663.Side Story:The men's party that came back.6
フリードルからの質問──否、相談を受け、レオナードは真剣にその頭脳を働かせる。どんなくだらない相談であろうとも、皇太子からの相談であれば蔑ろになど出来ない。
レオナードは、テンディジェル大公の名代として、皇太子直々の相談にかつてない緊張感で挑む。
「ええと……そう、ですね。手を尽くしたとのことですので……ここは一つ、新たな一面を見せるのはいかがでしょう」
「新たな一面? ……ふむ、詳細を話せ」
「名付けてギャップ萌え作戦です」
「ギャップ萌え」
フリードルが復唱した辺りで、ついにカイルの我慢の限界が訪れた。彼はそれはもう大胆に「ブッフォッッッ」と噴き出し、机をバンバンと叩きながら、なんとか声を押し殺して大爆笑していた。
ジタバタと足を動かし、「ダハッ! ルァッ……ホォッ……! んふっ、ふ…………ッ!!」と、どうにか声を上げて笑うことを我慢しているようなのだが、まったくの無意味である。
「おいそこの塵芥。人が真剣に悩んでいるというのにそれを嘲笑うとは、随分といい趣味をしているようだな」
「!!」
笑いすぎて涙が出てきたカイル。彼の頬に、涙か冷や汗かわからないものが滲んだ瞬間、
「死ね」
フリードルがカイルを氷漬けにし、男子会は一時静寂を取り戻した。カイルは犠牲となったのだ。そう、男子会の静寂というものの犠牲に。
「……エンヴィー。アレ、一応溶かしてやれ。アイツの番まだ来ていないし」
「承り〜〜」
言って、エンヴィーは席を立ち、氷漬けのカイルに触れて「お前ホントに馬鹿だなー」と呆れの言葉を投げかけ、その氷をゆっくりと溶かしはじめた。
「……はぁ。邪魔が入ったな。レオナード、続けろ」
余計なことを、とばかりに恨みがましくエンヴィーを一瞥し、フリードルは話を進める。
(大丈夫かな、カイル王子……でもちょっといい気味かも……)
「──わ、わかりました。それではですね、語らせていただきます」
ごほんと咳払いし、レオナードは語りだした。ギャップ萌えのなんたるかについて、それはもう熱弁した。本の虫たる本能が疼くのか、己が持つ御伽話から娯楽小説までのあらゆる物語知識を総動員し、彼はまるで演説かのように朗々と語る。
「……──と、いうわけで。少々厳酷なきらいのあるフリードル殿下でしたら、とことん優しく甘く、いわゆる“溺愛”に踏み切ってみるのも一つの手かと」
「溺愛…………。溺愛とは具体的に何をすれば成立するんだ」
「ぐ、具体的に……ええと、溺れるぐらい愛すると書いて溺愛ですし、とにかく過剰なぐらい愛情を示す、とかですかね?」
「ほう……参考にしよう。貴重な意見をありがとう、レオナード」
「お力になれて何よりです」
(──というか。俺、敵に塩を送っちゃったんじゃ……!?)
ここまできて、レオナードはようやく己の過ちに気づく。
(もしもこれで王女殿下がフリードル殿下に夢中になったりしたらどうしよう!? 俺の勝ち目、もっと無くなるよ?!)
そんなことはそうそう無いと思うが、レオナードはローズニカ同様妄想癖がある。どんどんと妄想を飛躍させ、最悪の展開ばかり想像しては勝手に青ざめていた。
(やはりレオナードの知恵を借りて正解だったな。過剰な程に愛情を示す…………その方法はまた、参考書を読んで検討するか)
あわわと震えるレオナードをよそに、フリードルは顎に手を当てほくそ笑む。この場で人でも殺したのかと問いたくなる冷たい笑みに、マクベスタは思わず、
(まずはその、泣く子も更に泣く悪どい笑顔から改善すべきなのでは……?)
と辛辣な感想を抱いていた。
「……ああ、僕の番はこれで終了でいい。次はデリアルド伯爵の番だ」
「ん? 俺の順番か」
名前を挙げられたアンヘルは、ほんの数拍程間を置いて、隣のフリードルを真剣な面持ちで見つめた。
一秒。十秒。三十秒。怪訝な様子で睨み返すフリードルと、一世一代の告白でもするのかと勘違いしてしまう程に摯実な様子のアンヘルが、その視線を交わらせる。
「──皇太子。妹さんを俺にくれないか?」
「断固拒否する」
真剣な面持ちのアンヘルから放たれた予想外の問いに、フリードルは怒気を含んだ声で食い気味に答えた。
「即答かよ。もう少し検討してくれたって構わねぇだろうが」
「たとえ天地が入れ替わろうがそのような希望は一切合切叶わない。叶えさせやしない。だから今すぐそのような馬鹿げた望みは捨てろ」
「そう言われてもな……簡単に諦めがつくものならこんなにも苦労してねぇっつの。だから俺は、この望みも懸想も捨てねぇ。捨てたところでどうせまた恋するだけだからな」
「…………チッ」
まったく諦める様子を見せないアンヘルに、フリードルは堂々と舌打ちした。父親譲りの鮮やかな舌打ちは、静かな部屋によく響く。
「……すごい勢いで終わったけど、このまま次に進んでもいいのか?」
シルフが念の為に確認すると、
「進んで大丈夫だぞ、精霊さん」
と言って、アンヘルはどこからともなく取り出したクッキーを頬張りはじめた。その姿に呆気に取られつつ、シルフは「あっそう」とだけ呟き男子会を進行する。
「じゃあ次は……お前だな、要注意人物その二」
「?! 要注意人物、ですか……?」
「ボクに意見か?」
「いえ、そんなまさか」
気難しい精霊のご機嫌取りに励んだミカリアは、質問内容とその相手について逡巡する。暫しの沈黙の後、彼はようやく面を上げた。
「……麗しき精霊様。あなたに一つ、お聞きしたい事柄がございます」
「またボクか……はぁ。いいよ。ほら、さっさと言いな」
「ありがとうございます」
何度目かの指名に、シルフはため息を一つ。自分が企画したものなのに、酷い態度である。
その態度に眉を顰めつつも、ミカリアは口を切った。
「……──あなたは、姫君をどう想っていらっしゃるのですか? あなた程の上位精霊様が、気に入っているからという理由だけで、ただ一人の人間の少女にここまで肩入れするとは……到底考えられないのです」