683.Main Story:Ameless
「見て見てアミ──っ、スミレちゃん! アミレスちゃっ……王女殿下みたいな氷像があるよっ」
「そうね、ローズお姉様。……本当に私そっくりなんだけど何あれ……?!」
大勢の人が行き交う通りのど真ん中。往来を妨げる場所に聳え立つ、謎の氷像。人集りの外からも見えるその氷像は、とても見慣れた面構えで。
それを見上げ、私の腕に引っ付いたローズがおおいにはしゃぐ。彼女が帝都を楽しんでくれているのなら、何も文句はない。ない、のだが──……一体なんなのあの氷像は?! 私の預かり知らぬ場所で私の氷像が作られてるんですけど!!
文句はなくとも疑問はある。あれ本当に何? いくら元歩く災害とはいえ、あのケイリオルさんがこんな馬鹿げたことをするわけがないし……やるとしたら偏愛型シスコンか全肯定おじいちゃんだろう。どちらが犯人にせよ何やってるの本当に!! こんな道のど真ん中で! あまりにも! 邪魔すぎる!
氷像が無駄に精巧な所為で、私の肖像権が完全に失われている。……今すぐあれ溶かしてもいいかな? いいよね?
「…………蒸発させよう」
呟いて魔法を発動しようとした時、ローズが、優しさに溢れた顔を花のように綻ばせた。
「綺麗だねぇ。アミレスちゃ……王女殿下のこんなにも美しい氷像が見られるなんて。私、帝都に来てよかったぁ」
「そ、そう……だねッ!」
その氷像を抹消しようとしていただなんて口が裂けても言えない。
慌てて魔法をキャンセルし、笑顔を取り繕う。私にはローズのこの笑顔を曇らせることなんて出来ない。彼女が帝都に来て良かったと言ってくれたのだ。ローズの楽しい帝都ライフの為なら……私の肖像権の死守は、もう諦めよう。
「だからアミ……スミレちゃんは、今日は変装してるんだね。やっと合点がいったよ。こんなにも綺麗で精巧な氷像があれば、きっとスミレちゃんも氷像のように囲まれること間違いなし! ですもの!」
「え? あ、うん。そう……なんだよね。実は!」
ローズは何か勘違いしているようだが、私も、こんな氷像が通りのど真ん中に出来ていることは今はじめて知ったよ。どうして誰も教えてくれなかったの、こんな珍事件のことを。絶対にアルベルトあたりは知っていたでしょうに!
だが、それをローズに伝える勇気が私には無かった。こんなにも無邪気に顔をキラキラとさせて……この顔を曇らせることなんて、私には、絶対に、出来ない。
──六月十二日。私とローズは二人でお出かけをしている。今日は時間に余裕がある為、諸用でおひとり様外出(勿論護衛はついているけどね。)と洒落込む予定だったのだが、その直前にてレオとローズが東宮を尋ねてきたのだ。
なんでもローズが昨日、面倒くさい貴族達に絡まれたとかで、今日一日彼女を預かっていてほしいとのこと。レオは『今日、全てを片づけますので……一日だけ、ローズのことをお願いしてもよろしいでしょうか』と言っていたので、多分、ローズには見せられないようなことをするつもりなのだろう。
彼の真剣な表情からそう悟った私は快くローズを受け入れ、せっかくだからと一緒にお出かけすることになったのである。
「……今更なんだけど、アミ──スミレちゃんの用事って?」
「そういえば言ってなかったわね。今日はね、大好きな師匠へのプレゼントを受け取りに来たの」
「スミレちゃんの師匠……ってたしか、どこか『ランスロットさま』の面影を感じる、火の精霊様……?」
「そうよ。今日はエンヴィー師匠と初めて会った日──精霊さん達流の誕生日だから。誕生日プレゼントを用意しようと思ってね」
「そうなんだぁ」
そもそも誕生日という概念が無かった精霊さん達が見よう見まねで作った記念日。それが彼等の誕生日だ。物珍しさからか、シルフは毎年誕生日プレゼントを楽しみにしてくれているけれど、師匠は毎年『俺は姫さんと出会えた日を祝えるだけでじゅうぶんっすよ』と言って、前もってプレゼントを辞退されてしまう。
一応、数年前に一度だけ、常日頃の感謝を綴った分厚い手紙をしたため、隙を見て渡したことがあるのだけど……その時の師匠といったら、目元に手を当て膝から崩れ落ちてしまったのだ。ハイラは何故か真剣な顔で師匠を睨んでいたし、シルフは腹を抱えて笑っていて、あの日は本当にカオスだった。
それ以来というものの、『俺の記念日なんて、気ィ遣わなくて大丈夫ですからね。……また情けない姿見せることになりそうだし……』とやんわりプレゼントを拒否されてしまって。
心の弱い私は馬鹿正直にその言葉に従ってきたが、今は違う。今の私はニュー・アミレス。進化したのだ。我儘になると決めたのだ。
──師匠に誕生日プレゼントを押し付けたいという我儘、見事に遂行してみせよう!