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66.一通の報せ6

「お前に謝られるとより一層惨めになるんだが……」

「そもそも王女殿下が俺達みたいな平民に謝らないで」


 私の謝罪は彼等を傷つけてしまったらしい。ラークが「寿命が縮む」と繰り返すので、私はそれ以上謝る事が出来なかった。

 その後、私達はとりあえず、腰を下ろして話す事になった。あの時同様、ラークの入れた紅茶が出される。


「で、何でこんな時間に殿下はここまで来たんだ? シャルへの用事って?」


 ディオがそう口を切った。どうやらイリオーデから簡単にだが話を聞いていたらしい。

 一度ちらりとマクベスタの方を見ると、マクベスタはこくりと頷いた。それを確認してから、オセロマイト王国の現状と私達がこれからする事をいくつか話した。

 彼等はその話に真面目に耳を傾けてくれた。まさかオセロマイト王国がそんな事になっているなんて、と大層驚いていた。


「なぁ、殿下……まさかとは思うが、今からオセロマイトに行こうなんて考えてねぇだろうな」


 ある程度話し終わったところで、ディオが神妙な面持ちでそうこぼした。


「よく分かったわね、今夜から可能な限り休まず行くつもりよ。でも、オセロマイト王国との国境まで最低でも一週間はかかるの……正直、この出発は遅いぐらいだわ」


 オセロマイト王国に着くまで最低でも一週間はかかる……その事実で、私は奥歯を噛み締めた。

 幸いにも帝都から西方向へ直進すればオセロマイト王国に着くし、その道中に障害らしい障害は無い。なので馬車でほぼ休まず進めば一週間、歩きならば一ヶ月はかかるのだ。

 だがしかし……一分一秒を争う今、一週間という日数はかなり大きい。非常に危うい期間なのだ。

 だが馬だって生き物だし、休まなければ動けない。ノンストップでというのは不可能なのだ。……こう言う時、車があれば便利だったんだろうな。

 すると突然、ディオが机を思い切り叩いて立ち上がった。


「夜にガキだけで長距離の移動だなんて野盗共の格好の餌だぞ?! そもそも伝染病が流行ってるなんて危険な場所に、アンタがわざわざ身を投じる必要なんて──」

「あるわ。だって……私がやらなければ誰もやらないんだもの」

「──な……っ!?」


 ディオは私達の身を案じて声を荒らげている。しかし私はそれを両断し、眼帯で隠されていない彼の片目を真っ直ぐ見つめた。

 ディオが言葉に詰まったのを尻目に、私は更に続けた。


「確かに人類は病に勝てなかった。病なんて自然災害に等しい災厄に、人類は全然太刀打ち出来なかった……私のような無力な小娘が我儘で動いた所で、大した事は出来ない。分かりきってるわ、そんな事」


 ディオの薄暗い瞳が私を映す。

 しかしそれも束の間、ディオは瞳を伏せて言った。


「……なら、どうしてそんな無謀な事をしようと思ったんだ」


 その問に、私は少し間を置いた。

 あまり深くは考えて来なかった事だからだ。しかし、いざそれについて考えると……私の中にはただ一つ、単純な答えがあったのだ。


「無謀だろうが無茶だろうが、例え蛮勇と言われようが──何もしないよりかはずっと良いから」


 どこかの誰かが言っていた、しない善よりやる偽善という言葉。私はあの言葉にとても共感し、とても憧れていた。

 例えそれが偽善であろうとも、その人が何かを成したと言う事には間違いないのだから。

 そんな事に憧れていたらしい『私』は、無為無能な人にだけはなりたくなかった。

 偽善だとか蛮勇だとか、別に何と言われてもいい……ただ、何も出来なかった奴と思われ言われるのだけは絶対に嫌なんだ。

 私のそんな決意に、ディオ達は口を開けたまま言葉を失っていた。しかしその中でただ一人、シャルだけは変化を見せたのだ。


「……ふっ、そうか。王女様が俺を呼んでいた理由が分かったよ……王女様は、何かをする為に、俺の力が必要なんだな」


 シャルは顎に当てていた手を下ろし、そしてとても穏やかな微笑みを浮かべた。


「王女様はとても賢い。だからきっと俺の魔力の使い方に気づいたんだろうな……確か未曾有の伝染病だったか。うん、俺で良ければ王女様の力になろう」


 そう言って、シャルは握手を求めるかのように右手を差し出して来た。

 今の話とシャルに用があると言う発言から、彼は私が何を求めているかに気づいたようだった。

 するとシャルの右手を下ろさせるように、ラークがシャルの腕を上から押した。その顔には焦燥の色が浮かんでいた。


「シャル!!」

「良いんだ、ラーク。王女様はきっと悪いようにはしないだろう。俺の力が彼女の役に立てるのなら、私兵としては嬉しい事だ」

「…………だけど……っ」


 シャルが伝染病の蔓延するオセロマイト王国に行くのが相当嫌なのか、ラークが必死にシャルを止めようとする。

 まぁ確かに……普通は嫌よね。さっき致死率もかなり高い病らしいって話しちゃったし、いたずらに恐怖を煽ってしまったかもしれない。

 しかし個人的にはシャルの協力も仰ぎたい。なので私は、ラークの説得を試みた。


「安心して、ラーク。例えこの先何があろうと……貴方達の事は私が守る。私の全てを賭けて、守り抜いてみせるから」


 私に直接伝染病をどうにかする術などないのに、私はそうやって虚勢を張った。だがその決意だけは確かにある。

 本当に口から出まかせなのだが、私に出来る限りの事はやるつもりだ。

 だから安心してくださいラークお母さん……シャルの事は私が責任もって守りますので! どうか預けていただけないでしょうか……?


「……本当に、シャルの事を守ってくれるのかい?」


 不安げなラークの瞳が私に向けられる。私はそれに頷き、「勿論」と答えた。

 すると緊張状態にあった彼の顔が少し綻んだ。


「そう。なら、これからもどうか……シャルの事をよろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそよろしくね」


 こうしてシャルの協力を得られた私は、ついでとばかりにどなたか馬車を運転してくれませんかねと打診した。

 それにはイリオーデが食い気味に挙手してくれたので、馬車の運転手はあっさりと見つかったのだ。

 私達と一緒に来てくれる人はシャルとイリオーデとディオの三人。エリニティとラークは留守番らしい。

 急で申し訳ないのだが、もうこの後すぐ行きますと告げると三人は慌てて準備を始めた。彼等が準備をする間、私達は先に馬車まで戻っておく事にした。


「アミレス、この後は例の司祭の元に行ってからオセロマイトに向かうんだったな?」

「そのつもりよ。シャンパー商会には注文したものを国境近くの村まで運んで貰う事になってるから、その時が来れば私に連絡が来る筈。それまでは、私達はオセロマイトで右も左も分からないまま救命活動を行う事になるわね」

「……本当にオレ達がオセロマイトを救えるのだろうか」

「救えるのか、じゃないわ。救うのよ……私達が」


 馬車のすぐ側で、私達は話していた。そりゃあ不安が無い訳ではない。寧ろ不安だらけだ。

 しかし生憎と私にはオセロマイト王国を救う以外の選択肢が無い。

 ……残念な事に、その手段も無いのだけれど。本当にどうしようこれ、ここまで言い切って何にも出来ませんでしたじゃ済まされないわよこれ。

 本当にどうしたものかと頭を悩ませる。なんかファンブックとかにそれらしい情報無かったかな〜! と必死に記憶の引き出しを開けては閉めて開けては閉めて。

 しかしなんの成果も得られず、ただ、欲しい情報が得られず私の精神が追い詰められただけであった。

 なんて前衛的自傷。自分で自分の首を絞めたわね。と、一人で脳内茶番劇を繰り広げていると。


「おねぇちゃん」


 私の服をくいっと引っ張りながら、シュヴァルツが私を呼ぶ。

 どうしたの? と優しく笑いかけると、シュヴァルツは爽やかな笑顔で私達を見上げてこう言った。


「馬じゃ時間がかかるから、別の生き物にしなーい? ぼく、いいのを知ってるよ!」

「えっ」


 驚きから思わず言葉が漏れてしまったが……確かに馬車では日数がかかり過ぎる。だがしかし……この世界では馬車以外の乗り物はほとんどと言っていいほどに無い。東の国には騎竜隊なる飛竜にのる兵士もいるそうなのだが、西側諸国にはそんなものはいない。

 だからこそ、我々の交通手段と言えば馬車一択なのだが……シュヴァルツの『いいのを知ってる』と言う発言は一体どういう事なのだろうか。


「とりあえず呼ぶねぇ」


 ぽかんとする私達の事は気にせず、シュヴァルツは楽しそうに笑いながら巧みに指笛を鳴らした。

 それは気持ちのいい音を夜に染まる街に響かせた後、程なくして、空中より真っ白な二頭の虎が舞い降りた。獰猛な面持ちの虎の体毛ではバチッ、バチッと電気が激しく弾ける。

 シュヴァルツは舞い降りたその二頭の虎と小声で何かを話すようにして、少ししたら、くるりとこちらを振り向いた。


「はぁい、こちらぼくの地元では定番のペットの雷虎プラズマタイガーでーす! 足がすっごく早いから、これなら多分三日ぐらいで着くと思うよぉ」


 シュヴァルツはドヤァ……と大変可愛らしい表情をしているのだが、それ以上に色々とツッコミ所が多くて、私はとにかくその雷虎プラズマタイガーとやらをじっと見つめていた。

 見た目としてはホワイトタイガーに近いものの、その頭部には謎の一対の角が生えておりファンタジー感を醸し出している。

 そしてやはり一番のファンタジーは……雷を纏ってる事だよなぁ。何なんだろうこの強そうな虎。


「ただ気性が荒くて御するのが面倒……じゃなくて大変だからぁ、多分今回限りになっちゃうかな〜。帰りは普通の馬になっちゃうかもぉ」


 ねー? と満面の笑みで虎を一瞥するシュヴァルツ。虎はまるでシュヴァルツの言葉を完全に理解しているかのように、何度も大きな頭部を縦に振っていた。


「……シュヴァルツの地元ではあのような見た事も聞いた事も無い獣をペットとするのだな……何と強い国なのか」

「多分、修羅の国とか出身なんじゃないかしら……知らないけど……」


 虎から視線を外す事無く、私は頭に宇宙を展開させながら適当に話していた。

 私は近づくだけで感電する恐れがあるそう(水の魔力を持つ人間は他の魔力に比べ雷に近づくだけで簡単に感電するとか。あれ、じゃあマクベスタに近づくのは……??)なので、虎に近づくのは雷の魔力を持つマクベスタだけ。

 シュヴァルツとマクベスタが二人がかりで馬から虎へ馬具を移そうとしてはサイズが全く合わないと悪戦苦闘する間、私はぼーっとそれを眺めていた。単純にやる事が無かったのと……ふと、とある事を思い出したのだ。

 確か前にシルフが言っていた──シュヴァルツには、全くと言っていい程魔力が無いと。僅かにはあるようなのだが、それは本当に微量で……あんな瞬間転移が使える程では無いとシルフからは聞いていたんだけど……。

 シルフがそんな事でわざわざ嘘をつく理由が無いし、シュヴァルツに魔力が無いのは事実なのだと思う。

 だがしかし。私達の目の前でシュヴァルツが空属性の瞬間転移を使用した事もまた事実。何がどういう事なのか分からなくなってきたわ……。

 う〜ん……と小さく唸りながら考えていると、ふと背後に何者かの気配を察知した。


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