646.Main Story:Ameless
数時間程眠り、夜中に目覚めたカイルは東宮で食事をとってから帰宅した。
それと入れ替わるように。精霊界の厄介ごともひと段落して、シルフ達がようやく人間界に来られるようになったのだ。何度も六月四日のことを謝られたが、あれはしょうがないことだから、と何度も許した気がする。
その後は、フリザセアさんが凍結保存していたらしいシフォンケーキを取り出し、彼等は目の前で食べてすぐに感想を言ってくれた。
「これすっごく美味しいよ、アミィ! ボクの為に作ってくれてありがとう」
「ん〜〜っ、まさか姫さんの手料理を食べられる日が来ようとは……」
「実に美味しい。これはフリザセア史上最も美味であること間違いなしだ」
「なんでお前等まで食ってるんだよ。ボクのケーキだぞ、ボクの!」
相変わらず仲良いなぁ、シルフ達は。……それが、ちょっとだけ羨ましいかも、なんて。こんなのおかしいよね。だってシルフ達の方が、ずっと長い時間を一緒に過ごしてるんだから。
私がこんな気持ちを抱くことが……そもそもの間違い、だよね? 神様……。
♢♢♢♢
「アミィ〜。ボクのアミィ〜。今日も可愛いよ、ボクのアミィ。今すぐ精霊界に連れて帰りたいぐらい可愛い♡」
マクベスタとのデートがあった日の翌日。
シルフが帰ってきたばかりのタイミングで、暫くカイルの看病にかかりきりだったからだろうか。シルフはその埋め合わせとばかりに、これでもかと私にくっついてきたのである。
「……シルフ、重いよ」
「そんなことないよ? こんなの普通さ」
「いや、そこそこ重いよ……?」
「いやいや。普通だよ。むしろまだまだ愛し足りないぐらいだ」
「えっ? シルフ、そんなに(食べるの)好きだったの……?」
「勿論だとも。昔からずぅ〜〜〜〜っと、(アミィのことが)大好きさ!」
既に完成された肉体と美貌なのに、暴飲暴食に走るだなんて。そんなの見過ごせないわ。
しかし、何故か上機嫌なシルフに覆い被さるかのように抱きしめられ、身動きが取れない。っと、そこで、
「姫さん、これとかどうです? 姫さんに絶対似合うと思うんですけど」
「あの。師匠。それでもう何個目なの?」
「ん? 九個目ですけど……アクセサリーなんてどれだけあってもいいですからね。てなわけで、ハイ、見てくださいな」
どうやっているのか宙に浮かびながら足を組む師匠が、鼻歌混じりに、私の目の前で次々と謎のカタログを捲ってゆく。
そして私は既に八個程、アクセサリーを吟味させられている。いったい師匠は何がしたいんだ。
「俺はもう少し深みのある青がいいと思う」
私の隣で優雅に紅茶を嗜んでいるフリザセアさんが、珍しく会話に参加してきた。
「お前には聞いてねーよ、フリザセア。いっつも同じような服着てる奴にアクセ選びとか出来るわけねーじゃん?」
「……この服はそんなにも変なのか」
「変というか、服に無頓着でお洒落に興味無いやつに雑に選ばれたくねーの。俺は今、姫さんに貢ぐことでストレス解消しようとしてるんだから」
なんですと。師匠、そんな意味不明な理由で次から次へとアクセサリーを選ばせていたの……?
「………………これは、彼がよく着ていた服を参考にしたんだ。俺はこれ以外、人間の服を知らない」
ぽつりと聞こえてきた呟きからは、切なさのようなものを感じた。
「おじ──フリザセアさん。もしよかったら……私が貴方の服を作ってもいい?」
「え……?」
「「はぁ!?」」
シルフと師匠の声が重なる。「俺だってまだ姫さんに服作ってもらってねぇーんだけど!?」と騒ぐ師匠は、一旦置いておいて。
「……姫が俺の服を?」
「うん。作ると言っても私はデザインするだけになるのだけど……作ってあげたいって、そう思って」
目を丸くするフリザセアさんに、私は、その訳を話す。
「詳しくは知らないけど、フリザセアさんが今着てる服は『誰か』との思い出のものなんだよね? だからその手の服ばかりを着てるのかな、って思って」
「つまり──姫自らデザインすることで、新たな思い出と服を俺に贈ろうとしてくれたのか」
「そ、そういうことに……なりますね……」
確かにそのつもりだったがいざ言葉にされると、あまりにも傲慢で恥ずかしくなる。なんとも自信過剰な女だ。
「そうか。……──ありがとう、姫。おじいちゃんはとても嬉しい」
「わっ!」
麗しく微笑んだ直後、シルフから奪うように私を引き寄せて、フリザセアさんが熱烈な抱擁をする。
「フリザセア……ッ、お前はまたアミィと……!!」
「つーかおじいちゃんってなんだよ、おじいちゃんって!」
シルフと師匠が騒ぎ立てる間も、
「姫。俺は君と逢えて本当に嬉しい。ありがとう、頑張ってくれて。ありがとう、生きていてくれて。……たとえ君が俺の庇護下より外れてしまっていても。たとえ君の氷が初めから溶けていたとしても。君は今までもこれからも──俺の、護るべき人間だ」
フリザセアさんは私の耳元で冷艶に囁く。
氷山に抱きついているような、そんな冷たさが全身を包むのだが……どうしてだろうか。寒さは全然感じない。
「ずっと……君がこの世界に産まれたその瞬間から、俺は君を見守っていた。そのくせ君の境遇を知りながら、俺は何も出来なかった。──だからこそ。俺は、君の幸福を望む。俺には君達の幸福がどうしても分からないが……それでも、君の幸福を願わせてほしい」
「おじい、ちゃん……」
「君の幸福の為ならば、俺はなんだってしよう。氷の魔力が君の人生を狂わせた元凶であるならば、今現在氷の魔力を持つ三名からそれを剥奪したって構わない。これまでの十五年間何もしてやれなかったぶん、君に尽くさせてくれ」
私の肩に手を置き、目と目を合わせて彼は告げてくる。
「……そのお気持ちは物凄くありがたいですけど、氷の魔力を剥奪するのは軽く世界情勢に影響が出るので、可能ならやめていただきたく……」
「そうか。ならばこれはやめにしよう。──では、俺に何か出来ることはあるか?」
君に尽くしたいんだ。と言うフリザセアさんに、そろそろ離れていただけると助かります。と告げると、「? シルフ様やエンヴィーとはいつもこれぐらいの距離感だったと記憶しているが」と、彼は美しい顔をこてんと傾けた。
そうだった。このヒト、私のことをずっと見守ってたんだった。そりゃあシルフとの戯れも知っているはずだ……!
「──あのフリザセアが饒舌に喋ってる……?!」
「いやそこじゃないだろ。今もいけしゃあしゃあとボクのアミィに抱き着いていやがるんだぞ、この無法者は」
「はっ! そうだった……! おいフリザセア、いい加減姫さんから離れろ!」
「祖父と孫の戯れを邪魔するのか?」
「だからさっきからなんなんだよそれ!? 孫とかわけわかんねーよ! いいからはーなーれーろー!」
師匠とシルフが二人がかりでフリザセアさんを引き剥がし、いかにも不服そうな様子の彼に説教する。
それを眺めつつ、アルベルトに紙とペンを持って来てもらい、早速だがフリザセアさんにプレゼントする服のデザイン制作に取り掛かった。