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652.Episode Angel:Quiero enamorarme de ella.

『さて。アミレスが勇気を出したのだから、俺も頑張らないとな』

『なっ……何してるの、カイル?』

『大丈夫だよ、アミレス。理論上はね』


 変人王子がそのこめかみに魔導兵器(アーティファクト)を突きつけると、彼女は酷く焦った様子で狼狽えた。

 その姿を見てまた胸がチクリと痛んだ、その時。


『彼はなんと言っていたか──……そうだ、『諸君、狂いたまえ』だったか』


 変人王子が、自分の頭を撃った。糸の切れた人形のように倒れたあいつに駆け寄り、『カイル! カイルッ!!』と彼女は何度も叫ぶ。

 だがこの時ばかりは。俺は彼女の狼狽っぷりよりも、変人王子が使った魔導兵器(アーティファクト)に意識を持っていかれていた。

 頭の中で次々と理論を組み立てる。あれこれと試行を繰り返し、やがて『主目的は、精神干渉。その銃は、高確率で精神崩壊を誘発する大博打の魔導具(ロシアンルーレット)だ』と結論を弾き出すと、


『精神崩壊……? なんでそんなものを、カイルが…………』


 彼女は信じられないとばかりに呟いた。

 その目と目が合い、勝手に胸が高鳴る。前代未聞の魔導具を目にした喜びと、思い出せない誰か(・・)と言葉を交わした喜び。それらにより、我ながらびっくりする程声が弾む。

 どうしてあそこまであの魔導具に興味惹かれたのか、今なら分かる。俺はきっと──あの魔導具があれば、忘却に囚われた俺でも記憶を全て取り戻せると、本能でそう悟ったのだろう。

 改めて、変人王子の口から予想通りの効果を聞き、口角が自然と上がったと思えば、


『あのね、カイル。私──……■■っていうの』

『…………え?』

『フェアじゃないかなーと思って言っただけだから。気にしないでね』

『いや、ちょっ……何そのCO?! 俺の緊張感返して!?』


 名も思い出せぬ彼女と、変人王子が、まるで睦言のように唇を寄せ合いひそひそと話す。それを見て、誰が笑っていられようか。

 果てしなく怒りが湧き、胸が燃えるように苦しい。


『──なんだ、この胸焼けみたいな痛みは……?』


 嫉妬か? それとも憤怒か? 火種の分からない焼けたような痛みが、この胸を焦がし苛立ちを募らせるのだ。

 そうしてボーッとしてる間に、俺とフリードル・ヘル・フォーロイトは変人王子の魔法で隔離され、奴と戦う羽目になった──。



 ♢



『っ!?』

『手が悴んだか。この寒さの中では、人間は最良の状態を維持出来ない。──氷と戦闘に気を取られ、冷気(・・)に気づかなかったようだな、間抜け』

『ふっ……んなモン、こわくともなんともねぇよ! そもそも俺はなぁ──火の魔力も持ってんだわ!!』

『チッ…………しぶとい奴め……!』


 変人王子とフリードル・ヘル・フォーロイトが戦っている。

 何故俺はこんな状況に置かれているのか、と考えているうちに。あの二人の戦いは苛烈の一途を辿る。


『徒花よ、生命(いのち)を吸い上げ咲き誇れ──氷華繚乱(ブリザード・フロース)!』

『汝は魔女。汝は罪人。汝は架刑に処されし者。故に、汝はこの場にて死に至るだろう! 魂焦がす裁きの炎ラストノート・インフェルノ!!』


 ──あ、まずい。これ、二人共死ぬ。

 俺は、直感でそう悟った。

 どうする、どうすればいい? もしここでこいつ等が二人揃って死んだ日には──……、


『アンヘルも来てくれたんだ。朝弱いのに、ありがとう』


 あいつは──俺の心を何度も奪った、身内にクソ甘い無責任なあの女は。もう、笑わなくなるんじゃないのか?

 途端に得体の知れない恐怖が全身を包み、その影響か己の内にある願いに気づいてしまった。

 ……──何度も見惚れてしまうあの眩しすぎるものを、もっと見ていたい。そんな馬鹿げた願い。

 それが、未来永劫叶わなくなるというのか? 


『……──!』


 馬鹿だ。俺はとんだ愚者だ。記憶に無く、身に覚えも無い懸想の為にこの身を賭すなど、無意味でしかないのに。……──記憶にない無数の感情が、愚かになれとこの体を突き動かす。

 身に覚えのない懸想で嫉妬して、憤怒して。……まるで、道化のようじゃないか。

 ──あぁ、いいとも。彼女の笑顔を守れるのなら、道化で結構! いくらでも恋に溺れた馬鹿に成り下がってやる!!


『アンヘル……!?』

『あぁクソ、血がごっそりなくなった。後で補充しないと…………無事か、変人。無事じゃなかったらぶん殴るぞ』

『なんで?!』


 俺が変人王子助けた一方で、フリードル・ヘル・フォーロイトも、災害野郎と青髪の騎士が助けたようだ。

 ……──これで、彼女は悲しまないだろうか。これで、彼女の笑顔を見られるだろうか。


『いい所に来てくれたな、イリオーデ! ちょっと、フリードルの相手を頼んでもいいか?』

『……何故私が?』

『ソイツ、アミレスの邪魔してるんだよ! あと──ぶっちゃけ、俺は相性が悪い!!』


 ……──アミレス。喪われた記憶の中の誰かも、そんな名前だった気がする。

 そうだ。彼女は確か、そんな名前だった。『アミレス』…………その言葉が、不思議なぐらい心にすっぽりと収まる。

 全然呼んだことがなくて後悔した名前。心で復唱するだけで胸が高鳴る名前。きっと、これが彼女の名前だ。

 ……思い出したい。あんたのこと、あんたと過ごした時間、あんたと交わした言葉……その全部をちゃんと思い出したい。

 俺も他の連中みたいに──……あんたとの思い出が欲しくてたまらないんだ。


『なあ、変人。つい先程、おまえは『精神を狂わせることで人格改変を帳消しにする』と言っていたな?』

『え。この魔導具のことなら、まぁそうだけど……それがどうしたんだよ』


 問うと、変人王子は訝しげにこちらを見遣る。


『ふぅん。いい事聞いたぜ』

『……?』


 死ぬ気で掴み取った救済を自ら手放す恐怖だって、勿論ある。記録でしか知らないあの地獄をまた味わうなど、我ながら馬鹿だと思う。

 だが、それでも。


『……──忘却機構(・・・・)停止(・・)

『忘却って……おいアンヘル! お前がそんな事したら────!!』


 俺は。

 あんたと過ごした時間の全てを。きっと何度も抱いたのであろう名前の無い感情を。一つたりとも取りこぼさず、全て取り戻したいんだ──……。


あと一話ほど、アンヘル視点続きます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんばんは!!今日も更新ありがとうございます!! さて、恋の力は素晴らしいですね!!!もうアンヘルくん大好きです!!!自分を狂わせてまでアミレスに恋する男共、本当に大好きです……!!!い…
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