680,5.A man's covert strategy record2
「おや? 運命の歯車が一つ壊れたみたいだ。いいぞう、その調子だ」
現在が歪む。過去と未来が捩れる。そうして夢と現の境界が曖昧となり、混ざり合った空想の中に彼等は囚われ錯乱する。
誰も知る筈のない、結末への過程。ゲームでも描写されなかった蛇足部分。あの子すらも知らないこの筋書きを知って、彼等はどう思うのだろうか。
「荒療治ではあるが、こうして無理にでも刺激を与えないとね。彼等はどうやら強制力的なものに負ける程度のお雑魚さんらしいから。いやあ、私ってば本当に優しい。流石は心優しい色男だ。あの子も思わず私に惚れ直すだろう」
攻略対象共の何かしらの変化を期待して、私は愛しいあの子の為に、今日も今日とてせっせと暗躍する。
私が自由に動き回れるのは、日課の昼寝の為にと一定時間は放置される昼間と、皆が寝静まった夜間のみ。時間は限られている。サクサク作業を進めなくては。
「さあて。次の標的は誰にしようか」
やはり次に狙うべきはあの男だろう。待っていろ、攻略対象共。君達のことはしっかりと、設定の髄まで利用してあげるとも。
例によって神域──緩衝彊域に侵入り、誰も居ないのをいいことに鼻歌混じりにスキップする。そうして辿り着いた王城の一角には、供もつけず一人で悠々と歩く氷結の貴公子こと絶対零度の非情な皇太子、フリードル・ヘル・フォーロイトがいた。
一人か。これはまた随分と都合がいい。まあ一人きりでなければ、ちょちょいと神域に引き摺り込み、無理矢理にでも一人にしたがね。
「やあ、絶対零度の皇太子。私だよ。皆大好き心優しい色男、謎めいた美少年さ」
私達以外誰も居ない外廊下で、コロン、と下駄の音が鳴る。突如として目の前に現れた私を見て彼は瞬き、
「──何者だ」
腰に帯びていた黒剣を即座に抜き、突き出してきた。
「さっきも言っただろう? 私は心優しい色男だ。君に少しばかり用向きがあってね、君の時間を暫しいただくよ。ああ、安心してくれたまえ。君に拒否権は無いとも」
「…………これ以上世迷言を繰り返すのであれば、不敬罪でこの場にて斬首とするぞ」
「やりたければやってみればいいさ。私の血肉は君達にとって猛毒だ。触れた瞬間に呪殺される覚悟でやるといい。ほらほら。私の此処、空いているぞう?」
「……チッ」
両手を広げて煽れば、忌々しげに舌打ちを返してきた。
ふふふ。青いねぇ。…………そんな未熟さで我が愛娘を押し倒した挙句無理矢理口付けして孕めとか言いやがったのかよこの童本当に巫山戯るのも大概にしろ一生女を抱けない体にしてやろうかノンデリ屑野郎。
「……おっと。いけないいけない。私としたことが、感情に流されそうになった。私はどこぞの引きこもり迷惑女のように、感情任せに後先考えず行動したりはしない。あくまで理性的に。あくまで紳士的に。──よし。今日も私は素晴らしい色男だ」
自分に言い聞かせるように繰り返す。人間達が考えたこのアンガーマネジメント。やはり全世界に広めるべきだ。私達のような存在は、軒並み感情論で動くからねぇ……。
「己の中だけで話を完結させないでもらえるか。用が無ければ失せろ。もしくは頭を垂れてひれ伏せ」
剣先を私に突きつけたまま、ノンデリ野郎は眉根を寄せた。
「平伏? 面白いことを言うね。本当は君も分かっているんだろう? ──君では私に勝てない。君に、そのような言葉を吐く資格は無いのだと」
「…………」
その自覚があるのか、彼は苦虫を噛み潰したような表情でぐっと黙り込む。
彼が身の程を弁えていることは、私とて分かっていた。何せこの男は、こんなにも愛らしい私を一目見たその瞬間から強く警戒していた。私が見た目通りのただただ愛らしい美少年だとは考えず、その内に秘めた力を畏れ、無謀な行動には出ずこうして牽制に留めているのだ。
あ〜〜〜〜〜〜〜〜鼻につく〜〜〜〜。攻略対象だかなんだか知らないが無駄にハイスペックで腹立つ〜〜〜〜!
「小生意気な童が大人しくなったところで。本題へと移ろうか」
この男と会話し続けるのは精神衛生によろしくないからね。
「単刀直入に聞こう。君、アミレス・ヘル・フォーロイトのことをどう思っているんだ」
「……どう、とは?」
「好きか嫌いかの二択だと言えば、君のような非人間でも分かるかい?」
「…………チッ。あいつのことは好ましく思っている。そもそも、兄が妹を愛して何が悪い」
「悪いとも。君のそれは美しい兄妹愛などではなく、自己満足の為に形成されなお増長を続ける穢らわしい欲望だ。相手のことなど何も考えない独り善がりの自慰を愛と騙るな」
「!」
冷徹な顔に動揺──憤怒が現れる。その手は震え、剣先が僅かに逸れる。
私は、あの子から愚痴のように聞かされた弱音からしか、この男の無体の数々を知らない。だが嘘をつかないあの子があんなにも弱りきった声で愚痴をこぼしたのだ。で、あれば。私は彼女の言葉の全てを信じよう。
醜穢な執着を愛などと偽り、おぞましい欲望を平然とぶつけてくる男。そんな君に相応しいとある悲劇を見せてあげるよ。
「これは君の為の物語だ。せいぜい励んでくれたまえ」
「なっ────!?」
震える剣先に触れ、それを媒介として奴に干渉する。
ガンッ、と重い黒剣が落ちると同時。フリードル・ヘル・フォーロイトは意識を失いその場で倒れた。
「……精神干渉すると、こうやって意識を失われるのが難点だなあ。どうして私が毎度毎度憎き攻略対象共を抱えて、彼等の部屋まで連れて行ってやらねばならないのかねぇ。男の世話を焼くとか、ほんっっとうに不本意なのだけど」
ぼやきつつ、私はノンデリ野郎を俵のように抱えて歩き出した。
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