ここはヴァイオレットからも程近い紅茶館。
やはり気になる商品が多かったのか、ローズがヴァイオレットでお買い物をしてくれて、護衛から荷物持ちにジョブチェンジする羽目になったイリオーデの両手が完全に塞がったところで、一休みすることに。
一目でVIPと判断されたのか個室に案内されたので、荷物持ちと化したイリオーデにも少しは休むように告げて、二人と、紅茶やケーキを味わいながら談笑する。
「……ねぇ、アミレスちゃん」
「ん? どうしたの?」
「……愚痴というか、相談、してもいい?」
「私でよければいくらでも聞くよ」
どんと来いと胸を叩くと、ありがとう。と言って、
「私、ね。この日々が、怖いんです。かつて夢見た程に幸せで……だからこそ、ずっと、『夢』を見てるんじゃって怯え続けているの」
彼女は切り出す。なんとも要領を得ない話に、私とイリオーデはぽかんとした。
「アミレスちゃんは、『夢』の定義って知ってる?」
「夢の定義……眠っている時に見るもの、とか?」
いかんせん門外漢なもので、素人丸出しの答えしか出てこない。
「それも正しいんだけど……一説によるとね。『夢』とは知性ある生き物が獲得してきた膨大な記憶の整理と取捨選択の結果、睡眠下の人間の精神上にて展開される物語──それが、『夢』とされているの。眠ることで意識の表層から溶け落ちて、深層意識の中で整理途中の記憶を見る整理現象……それを、学者様方は『夢』と呼ぶらしいの」
「そうなんだ……知らなかったわ。ローズは物知りね」
「ふふ、全部お兄様の受け売りだよ。……あくまで数ある仮説のうちの一つなんだけどね、私はこの一説を信じていた。だって少なくとも『夢』は、現実しか見せてくれないでしょう? 夢も、願いも、妄想も、何も見せてくれない。ただひたすらに、嬲るように現実を突きつけてくる。『夢』なのに、現実の話ばかりが繰り広げられる。そんな『夢』が、私は……大嫌いだったんだ」
暗い顔でローズは語る。
「でもね。あの日、アミレスちゃんと出会ってからは違うの。それまでは『夢』ですら夢を見させてくれなかったのに、アミレスちゃんと出会ってからは、この現実で夢のような日々を生きられるようになった。内乱が起きた日以降は、ぱったりと、非情な『夢』を見ることもなくなった。それがね、本当に──夢のようなの」
内乱が起きた日以降は夢を見なくなった。その言葉がじわりと疑問を生み出してゆく。
それまでは夢で見ていた非情な物語。それが、内乱の日以降ぱったりと止んだというのは不自然だ。
ならば、もしかすると。──本来、“ローズニカ・サー・テンディジェル”という少女は、その日に命を落とす。だから彼女はその日以降の夢を見なくなった──……いや。逆だ。その日までしか夢を見られなかったのかもしれない。
たとえ本人が筋書きを外れて今もなお生きていようとも、そういう展開であったという筋書き自体は変わらない。
だから、ローズはあの日以降夢を見ないのかもしれない。現時点では存在し得ない人──つまり、夢の基となる記憶が存在しないはずの人だから。
「──怖かった。夢のようなこの日々が、本当は『夢』だったらどうしようって。『夢』は夢を見せてくれないって、私自身が一番よく分かっているのに。……私は、今でも弱くて役立たずな、人をおかしくするだけの歌姫のままで……。今日だってそう。いつもみたいにお兄様に守ってもらってばかりの、被害者のように振る舞う加害者のままなんじゃないかって……どうしても、この現実を信じられなくなっちゃった」
声と握り拳を震えさせ、彼女は続ける。
「何度も何度もこんな日々を空想して、希って、こんな日々を過ごしたいって夢見ていたわ。あの日アミレスちゃんと初めて会ってからずっと、こんな幸せなことがあっていいのかなって、眠る前にいつも考えた。目が覚めたら『夢』も醒めちゃうんじゃないかって怯えながら眠りについた。──私が小さい頃から見続けた夢の、『夢』を見ているんじゃないかって……もう、そうとしか考えられなくて。ごめんなさい、こんな、わけのわからない話をしてしまって……」
ローズは震えていた。弱りきった顔を隠すように俯き、胸の前で握りしめた両手を、誰にも見せないようにして。──彼女はずっと、こうして独りで現実に怯えてきたのだろう。領地にいた頃も、今も。
それが今日、ついに爆発してしまったんだ。レオが今まで通りローズのことを守ろうとしたから。レオは何も悪くない。ローズも何も悪くない。悪いのは──彼女に夢を見せておいて、それ以上は何もしてこなかった、私だ。
レオとローズの拠り所になると決めたのに。二人の為ならなんだってするって、そう決めていたのに!
馬鹿だ。大馬鹿者だ。神様だって呆れる程の愚か者だ。二人が楽しんでくれていてよかった──なんて、現状にあぐらをかいて努力を怠るとか阿保にも程がある!
私は一度、彼女に夢を見せた。見せてしまった。そして、その軽率な判断からローズを苦しめてしまった。ならばその責任を取らねらばならない。
「……──いいのよ、ローズ。ところで貴女、何か夢はある? やりたいこととか、望みとか、憧れとか、なんだっていいわ。なんでも言って」
「ふぇっ? え、えぇと……その。(チラッ)御伽話みたいな恋に、憧れていたりは……(チラッ)する、かも…………(チラチラッ)」
「御伽話ね。わかったわ」
「で、でも、どうして急にこんな質問を?」
不安げにこちらを見つめてくるローズに向けて笑みを送り、突然席を立つ。困惑しつつも即座に立ち上がった有能護衛イリオーデに向け「ごめんね、イリオーデ」と告げ、私はローズの前で跪いた。
「ローズ。今から貴女を攫うけど、よろしくって?」
「……え? 攫う?」
ローズの美しい桔梗の瞳に、跪く私が映る。
お姫様に求愛する王子様のように、手を差し出しているが、私は王子様にはならない。私がなるのは──悪い魔法使いだから。
「そういうわけだから。イリオーデ、荷物をよろしくね。私はローズと逃避行を楽しんでくるわ!」
立ち上がり、ローズの手を取り向かったのは、部屋で一番大きな窓。窓を開けてみれば街の賑わいが風と共に吹き込んできた。
「お待ちください王女殿下! 逃避行とはいったいどういう──!?」
理解が追いつかない様子のイリオーデに向けてばいばいと手を振り、ローズの腰に手を回して、窓枠に足をかける。
「それじゃあ行くわよ、ローズ。私に掴まってて? 悪い魔法使いがお姫様を攫って、最後の魔法をかけてあげるわ」
「はっ、はい! 喜んで!」
最初こそ混乱していたものの、途中からは彼女も楽しくなってきたのか、嬉しそうに体を預けてくれている。
そんな彼女の体をしっかりと支え、私達は勢いよく窓から飛び出した。
おそらくこれが2024年、年内最後の更新になります。
ミシェルとの和解、そして妖精女王の顕現から始まった1年間でしたが、楽しんでいただけましたでしょうか。本作が皆様の日常を彩る一助となれていたら、これ以上ない幸いと存じます。
ローズニカとのデートで終わり、そして彼女との逃避行で始まるであろう来年度。また一年、皆様に本作を楽しんでいただけますよう日々励みますゆえ、何卒よろしくお願い致します。
それでは全世界のフォーロイト帝国市民、ないし、しぬしあファンの皆様。良いお年を!