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69.白亜の都市の侵入者2

エンヴィーが暴れます(微グロ注意です)

「止まりなさい。大聖堂には入れませんよ」

「現在、大司教様による祈祷の最中ですので。祈祷が終わるまでお待ちください」


 国教会で定められし司祭階級の白き祭服を身につけた男女が一人ずつ現れ、扉の前に立つ。

 二人の司祭は目の前に立つ異様なオーラを放つ美形を見上げ、頬に冷や汗を滲ませながら固唾を呑んだ。


(何なのですか、この人は?! 信じられない程に神聖な魔力を溢れさせている……っ)

(だめだ、足が震える。少しでも気を抜いたら声も肩も何もかも震えてしまう。何者だこの男……!!)


 突然の足止めを食らい、更には不躾に見られた事により……本来、非常に偉く火属性において最上位の立場にあるこの精霊は、


「……は? 禱の魔力を持つ人間がいる訳でも無いのに祈祷? 馬鹿じゃねーの?」


 ちょっとしたイラつきから、思った事を飲み込む事無くそのまま吐き出してしまった。


(こっちは急いでるっつぅのに何だこいつら、邪魔くせぇ。殺していーかな)


 精霊が人間を殺す事など息をするのと同じくらいの難易度であり、神に近く人間より離れ過ぎた最上位精霊と言う存在は……元々、傲慢かつ強欲な人間を嫌う傾向にある。

 中にはエンヴィーのように人間に友好的な最上位精霊もいるが、三十九体の最上位精霊のうち過半数は人間を嫌う者達だ。

 エンヴィーは寧ろかなり人間に対して友好的、人間が好きなタイプの最上位精霊なのだが……そもそもの性格が少し短気な所があったりして、こうして人間を軽んじる事もままある。

 これにより、これまでの数年間アミレスやマクベスタに対しては彼が非常に気を使っていた事がよく分かる。


「い、禱の魔力……?」

「禱の魔力は数十年前に滅びたのですよ、何を言ってるのですか?」


 女の司祭が困惑し、男の司祭が疑問を口にする。

 いのりの魔力とはその名の通り祈る力。その魔力は人々の祈りを実現させるものであり、祈りの実現以外に出来る事が無い代わりに、使用者の魔力と生命力と運命力を消費して『理を捻じ曲げない程度』の祈りを全て聞き届け実現させる事が出来る。

 しかし人間が強欲な存在だったあまりに、禱の魔力を持つ人間は生命力と運命力を使い捨てられ次々に死亡。自然と禱の魔力を持つ人間はいなくなったのだ。

 なのでもう数十年とその魔力を持つ者はいない。そんな事を言われても不可能な事なんだが。そう、男の司祭は言いたかったのだが……。


「禱の魔力がある訳でもねぇのに時間かけて祈る意味が分かんねぇっつってんだよ。頭使えよ、何の為に人間に知性が与えられたと思ってんだ」


 眉尻を上げ、とても不機嫌そうにエンヴィーは吐き捨てた。

 エンヴィーの歯に衣着せぬ物言いには、流石の司祭達も目をキッとさせて反論する。


「初対面の相手に向かって失礼だとは思いませんか? 何処のどなたか知りませんがもう少し礼儀を弁えていただきたい!」

「祈祷とは我々にとってとても重要な儀式ですぞ! 我等が神々への祈りを届ける最も高尚で尊き儀式、それが祈祷! 貴方の発言は、敬虔な教徒とは到底思えぬ背信的発言です!!」


 敵意を剥き出しにし、声を荒らげる司祭達。しかしエンヴィーは彼等の様子など全くものともせず、彼等の教義を否定した。


「こんな所で神々に祈っても、神々が聞いてる訳ねーだろ。神々は基本的に天界から出て来ねーしな。この広い世界のどこかで祈る人間の言葉なんて、一々聞いてねーよ」


 その発言は、この司祭達はおろか周囲の天空教が信者達全てを敵に回すものだった。


「なっ、貴様ぁああああああああああッ!!」

「神々を愚弄するなど不敬な咎人だ! この神殿都市にこのような咎人が現れるなどあってはならぬ! 早急に粛清せねば!!」

「…………はぁ、うるせぇなァー」


 糸がプツンと切れたように、彼等は激昂した。

 そして彼等が魔法を発動しようとした瞬間。エンヴィーを中心に灼熱の如き魔力が放出される。

 その魔力にあてられた人や物は例外なく溶解されてゆく。間近にいた司祭達がその被害を最も受けた。

 瞬く間に焼け朽ち溶けゆく体。導火線のように凄まじい勢いで消えてゆく祭服。今際の叫びを上げる事すら出来ぬまま、二人の司祭は人とも思えぬ肉塊へと成り果てた。

 勿論被害は司祭だけに留まらず……辺り一帯の白亜の地もまた表面が溶け、美しく均されていた道に歪なでこぼこを生み出した。


 生物も草木も建物さえもが全て等しく熱気により溶かされた。そう、ただの熱気でだ。

 それは大聖堂にさえも牙を剥いていた。至高の建築と有名なその聖堂の顔たる正面は最早原型を留めておらず、見るも無惨な状態となった。

 これが精霊の力。数多くの制約で縛られても尚、人間より遥かに強い力を持つ最上位精霊と呼ばれる存在の力。人間が逆らえる筈も無い自然そのもの──災害の如き存在、それが精霊なのだから。

 火の最上位精霊の放った熱いだけの魔力(・・・・・・・)に溶かされはしなかったものの、その熱気により火傷を負った者達がエンヴィーの姿を恐怖と憎悪に満ちた瞳できつく睨む。

 しかし、エンヴィーがそんなものに興味を示す筈が無かった。


「……まー、何としてでもって言われてるし……多少人が死のうとも報告しなきゃバレねーか。そうだな、報告しなきゃいいんだわ」


 つい売られた喧嘩を買ってしまったエンヴィーは、放出していた魔力を瞬時に収め、頭を抱える。

 冗談のつもりだったのだが、彼はついつい人を殺してしまった事を少しばかり後悔していた。


(だってあの姫さんだしなぁ……人殺したってバレたら絶対嫌われんじゃん。つぅかあのヒトにも怒られそう)


 殺人自体を悔いるのでは無く、その結果今後自身に訪れるやもしれぬ二つの事態を恐れていたのだ。

 人間では無い精霊に人間性を求めるのはお門違いなのだ。精霊には人間性などありはしないし、人間が精霊を理解出来る日など何万年経とうが来る訳がないのだ。

 そして、バレなきゃいいんだよバレなきゃ。と結論付けたエンヴィーは、気を取り直して大聖堂に足を向けた。


「おー、丁度いい感じに扉開いてんじゃん助かるー」


 自身が熱気で溶壊させた正面だった部分を見上げ、ラッキーとばかりに彼は大聖堂に侵入した。

 しかしこの騒ぎを聞き付けた司祭達が次々に現れる。堂々と大聖堂に侵入するタランテシア帝国の衣裳を身につけた男を目視すると、彼等は訓練された動きでそれを取り囲み、そして臨戦態勢に入る。


「この神聖なる地にて狼藉を働く者は貴様か!」

「タランテシア帝国の者はこれだから……ッ! 何故貴様のような咎人がこの都市に踏み入る事が出来たのだ!!」

「あの咎人に粛清を! 至急取り押さえるぞ!!」

「「「「はっ!」」」」


 それを疎ましそうにエンヴィーは聞いていた。どこまでも興味が無いのか、その視線は天井の色硝子ステンドグラスに向けられている。

 魔法を使う者、武器を携え飛びかかる者、司祭達を守るべく障壁を展開する者……打ち合わせ無しとは思えない連携が、エンヴィーを襲う。

 しかし……エンヴィーにそれが通じる筈も無く。


「なぁ、霊廟ってどこ?」


 人々の中心に立っていた筈の男は、いつの間にか指揮を取っていた大司教の男の背後に立っていた。司祭達が魔法を放ち武器を構え突撃した場所には誰もいなかった。

 気配も無く目が追いつかない速度で移動した侵入者に、司祭達は血眼になって更なる追撃を図る。


「あのさぁ、聞かれた事には答えろよ。霊廟ってやつはどこだって聞いてんのに……数人殺したぐらいじゃァ、人類の歴史への干渉にはならなさそうだな。なら面倒臭ぇしお前等も殺すわー、どの道姫さんにバレなきゃ俺の勝ちだし」


 このままこいつ等の相手してても時間の無駄だしなァー……と言いながら、エンヴィーは細くしなやかな指をパチンッと鳴らした。

 すると、十五名弱いた司祭のうち八名近くが火柱に貫かれる。あっという間に黒焦げの焼死体がいくつも出来上がり、生き残った者達はその光景に恐怖した。

 ある者は腰を抜かし、ある者は狂ったかのような叫び声を上げ、またある者は嘔吐した。

 先程霊廟はどこかと聞いた大司教に向け、エンヴィーはもう一度チャンスを与えた。


「で、もう一度聞くが。ここの霊廟ってやつは、どこにあるんだ?」


 大司教の男は恐怖のあまり腰を抜かして失禁し、全身を震わせていた。顎をガタガタと言わせ、震える手で二時の方向を指さした。

 それを見たエンヴィーは、「もっと早く言ってりゃあいつ等も焦げなかったかもしれねーのになー」と適当な言葉を残して、大司教の男が指し示した方へと進む。

 思いつきでふとこぼしたその言葉がどれだけ人間達の心に傷を残したか……非人間たるエンヴィーには知る由もない事だった。


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