656.Main Story:Ameless
やらかした。やらかしてしまったわ。
アンヘルの誕生日プレゼントを用意してなかった……ッ!
一応彼は元敵国の辺境伯。そんな人に個人的なプレゼントを贈ってもいいものかと思い悩み、結局何も用意できていなかったのだが……そもそも彼は私の誕生日にプレゼントをくれたじゃないか。私宛の魔導具たちを見て、あのケイリオルさんが慄いていたじゃないか!
なのに私は何も用意できないまま彼の誕生日当日を迎えてしまった。そんな私への罰なのか、当日に本人とバッタリと遭遇。とにかく私は平謝りした。
なんならこの後買いに行きましょう! と提案したのだが、彼も用事があるようで断られてしまった。『プレゼントならもう貰ってる』と心当たりの無い言葉ではぐらかされ、別れ際には何故か私が手土産まで戴く始末。
流石にこのままとはいかない。なので帰宅後にパパッと書類を片付け、慌ててアンヘルが喜んでくれそうなものを選び抜いた。
ただでさえ二十四時間フルタイムの調査中で疲れてるアルベルトに、これ以上無理をさせるわけにもいかず。めちゃくちゃ拗ねてたシルフに頼みこんで、外出中に何があったのか事細かに話すことを条件に、プレゼントの調達と配達をお願いしたのだ。
大抵の店屋が既に営業終了している時間だったので、買いに行けるのは早くても明日。そこは精霊さん達でもどうにもならないので、アンヘルの誕生日プレゼントは明日の朝イチで買ってきてもらい、その足で配達してもらう手筈になった。
♢
「アミレスー、あんたの客が来てるよ。とりあえず応接室に通したから」
六月九日の朝。建国祭関連の仕事中の私のもとに、ユーキがやってきた。
「ありが……って、なんで貴方が侍女服を着て侍女の真似事をしてるの?!」
「暇だったから。シャル兄とジェジも着替えようとしたけど、二人は上手く着られないとかサイズが合わないとかで、悪戦苦闘中。どう、似合ってるでしょ?」
「似合ってるけども……」
類稀な体幹にてその場で綺麗にターンし、ユーキは侍女服を正円に膨らませた。身長があるものの、元々細身かつあの美貌だ。ユーキが長身のボーイッシュ美女メイドに見えてくる。メアリーが見たら喜ぶだろうなぁ。
っと。ユーキ達の引越しは明日、六月十日に行う予定になっている。あの土地と物件の所有権を彼に譲渡する手続きがそこそこ時間がかかるもので、明日には手続きが完了しその証明書が発行される予定なのだ。
「それより。私のお客様が待ってるのよね」
「うん。結構な修羅場になりそうだから、覚悟しておきなよ」
「しゅ、修羅場ですって……?」
ユーキが愉悦に満ちた爽やかすぎる笑顔を浮かべる。ここまで含みしかない笑顔ってこの世に存在したんだなぁ……。
「──アミレス様!」
「──アミレスちゃん!」
応接室の扉を開けると、そこにはメイシアとローズがいた。まったくの同時に私の名前を呼んだ彼女達は、むーっと頬を膨らませて睨み合う。そんな彼女達を可愛いなと思う傍らで、私は話を進めようと一歩踏み出した。
「久しぶりね、メイシア。ローズ。いつも忙しい貴女達と会えて嬉しいわ。うちには何か仕事で来たのかしら?」
メイシアはシャンパー商会。ローズは大公名代のレオの補佐。私の数少ない女友達は、揃いも揃って多忙なのだ。
だからこうして彼女達と会えたことがとても嬉しい。
「いえ、今日は一日お休みでアミレス様と過ごしたくて、急ですがお訪ねさせていただきました。……そしたら、ローズニカ様が東宮の前にいらっしゃって」
じろりとメイシアがローズを睨む。
「わ、私は……アミレスちゃんに用事があって……東宮に着いたところで、メイシアさんとばったり会って」
ローズも負けじと眉尻を上げる。いや、何に勝とうとしてるのかしら。
「本当に驚きましたよ。まさか偶然恋敵と遭遇し、こうして共にアミレス様を待つことになるとは」
「い、一応……私の方が先にアミレスちゃんを訪ねていましたからね!」
「先と言ってもほんの一分や二分の話ですよね? 中に通されていたならまだしも、ローズニカ様は東宮の前にいて、結局わたしと共に案内されたではありませんか。それで先客であると主張されるのは、いかがなものかと」
「うぅ……それはそう、ですけど……」
淡々と捲し立てるメイシアの圧に、ローズがたじろぐ。未だかつてない程に険悪な空気を醸し出す二人を、私は黙って見ていることしか出来なかった。
「私はっ、今日はどうしてもアミレスちゃんとしなければならないことがあるんです! なので今日は私に譲ってくれませんか、メイシアさん」
「お譲りしたいのは山々ですが、わたしにとって今日はなんとか得た久々の休日なのです。アミレス様の隣は、絶対に、譲れません」
互いに一歩も譲らない姿勢で、彼女達は睨み合う。
……これは確かに、ユーキの言っていた通りの修羅場だ。しかも私が間に挟まれているような構図の修羅場だわ。あぁ……なんだか胃が痛く……。
「二人共、とりあえず落ち着いて。ひとまずそれぞれの用事を聞いてもいいかしら? はい、メイシアからどうぞ」
「今朝、急遽予定していた商談と会食が延期になったことで一日休日になったのです。なのでこれは天からのお告げと思い、アミレス様と一緒に建国祭を回るべく、こうしてお訪ねした次第です」
「成程。ローズは?」
「私は……その、お仕事関係というか。建国祭終盤のパレードで私とお兄様で何かパフォーマンスを、って打診されてたんだけど……今になってアミレスちゃんが舞踏会で披露したものもどうだ、って古狸さん達がふさけたことを言い始めて。その相談をしに来たの」
「そうなのね。迷惑をかけたようで申し訳ないわ」
ところで、ローズは中年太りの貴族達を古狸さんって読んでるの? レオの影響とかかな……。
「それなら……うん。ひとまずはローズの件を片付けようかしら」
「! 本当っ!?」
「……?!」
ローズの表情が明るくなると同時に、メイシアの表情が露骨に暗くなる。
「でもメイシアとの時間を全て捨てるつもりはないわよ?」
「え……?」
縋るようにこちらを見上げてくるメイシアと、不安げに眉尻を下げるローズに向け、私は自分勝手な言葉を吐く。
「だって私、二人のことが大好きだもの。一緒にいられるのなら、どちらかだけじゃなくて、どちらとも一緒にいたいわ」
「「!!」」
「駄目……かしら?」
「「!!!!」」
二人の顔が、チューリップが満開になったように、愛らしく真っ赤に染まる。
あわわと口をパクパクさせるローズの隣で、ハートに煌めく瞳をギンと見開き、
「アミレス様はまたそうやって! わたし達がどれだけ貴女の一挙一動にドキドキするか分かっててやってますよね?!」
「そ、そんなつもりは……」
「そうやって無自覚に愛嬌を振り撒かないでくださいっ! わたし達をどうしたいんですか! もっともっと貴女を好きになれと? とっくに大大大好きですよアミレス様のばかーーーーっ!!」
「ご、ごめんなさい……?」
メイシアが、ポカポカと私の体を叩きながら訴えかけてくる。その後方では、ローズがぶんぶんとヘドバンのごとく頷いていて。
私はどうやら……また、何かやってしまったらしい。