675.Main Story:Ameless
着替えを終えても、頭を冷やしてくると言って姿を消したシュヴァルツは戻って来なかった。そこまで傷つけてしまったのかと罪悪感が募り、今朝は日課のトレーニングに中々身が入らず、朝食も食べ終わるのに時間がかかってしまった程だ。
しかし、それでも私には予定がある。それに従い外出の準備をして向かった先は、西部地区。
何を隠そう、今日はユーキとシャルとジェジの三人──自称干物三人衆の引越し日。目立たないよう、商人が使う荷馬車に彼等とそれぞれの荷物を乗せ、建国祭で盛り上がる街中をなんとか進んだ。
「じゃじゃーん! こちらが貴方達の新居ですっ!」
おおっと、勢いよく紹介した所為でフードがズレ落ちそうだわ。危ない危ない。目立つところだった。
「……マジか。本当に新築戸建てなんだけど。いくらなんでもここまでするか普通……?」
「すっげー! オレ達ほんとにこれからここに住むのー? すっげー! すっげーすっげーーーー!」
「すごく綺麗な家だ。まるで出来たてみたいだ」
そりゃ新築だからね。とシャルにつっこんで、ユーキはこちらに視線を移した。
「あんた、どれだけ僕達のこと大好きなの?」
「? そりゃあ部下だし当然──」
と返事をしようとしたところで、
「オレもオマエのことが大好きだぞ、ユーキ」
「うわっっっ!?」
セインカラッドが、ユーキの背後からにゅっと生えてきた。これにはさしものユーキも引き気味である。
「サンカル卿、何故ここに?」
「今日こそはユーキに会える予感がした故、西部地区で待ち伏せておりました」
「ストーカーじゃないですの」
「何を仰るか。これはオレの愛が成せる技ですよ」
「それを世間一般ではストーカーと言うのですよ」
「なんだと……!?」
これにはシャルとジェジもうんうんと頷く。私の背後に立つアルベルトだけは、相も変わらず殺意の籠った視線を送り続けている。
彼が私を殺そうとしたこと、まだ怒ってるのかな……勘違いだったし何より本人が猛省しているのだから、もう許してあげてもいいと思うのだけど。
「それで。セインは僕に何の用?」
「? 用は特に無いが、オレはオマエの従者だ。四六時中オマエの傍に居るべきだろう?」
「近いし暑苦しいよ。あと、四六時中は流石に邪魔」
「そんなばかな」
数週間ぶりの再会だというのに、にべもないユーキにセインカラッドはがくりと項垂れた。
だが私には分かる。あれはユーキなりの愛情表現であり、つもるところ──照れ隠しだ。態度にこそ出さないものの、彼もまた親友と過ごせる日々を喜んでいるのだろう。
「……ユーキと義兄弟達が暮らす新居…………よし。アミレス王女、帝都の土地や不動産を購入するにはやはりフォーロイト帝国籍が必要なのでしょうか?」
新居に荷物を運び込むユーキ達を見守りつつ、セインカラッドが突然話を振ってきた。
「一概にそうとは言えませんね。他国の商人が店舗を構えることもあると聞きますし。帝都不動産組合に相談してみればよいでしょう」
「成程。ご助言、感謝します」
「しかし何故急にそのような話を?」
「オレもこの街に住むことにしたのです。しかし、オレのような部外者が彼等──義家族の新居に居候するというのは些か申し訳が立たない。故に、オレも自宅を構えようと思った次第です」
「意外とそういった配慮もできたんですね」
「ぐっ…………は、はい。できるのです。できる、のです……」
嫌味のつもりはなかったのだが、セインカラッドはまたもや勝手にダメージを受けている。分かってはいたけれど、やっぱり真面目なんだよなぁ、この子。
「ふふっ」
「どうされましたか、アミレス王女」
「いえ、ただ……サンカル卿の顔色がコロコロと変わるものだから、面白くてつい」
失礼な、とでも言いたげな目で見つめてくるが言葉にはしない。それはきっと、圧が強めなアルベルトを恐れてのことだろうけど。