664.Side Story:The men's party that came back.7
運命に恋した男としてではなく、人類最強の聖人として、ミカリアはシルフに問いかけた。──それは、アミレスの未来にまつわる重要な『問い』で。
(往々にして、精霊に気に入られた人間は精霊界へと誘われるという。精霊様の肩入れ度合いから鑑みるに、姫君もいずれ彼の世界へ誘われるだろう。……ただ誘われるだけならまだいい。最悪の場合──……彼女の在り方そのものが、精霊様によって塗り替えられるかもしれない)
聖人として聖書を全て記憶し、天空神話やその関連書物を記憶してきた彼は知っていたのだ。精霊という存在が、稀に、気に入った人間をあちら側へ連れ去ってしまうことを。
一度精霊界へ足を踏みいれたならば、人間のまま人間界に出ることは二度と叶わなくなる。何故なら精霊界に入れるのは、精霊とその産みの親たる神々だけだから──。
天空神話関連の書物でそう記されていたことを覚えているミカリアは、誰よりもシルフ達の執着に危機感を抱いていた。
彼等はいずれアミレスを精霊界へ誘うつもりなのでは、と。
「アミィをどう想ってるか? そんなの決まってる。──愛してるさ。この世界の何よりも。あの子はボクの宝物だからね。精霊達が精霊の愛し子に肩入れするのは当然のことだろう?」
シルフはあっさりと答えた。この答えに、
(……精霊様は本気だ。本気で姫君を愛しているし、僕の想像より遥かに強く肩入れしている。このままでは──彼女は、精霊様の手から逃れられない)
ミカリアは眉根を寄せ奥歯を噛み締めた。
「左様でしたか。であれば、納得の肩入れ度合いです」
「……その、肩入れって表現が癪に障るな。普通に『愛してる』でいいだろ」
「これは失敬。以後気をつけます」
パッと表情を作り、聖人らしい微笑みでつとめていつも通りに振る舞う。そうして、質問以降訝しむような視線を送ってくるシルフを、ミカリアはなんとかやり過ごした。
(…………神託はやはり真実なのだろう。神の御言葉通り、精霊は神々に反抗して放埒の限りを尽くしている。そして、異教の煽動者曰くそれに姫君が巻き込まれているのか……由々しき事態だな)
太陽を模したかのような檸檬色の瞳から光が失せる。神託とはそれ即ち、聖人が最も尊重し、従うべき天の意思そのもの。
これより数日前。時分にして、神々が各世界に降臨した少し後のこと。神殿都市にて留守番──もとい聖人代理をしていた枢機卿ラフィリアのもとに、神託が下された。
『汝、我らが言葉を信ずる子らよ。どうかこの言葉を聞き届けよ。汝らの兄弟姉妹にあたる星の子らが憐れにも我らが慈愛を拒んだ。これは許されざることであり、欲に溺れた星の子らは、我らが治めし世界を混沌の海に沈めんとしている』
『故に。汝らに託そう。──我らが世界と、我らが愛した平穏を、悪しき者共の手から護りぬくがよい』
いつもの砕けた口調とは打って変わって、厳格な口調と声音で紡がれたその言葉は、ラフィリアをはじめとしてこの神託を聞いた大司教達の間に混迷を齎した。
当然、その神託は一言一句違わずミカリアの耳にも入った。だからこそ彼はシルフ達を疑い警戒しているのだ。
(神よ。どうすれば、我が運命の姫君をあらゆる魔の手から救い出せるのですか──……)
据わった瞳で睨む先は当然、アミレスの運命を狂わせようとしており、そして、憐れにも神々に叛逆した一体の精霊。
ミカリアによる不躾な視線に気を悪くしたのか、シルフは鼻白む。
(コイツ、ボク達への視線が少し前とは違っているな。これまでは畏敬を感じていたけれど、今や敵意だけ。これは……神々共がまた余計なことをしたな)
まあいいけど。と、シルフは意識を別のものへ移した。
「エンヴィー、そのクソガキは大丈夫そうか」
「まーなんとか。無駄に活発な魔力炉だったんで、念の為に火種を与えてやれば普通に回復しましたよ」
「そう。もう席に戻れ」
「あいよー」
しわしわの顔で紫色の唇を震えさせるカイルの肩に手を置き、その体を温めていたエンヴィー。シルフの命に大人しく従いパッと手を離すと、カイルは名残惜しそうに、遠ざかるエンヴィーの背中を弱々しく見つめていた。
「要注意人物その二。ボクへの問いは終わりでいいな?」
「……はい。お時間を頂戴しました、精霊様」
ミカリアが完璧な微笑を作ると、
「じゃあ、次はお前だ。そこの震えてるバカ」
シルフは少し視線をずらして、涙目のカイルに告げた。
(俺かぁ……つっても、アミレス関連でコイツ等に聞きたいことなんて特にないが……? だって、好意や性欲の有無なんて見てりゃわかるし)
僅かな氷漬けでも体の芯まで冷え切ったのだろう。肩を抱き、小刻みに体を震え上がらせつつ、カイルは参加者達をぐるりと見渡した。
(これまでの質問で、なんとなくだが現状も掴めたし……パスとかってできねぇのかな。あの怖ぁ〜〜い精霊さんは、絶対にさせてくれなさそうだけど)
ずびっと鼻を啜り、カイルは小さく息を吐いた。
「ん〜……じゃあ、ジスガランド教皇で」
「私かい?」
(──驚いた。あまり関わりが無い彼に指名されるとは……)
深緑の睫毛の下で、淡い瞳が丸く見開かれる。
(正直なところ、この人が一番分からないからな。恋愛感情ではなさそうだが、そのぶんアミレスのことを偶像のように扱い崇拝してる節がある。実のところガチ恋よりも信者のが厄介なんだよなァ……ここら辺で、一度ハッキリさせておいた方がよさそうだ)