679,5.Interlude Story:Valets
ある夜半のこと。アミレス・ヘル・フォーロイトの従者たる二人の男達は、うっとりとした面持ちで酒を飲み交わしていた。なおイリオーデは酒を断ったのだが、アルベルトに押されまくった結果なんやかんや飲むことになったのである。
「今日の主君、とんでもなかったね……」
「ああ。久々にお会いしたというタイミングで浴びていい供給量ではない。あまりの破壊力に一瞬心臓が止まっていたぞ、あの時は」
「激しく同意するよ。主君に笑顔で『大好きよ』なんて言われて平静を装えるわけないじゃん……」
夕暮れ時のことを思い出した二人の成人男性は浮かれた熱い吐息を、はぅ、と吐き出した。
「こういったえも言われぬ心境を言い表す言葉を、以前カイル王子がごちゃごちゃと言っていたような……」
「それってもしかして、『推し活』語録ってやつ?」
「それだ。よく覚えていたな、ルティ」
「ふふんだ」
いつもならば『俺は騎士君より優秀だからね』などと喧嘩を売るところだが、今は酒が入り気分が高揚しているのだろう。ただしたり顔で胸を張るだけに留まっている。
「『推し活』とやらは未だによく分からないが、その理念自体には興味惹かれた覚えがある。なんだったか……」
「『推しは推せる時に推すべし』『推しはあくまで愛でるものであり、肯定も否定もしてはならない』『推し活はあくまで人生の色彩を増やすものであって、それを理由に人生の色彩を減らしてはならない』『推しに恥じない振る舞いを心掛けるべし』『推しを何かの免罪符にすることは、真の推し活とは言えない』──とかだったような。あんまり覚えてないけど」
(興味の無い事柄だったにもかかわらず、よくもそこまで覚えていられるな……? これが元諜報員の能力なのか……)
図らずともイリオーデに畏怖の念を抱かせることに成功したアルベルト。しかし当人はそれにまったく気づかず、話を進めてしまった。
「カイル王子曰く。『推し』はとにかく好きで好きでたまらなくて、自分の生活の一部どころか自分を構成する一部分であり、もはや崇拝対象とすら言っても過言ではない存在──って話だけど。それってさ、つまり……」
「あぁそうだな……」
「主君が俺の『推し』ってことだよね」
「私は王女殿下を推しているのだろう」
酔っているのか、二人はきりりと言い切った。
「……そういえば。以前シャンパージュ嬢が小さめの王女殿下のぬいぐるみを抱いて、『推しぬいです!』と自慢していたような」
「“推しぬい”か……俺達が前に作った自分の“ぬい”とは違って、これは『推し』の“ぬい”を作るってことだよね」
「そうだろうな。なんでもシャンパージュ嬢は外出の際何処へでも王女殿下のぬいぐるみを持参し、様々な景色と王女殿下のぬいぐるみを掛け合わせて楽しんでいるとか。……私には人形遊びの何たるかなど到底分からないのだが、常時『推し』と共に在れるというのは心惹かれるものだ」
「シャンパージュ伯爵令嬢、思ってたよりも遥かにカイル王子に毒されてるんだね……!」
事実ではあるのだが、随分な言い草である。
「それにしても。彼女が持ってる主君のぬいぐるみ、すっごく可愛かったよね……言い値で買わせて欲しいって申し出たらにべもなく断られたけど」
「あぁ……私達のような素人では到底辿り着けない品質だった。だがシャンパージュ嬢が非売品だと主張する以上、私達が『推し活』をするには自力で“推しぬい”を作成する必要があるな……」
「でも俺達がぬいぐるみを作ると悲惨なことになるんだよね……」
「誰か、手芸に詳しく『推し活』への理解もある者はいないのだろうか。職人にご教授願いたいところなのだが」
「そんな都合のいい人間がいるわけ──」
うーん、と揃って小首を傾げ頭を悩ませる二人。っと、そこでアルベルトの脳内に一人の男の顔が浮かぶ。
「あっ。マクベスタ王子はどうかな? 彼、たしか主君に凝った手編みのマフラーをプレゼントしてたし、手芸にも詳しそう」
「マクベスタ王子か……いつもカイル王子に付き纏われている彼ならば、カイル王子発祥の『推し活』への理解もあるやもしれん。一度、彼に相談してみるか」
「賛成! それならさ、他にもこう……『推し』への愛を大胆に示せる小道具とか欲しくない?」
「愛を示す小道具……常日頃より持ち運ぶことを前提とした物、とかだろうか。ロケットペンダントのように、さりげなく『推し』の肖像画を身につけられたら良いのだが……」
「あー、バッジみたいに? 適当なバッジに小さく描いた主君の肖像画でも貼り付けてみる?」
「検討の余地はありそうだ。他には、そうだな……何か小ぶりな飾りなどはどうだろうか。軽い素材で──……」
そうして二人は熱心に語り合う。元々アミレスを崇拝する勢いで慕い従属していたからか、彼等が『推し』と『推し活』という概念を受け入れるのにそう時間はかからなかった。
和気藹々と『推し活』の為の小道具のアイデアを出し合う姿は、まるで学園祭に挑む学生のよう。普段の火花を散らす仲からはあまり想像がつかない光景だ。
こうして。緊迫した日々に少しでも安らぎを求めるかのように『推し活』に本腰を入れ始めた二人は、周囲の協力もあり、様々なアミレスグッズを作り上げ立派に『推し活』を楽しむのだが──それはまだ少し先の話。
まさかそんなことになるとは、この時のアミレスは知る由もなかったのであった…………。