665.Side Story:The men's party that came back.8
アミレスの幸福な結末の為ならば手段を選ばない男は、またもや真剣な様子で口を切った。
「アンタ──……いや。聖下の御心をお伺いしたく、恐れながら申し上げます。さして親交もなく、本来このような場が設けられる事すら叶わぬ若輩者の身ではございますが……教皇聖下におかれましては、どうかその温情にて我が身の勝手をお許しいただきたく」
あまりの温度差に、普段のカイルを知る男達は揃って瞬いた。信じられない光景でも見たかのように、何度もその目蓋を下ろしては上げてを繰り返している。
それは、ロアクリードとて同じであった。
「ど、どうしたんだい、突然そんなに畏まって……。たしかに私は教皇だが、公の場でもなければ、ましてや信徒でもない若者にそこまでへりくだった態度を取られても、困るだけだ。だからどうかいつも通りに振る舞ってほしい」
「分かりました。──さて、質問なんですが」
なんて笑顔で受け応えつつも、口調はまったく砕けず。
「ジスガランド教皇聖下は、アミレスのことを大事に思っていらっしゃいますよね」
「彼女は私の恩人も同然だ。恩ある相手は大事にして当然だと思うけれど」
「それはどの程度でございますか?」
「え?」
「貴殿がどの程度アミレスを大事に思っているのか。それを、聖下直々の御言葉でお聞かせ願いたいのです」
その問いに、ロアクリードは喉をぐっと詰まらせた。
──答えても構わないが、どう答えたらいいのかわからない。
ロアクリードにとって、たしかにアミレスは漠然とした光であり道標なのだが、その価値を定めようとしたことなど、彼は一度たりともなかったのだ。故に、“程度”を問われて答えに困っているのである。
「まあ、突然程度を聞かれても困るでしょう。なので簡単な基準を設けましょうか。たとえば──アミレスの為に世界を敵に回せますか?」
「!」
俺はできるぞと、カイルの新緑の瞳が物語っている。
(彼女の為に世界を敵に回す……なんと、極端な基準なのだろうか)
でも、これくらい振り切れてくれた方がやりやすい。と、ロアクリードはため息混じりに瞳を伏せた。
「彼女の為に世界を敵に回せるか、という問いならば。答えは──できるとも。まあ、時と場合によるけどね」
穏やかにロアクリードは言い放つ。
「時と場合、というのは?」
「僕個人としては、彼女が笑って暮らせる世界が欲しいから、その為ならば世界を犠牲にしても構わないとすら考えている。だけど、私の立場としては……これでも守るべき民や場所があるのでね、簡単に世界を敵に回す訳にはいかない。だから『時と場合』によるんだ」
「ああ、そういうことでしたか」
(──食えねぇ奴。流石はジスガランド教皇……伊達にジスガランドの宗主をやってないってことか)
と、笑顔の裏で腐す一方で。
(でも、これがこの人が出せる最善の答えなのも事実だ。──アミレスの為なら世界をも敵に回せる覚悟。決して祖国を見捨てない人としての道理と責任感。嘘をつけない状況でそのどちらにも言及されては、俺達はその言葉を信じるしかなくなるわけで。ジスガランド教皇程の覚悟と実力が備わった人に義理堅さまであると分かれば──……)
カイルの視線が、シルフ達へと向けられる。件のシルフ達は、興味深そうにロアクリードを眺めていた。
(アミレスにとって有益な人物であると、シルフ達に認められるだろう。しかもジスガランド教皇はあくまで『恩人』のアミレスの幸せを願うのみで、そこに恋愛感情なんかは介在していない。──つまり。アミレスに関わる全ての男を警戒するあのガチ恋精霊に、珍しく気に入られる可能性が高い……!)
アミレスに一切の恋愛感情がなく、それでいてアミレスの為ならいざという時は世界すら敵に回す覚悟がある、義理堅く権力を持った人間。こんなにも都合が良い存在を、どうして気に入らずにいられようか。
(ふーん。しがらみさえ無ければアミィの為に死ねるのか。それはいいことを聞いたな)
カイルの読み通り、シルフはロアクリードの覚悟を認め、少しは見直したらしい。
(……これで少しは印象を良くできただろうか。先程のシルフさんの言葉がどうにも引っかかるからな……少しでも彼に取り行っておいて、いざという時はアミレスさんを守らないと。とにかく、彼女がまた涙を流すような結末にならないようにしなければ)
その為に得た力と権力なのだから。と、強かにカイルからの質問を利用せしめたロアクリードは物思いに耽る。
「──ジスガランド教皇の御心もお聞きできましたので、俺の番はこれにておしまい。お次はテンディジェル公子の番ですね」
この場の誰よりも彼等を知る俯瞰者の顔には、この茶番劇をさっさと終わらせたいと書かれている。今の彼にとって、この男子会はさして楽しくないものらしい。
故に。柄にもなく、まるで押し付けるように順番を巡らせてゆく。
「! つ、ついに俺の番か………………」
どうやら彼は質問を用意していたらしい。ごくりと生唾を呑み、レオナードはここで大胆な行動に出た。
「これはあくまでただの確認──前提の擦り合わせなんですけど……この中に、王女殿下に告白したことがある人っていらっしゃいますかね……?」
まさかの全員への確認。レオナードはなんと、この第二回男子会におけるルールの穴を突いてみせた。