657,5.Interlude Story:Others
時は遡り、数時間前。アミレスの頼みを聞いたシルフ達はお使いの為に王城を飛び出し、建国祭で賑わう街へとやってきた。
「それで? ボク達は何を買って、あの吸血鬼に届けてやればいいわけ?」
(主君の話を聞いてなかったのか……)
「──そうですね、いくつか候補がありますので一つずつ買いに行きましょう」
「ふーん。アミィは優しいね。他人如きに自分の財産を分け与えるなんて。ボクなら絶対しないよ」
今日の髪型はゆるふわお団子ヘアー。そんなシルフが可愛い髪型に似合わぬ厳しい顔をするものだから、アルベルトは静かに目を逸らし、エンヴィーは小さく唸った。
「……まー、案内はルティに任せりゃいーか。俺も街に出るのは久々だし色々見て周りてぇーなー。姫さんへの貢ぎ物でも探すかー」
「は? 勝手な行動をするなよエンヴィー。殺すぞ」
「理不尽!」
タランテシア帝国で主流の衣裳に身を包み、大きな三つ編みを揺らすエンヴィー。その顔にも彼の国特有の化粧が施されていることから、まさに異国の旅人のよう。
そんな上司と同僚を意識の外に追いやり、古めかしい貴族の正装を着こなす青銀の長髪の男──フリザセアは辺りをキョロキョロと見渡していた。
(ずっと、星空からこの国を見守っていたが……こうして地に降り立って見ると随分と違って見えるな。それに……とても、居心地が良い)
己の加護を受けた土地。大陸一の極寒の地と言われる、氷の国。
だがしかし。彼がこの地に加護を与えたという訳ではないのだ。かつて彼が氷の魔力を与えた人間が、強大すぎる魔力の一部を宝石に、更に一部をこの大地に封印したことにより──その魔力が広く浸透して、氷の国は事実上氷の加護を受けた状態となったのである。
だからか、フリザセアは心地良さを感じていた。彼にとってはこの国全域が己の領域のようなものだから。
「「「じぃー…………」」」
「……」
柄にもなく感傷に浸っていたフリザセアの足元で、三人の少年が彼を凝視する。その視線に気づいたフリザセアは、心底興味の無い様子で冷たく少年達を見下ろした。
「おじさん、もしかして皇帝陛下の家族なの?」
「こーぞくの人と同じ色してる!」
「知ってる? ぎんいろの髪はね、こうぞくの人にしかゆるされないんだよ。ふけーざい? っていうのでころされちゃうから、今すぐやめたほうがいいよ?」
「…………」
少年達がわっと騒ぎだすと、
「あらほんとだわ、あの人銀髪よ……?」
「遠い国から来たのかしら。この辺りでは銀髪はフォーロイト皇家にしか生まれないと聞くもの」
「この国で銀髪を晒すなんて、命知らずにも程があるぜ」
「まあっ。あの男性、目の色もフォーロイトの色よ! 不遜ねぇ……」
観衆の視線が一挙に集中し、フリザセアは四方八方から批難と好奇の言葉を向けられた。
ここまで騒ぎになれば、じゃれあっていたシルフとエンヴィーも気付くというもの。二体はフリザセアに視線を送り、
「シルフさん、アレどうします?」
「どうするもこうするも……アイツに任せるよ。好きにすればいいさ」
こそこそと耳打ちする。この騒ぎの中でも彼等の話し声が聞こえたのか、フリザセアは無表情のまま小さく白い息を吐き、再度少年達を見下ろした。
「……俺は、そもそも人間じゃない」
「えー、どういうこと?」
「おじさん、どう見ても人間じゃん」
「そうやって、おれたちがこどもだからってテキトーなこといってバカにすんなよ。おとなってそーゆーところあるよな」
少年達はたいへん威勢がよく、喋りたくないオーラ全開のフリザセアに果敢に食いつく。
「…………はぁ」
我が子でもない人間と関わる事が煩わしいのか、淡い氷晶を舞い散らす髪を靡かせ、彼が踵を返した途端、
「にげた!」
「ふけーざいのおじさんが逃げたぞ!」
「逃げたってことは悪いことしてる自覚があるんだ!!」
少年達が活き活きと叫びはじめ、辺りは騒然とする。フリザセアが不敬にもフォーロイト皇族の真似事をした罪人だとする論調が強くなってきたところで、警備隊が到着し、フリザセアはなんと彼等に囲まれてしまった。
「けーびたいの人! そのおじさん、へーかのマネしてる悪いヤツ!」
「はやく捕まえて豚箱にぶちこんで!」
「ふけーざいだよ、ふけーざい!」
「こら、子供がそんな言葉使ったら駄目だぞー」
と、警備隊の一人が興奮した様子の子供達を宥めるなか、残りの隊員三名程がフリザセアへの取り調べを行う。
「して、あなたは何故その色を? ご存知かとは思いますが、銀の髪は帝国における最も尊き色。フォーロイト皇家の方々にのみ許された高貴なる色です。何やら貴族のようにお見受けしますが……かと言って、その色を選ぶのは許されざる事。ご同行願えますか?」
「……俺は生まれつきこの色だが」
「しかしこの辺りの国では銀色の髪は皇族の方々のみが持って生まれるもの。生まれつきというのはどうにも信じ難い」
「異国の方でしたら、その辺りの事情を汲んで情状酌量の余地ありと、刑も軽くなるかと思われますので。ひとまずはご同行していただきたい」
「…………俺は、人間ではないのだが」
「? 何をおっしゃいますか。どこからどう見ても人げ──ッ!?」
我慢の限界だったのか、フリザセアは手袋を外して男の手を鷲掴みにした。するとみるみるうちに男の手が霜焼け、果てには凍ってゆくではないか。
「ひッ、ひぃいいっ!? 手がッ、俺の、手がぁああああっっっ?!」
「貴様何を……ッ!?」
「今すぐ彼から手を放せ!!」
フリザセアから距離を取り、警備隊は剣に手をかけた。そして、言われた通り男から手を放したフリザセアは呆れたようにため息を一つ。
「まだ、分からないのか。我が姫が守り慈しんで来た民というものは、かくも愚かなのだな」
冷たく吐き捨て、彼はゆっくりと面を上げた。一滴も血が通わぬような、氷点下の美貌を。
「……──嗚呼。なんと、嘆かわしい」
そして彼の足元で白藍の魔法陣が煌めき、瞬く間に巨大な氷像──ある少女の勇敢なる姿を象った、全長三メートル余りの氷の像を作り上げた。
スポットライトを浴びているかのように、氷像の周りを大小様々な氷晶が舞う。その隣で氷の板に何かを刻印しつつ、彼は小さく微笑んだ。
(君の頑張りをもっと多くの人間に知らしめようと思って、この氷像をどこかに設置しようと検討していたんだが……丁度いい機会が訪れたな)
「──よし、完成だ」
氷像の題名が書かれた氷の板を氷像と一体化させ、彼は満足げに頷く。【氷結の姫騎士】と題された氷像を見上げ、人々は言葉を失った。
「こッ──」
「「「「「「氷の魔力────ッッッ!?」」」」」」
フォーロイト皇家を騙る悪人かと思いきや、皇族と同等かそれ以上に氷の魔力を巧みに操る男を見て。帝国民は酷く混乱した。
人々がどういうことだと口々に困惑し、大騒ぎになってきたところで、
「アミィの氷像とはな。やるじゃないかフリザセア。後でこれ、ボクの部屋にも作ってよ」
「え〜〜マジで姫さんじゃん! すげーなフリザセア! ……俺は下手に近づけねーのがすげぇ悔しいわ」
シルフとエンヴィーが氷像を見上げ感嘆の息を漏らした。
「あ、あの……っ、あなたは、一体……!?」
腰が引けた様子の警備隊がおずおずと訊ねると、フリザセアはまた白い息をこぼし、
「──お前達の王、フォーロイトの祖先に氷の魔力を与えた氷の精霊。それが俺だ」
相変わらず温度の無い表情で、淡々と答えた。
「こ、氷の精霊────ッ?!」
警備隊の男が慄くと、その驚嘆は伝播して辺り一帯が大騒ぎになる。帝国民が心より恐れ敬う氷の魔力──それを司る精霊が目の前にいるのだ。先程の無礼を思い返し、多くの人からサッと血の気が引いた。
が、当のフリザセアにとってはそれすらも興味の外にある事柄。彼はエンヴィーの元に向かい、
「あの人間の手、お前ならば治せよう」
「なんで俺に丸投げするんだよ……ったく、しょうがねーな」
先程手を凍てつかせた男を指差した。
エンヴィーが「手ェ凍った奴ー? 温めてやるからこっち来い」と渋々尻拭いをしている間も、フリザセアは我関せずとばかりに近くの紅茶専門店を眺めている。
そんな自由気ままな精霊達を見て、
(……このヒト達と一緒にいるの、もう既に疲れたな…………)
アルベルトは現実から目を背けるようにキュッと目と口を閉じた。