677.Side Story:A man's covert strategy record.
とある謎の美少年視点となります。
この国はとても寒い。四季などもはや存在しないのではと疑ってしまう程、年がら年中妙に肌寒く、冬に至っては極寒だ。
それが私にはどうにも耐えられない。春は桜を、夏は向日葵を、秋は紅葉を、冬は椿を。巡りゆく季節の中で、絵巻の如く移り変わる景色と共に儚き草花を愛でることこそが、侘び寂びというものだろう。
これもまた、異界異国の気候や土着文化なのだとは分かっているのだが……それでもやはり、私は物足りなさばかり感じてしまう。
「花見酒こそ春における至高の一杯だというのに……街中じゃあそもそも花が少ないだなんて。東京ですら路や公園にソメイヨシノがあるというのに。なんだいこの街は。花といえば花屋か貴族の温室や庭にしか咲いてないじゃないか」
なんという風情の無さか。こんな街で過ごしていては、あの子が桜の儚さや紅葉の眩さを忘れてしまいかねないではないか。
『───ねぇ見て! 桜の花びらが飛んできたよ!』
『───今年の紅葉も綺麗だったね。……ふふっ、もちろん■■も綺麗だよ。だから拗ねないで〜〜っ』
かけがえのない思い出が僅かに霞む。同期が完了したとはいえ、あくまで私は端末の一つにすぎない。記憶も感情も使命も全てを記録として落とし込みはしたが、あの【樹】との取引もあり、この世界において私という自己の高度な成長はあまり望めない。
それに加えて。無理に世界を越えれば何かしらの不具合が起こるだろうとは想定していたが…………まさか、力のみしか超越できず、故にあまねく財宝よりも稀で愛おしいこの記憶ですら、ところどころ不明瞭となってしまうだなんて。
「衰えたなぁ、私も。全盛期なら最善の結果に持っていくぐらいのことはできただろうに」
ぶつくさ呟きつつ白くふわふわな尾と同色の犬耳を揺らす。
っと、こんなことをしている場合ではない。そろそろ次のターゲットに接触せねば。あの子が立つ悲劇の結末は着々と近づいているのだから。
そう意気込み、立ち上がった時。
「──おや。数日振りに人間界に来ましたが……まさか斯様な存在と相見えるとは」
白い長髪と赤い瞳を持った、いかにも胡散臭い燕尾服の男が現れた。
「……白髪赤瞳とか、この私とキャラ被りが甚だしいんだが。──うん、今すぐ失せてくれないか? 君のような無駄に華美な男が同じ画角に居ては、愛らしさ全振りのこの私が霞むだろう」
「ふむ。つまり──私とあなたの容姿が似通っている為、腹立たしく思っている……という解釈でよろしいでしょうか?」
「理解が早くて助かる。ついでに疾く失せてくれたならば、大助かりなんだが」
「ふふ。面白い御方だ。奇跡のようなこの出逢いを祝し、一戦どうです? 孤高のあなた」
話が通じるのに会話が成立しない人種というものは、どの世界にもいるんだな。ことこの男に至っては人ではないようだが。
「すまないが、私は男と逢引きする趣味はないんだ。他を当たってくれ」
「それは残念です。あなたのような存在は、そう滅多にお目にかかれないものですので」
「そう何度も私のような存在を見かける方が大問題だろう」
「ふふ、仰る通りです。ではせめて──あなたの名をお伺いしても?」
物分かりがいいようで妙にしつこい男だな。ただでさえ男の相手は気乗りしないというのに……。
「人に名を尋ねるならばまず己が名乗るのが礼儀というものだろう」
「これは失敬。──私はブランカ。ブランカ・フォン・シュヴァイツァバルティークという名でございます」
チッ、この男馬鹿正直に名乗りやがった。名乗られてしまえば、こちらも名乗らねば武芸を嗜む者の名折れというもの。しょうがない、名乗ってやるか。
「……──セツ。今は、そう呼ばれている」
「『今は』…………真名は教えてくださらないのですか?」
「言ったところで、君達に私の名は伝わらないからな。言うだけ無駄だ」
「左様ですか。では、セツと。また逢える日を楽しみしていますよ、セツ。次こそは私と戦ってください」
「勿論お断りだ頓珍漢」
ベーッと舌を出して威嚇した時には、ブランカとやらは姿を消していた。
なんなんだあの男。自分勝手すぎるだろう。二度と私の前に現れるなキャラ被り胡乱男。魑魅魍魎と似た気配をしてくれやがって。
「……あの男をこのまま放置していてはいけないような。そんな嫌ぁ〜な予感をひしひしと感じるのだが。しかし、生憎と今の私にはあまり余裕が無い。あんな男のことは意識の外にぽーいっと放っておこう」
そもそも私にはやるべきことがあるのだ。
「それじゃあさっさと行こうか──……攻略対象共のもとに」
まず一人、戦力として期待値が高いミカリア・ディア・ラ・セイレーンに接触した。ならば次は──
「あの半妖、だな」
しゃりん、と音が鳴る。すると目の前には見慣れた朱色の鳥居が出現した。わざわざ神域を往く必要はないのだが、今の私はとても愛らしいからね。ひとたび街を歩けば騒ぎとなってしまう。それはとても面倒だ。故に、こうして人目を避ける必要がある。
神域と言っても、此処は世界と世界の狭間にある境界に過ぎない。残念ながら私の領域をこちらに顕現させられる程の余力は無いからね。
始まりの無い空は白く、終わりの無い地は黒い、虚空の彼方。隣り合い、裏側に在り、果てに繋がる、いくつもの世界──それと人間界との狭間にある緩衝彊域。それがこの神域だ。
下駄の音だけが響く、私しか迷い込めない静かな空間。──そこに己以外の何者が居たとすれば、流石に無視はできまい。
「……何か用かい、【樹】の落葉よ」
問うても、木偶人形はうんともすんとも言わない。
「分かっているとも。君達との約定は決して違えない。あくまでも、私に許された範囲のことしかしないさ」
月桂樹に覆われ表情も定かではない貌に視線を送る。しかしこの木偶人形は一言も発さない。
そもそも私が取引をしたのは【樹】であり、あれは私の監視をしているだけのもの。私が少しでも怪しい動きをすればこうして姿を見せ、暗に警告してくるのだ。
「それでは私はこの辺りでおいとまさせていただこう。次会う日までに、声帯の一つでも獲得しておいてくれたまえ」
しゃりん、という音と共に現れた鳥居を潜りながら、振り返ることなく手を振る。緩衝彊域を出ると、そこはフォーロイト帝国が王城の中だった。
以前攻略対象共の半数近くが揃った際に、野郎共にこっそり呪術をかけておいてよかった。今こうして、奴等がどこにいようが構わずすぐ近くまでひとっ飛びできるのだから、呪術の痕跡を辿っての移動ができるよう前もって呪術をかけておいて本当によかった。
……まあ。元々はいつでも呪い殺せるようにって、本来の使用用途でかけたものなのだけど。
「閑話休題。あの男はどうなるのやら」
ミカリア・ディア・ラ・セイレーンは神に選ばれただけはあり、私の干渉も上手く作用したようだが……この男に至っては正反対。どちらかと言えば陰に生きる妖の類だ。私の力が効くかどうか分からない。
それでもやるしかないので、私は気合いを入れて眼前の普通の扉を開いた。
「お邪魔するよ、呪われし厭世の吸血伯爵。君に話があるんだ」
退屈そうに書類とにらめっこしている男に向け、そう切り出す。
「……あ? 誰だおまえ。勝手に入ってくるなよ」
「そう堅いことは言わないでくれたまえ。勝手に入ったことは、まあ、気が向いたら謝罪しよう。そんなことより本題だ」
「はぁ…………?」
訝しげにこちらを睨むアンヘル・デリアルドに向け、堂々と言い放つ。
「君は──……ある一人の少女の悲劇について、興味はあるか?」
あの子の為に、心優しい私が君達に教えてやろう。
君達を救おうとしているとある少女が、いつかの日に迎える──無数の悲劇のことを。