648.Main Story:Ameless3
スイーツバイキング会場にて案内役の給仕を待つ、私とアンヘルとアルベルトの元に現れたシェフコート姿のバドールは、照れ臭そうに後頭部を撫でながら口を開いた。
「実は、商会長直々に、このスイーツバイキング実施期間中は応援に来るよう言われたんだ。ありがたいことに、最近は職場でも腕が良いと評価してもらえて。……それもこれも、あんたのお陰だ。王女殿下」
「そうだったのね。貴方の実力が評価されたのならそれは貴方の努力の賜物よ。胸を張りなさい」
「……ああ」
「仕事熱心なのはいいけど、あんまりクラリスにばかり育児を押し付けないようにね」
「あぁ……! 勿論!」
バドールの分厚すぎる胸板にポン、と拳を当てて、どうも自己評価が低い彼に発破をかける。身長の都合で、鍛えられた肩にはどうしても手が届かず、妥協でこうなったが……これって立派なセクハラではなかろうか。
私はまたセクハラ上司になってしまったの……?! と、内心でガタガタ震える。
「──バドール。おまえ、バドールっていうのか」
私達のやりとりを静観していたアンヘルが、麦わら帽子がよく似合う幼女のように目を輝かせ、バドールに詰め寄った。
貴族らしい服装の見知らぬ男に対して、バドールがおろおろとしていると、
「“砂糖細工の芸術家バドール”──おまえが、シャンパー商会の有望パティシエ、バドールなのか?」
「えっ? は、はい。俺が、バドール……です」
「そうか、そうなのか! おまえがあの“砂糖細工の芸術家バドール”!!」
「そ、その呼ばれ方はあまり好かない……です。俺はまだまだ、見習い、なので」
アンヘルがこれでもかと色めきたった。
ところで、『砂糖細工の芸術家バドール』って何? うちのバドール、いつの間にそんな二つ名で呼ばれるようになっていたの?
バドールの作るケーキには決まって精巧な砂糖細工が添えられていたし、その美しさと美味しさは私も勿論知っている。……けど、まさか、そんな二つ名を獲得するまでに至っていたとは……。
「ああ、これは失敬。噂のパティシエに会えて、俺としたことが取り乱しちまった。──俺の名はアンヘル・デリアルド。ハミルディーヒの国境付近で伯爵をしている者だ。スイーツ業界の未来を牽引するであろう若者と相見えて、心より嬉しく思う」
「でッ、デリアルド辺境伯……!? おお、俺はバドール、です。お、お初にお目にかっ、かかり、ます」
アンヘルが珍しく貴族然とした振る舞いをすると、その名前を聞いてぎょっと瞬いたバドールは、生来の口下手と慣れない敬語が相まって吃ってしまったようだ。
だがそれも仕方のないこと。デリアルドという名前は、この辺りの国に住む者達であれば誰しもが一度は耳にする。いち家門でありながら、強大な国家に匹敵する歴史と力を持つ孤高の吸血鬼一族。そんなデリアルド家の現伯爵が目の前にいるとなれば、狼狽えるのも無理はない。
ないのだが……一応、貴方がいつも関わってる上司はこの国の王女なのだけど。そこまで狼狽えなくてもいいんじゃないかしら?
「そう畏るな。俺はどこにでもいる普通の甘党だ」
スイーツ狂いの間違いでは? と、心の中でツッコむ。
「おまえの作る砂糖細工はどれも芸術品のように美しいと聞いている。──会場にいるということは、このバイキングにもおまえの作ったスイーツが並んでいるのか?」
「は、はい。ケーキ担当で、手伝って……ます。あ、だが、その……砂糖細工は、手間暇がかかるので、バイキングでは出さない、んです」
「それは残念だ。また今度、改めておまえの店を訪ねよう。どの店で働いているんだ?」
「ええと…………」
その後しばらく、アンヘルはバドールと話し込んでいた。
その間に給仕がやってきて、私達のテーブルの用意が出来たと案内してくれた。どうやら私達がそれなりに待たされたのは、自国の王女と隣国の辺境伯をもてなす準備をしていたからとかで。
事前の報せもなく突然訪ねて申し訳ないわ。と謝りつつ、給仕の案内に従いテーブルへと向かった。
♢♢♢♢
「こうしてアンヘルとゆっくり話すのはお見舞いに来てくれた日以来ね。建国祭を満喫してくれているようでよかったわ」
「つっても、あの日はミカリアばかりが喋ってたから、俺は王女様と話した覚えはないがな」
「ふふ。たしかにあの日のミカリア様はずっと喋ってたわね」
スイーツをもりもり食べつつ、私達は談笑していた。今日もお目付け役のイリオーデが居ないので、好きなだけスイーツを食べられて大満足である。食べたぶんだけ後で体を動かせば、師匠にも怒られないでしょう。
大半の客がティータイムがてら参加しているからか、制限時間は驚異の三時間。急ぐ必要は特に無い筈……だったのだが、予想を遙かに超えスイーツバイキングの品数が凄まじい為、休みなくスイーツが並ぶカウンターに絨毯爆撃を仕掛けているのである。
甘党の私達はともかく、仕事で仕方なく付き合っているだけのアルベルトは既に辛そうだ。一時間もスイーツを食べ続けたら、甘党でもない限りこうなるのは目に見えていたとも。
「ぅ……」
苦い顔のアルベルトが僅かに呻く。
もういいのよアルベルト……! それ以上無茶しないで……! と水を差し出していると、アンヘルがじっとこちらを見つめてきた。
「王女様。執事を同席させたのは俺だが、あまり執事ばかり構うな。俺だっておまえと話したいことがあるんだ」
「あ……話の腰を折ってごめんなさい」
素直に謝ると、アンヘルは表情は変えずに話題だけ切り替えた。
「──なあ、王女様。一つ、頼みがあるんだ」