642,5.Interlude Story:Kile
ある日の朝、俺は虫の知らせを受けて早朝に起床した。
俺には、健康の為に毎朝六時半頃には起きて、ジョギングや軽いストレッチをする習慣がある。たまに、寝不足のあまり昼過ぎまでまったく起きられないこともあるが。
ともかく。俺はこう見えて健康的な生活をしているのだが、今日は違った。
時計の針は朝の五時半を指している。
そしてこの虫の知らせ的なサムシング。
これは今日、俺にとって非常に重要な何かがあるに違いない。……というか。そうじゃないと、シンプルに貴重な睡眠時間を無駄にしたことになるから、そうであってもらわなければ困る。
とりあえず、日課のジョギングとストレッチをこなしてから、のんびりと手作りの朝食をとる。
朝食後、自作の某炭酸飲料風ドリンクを飲みつつ、サベイランスちゃんで城の敷地内を眺めていたら、明らかに不自然な動きをしているマクベスタが人気のない場所を目指し歩いていた。
その姿は不審そのものだったのだが、それよりも、俺は別の点に注視したのだ。
──マクベスタがお洒落して出掛けている?
怪しい。経験者故に分かるのだが、限界ギリギリの精神状態の人間は、己の見てくれなんかに気を使う余裕はない。だのにマクベスタは、いつものセットではなくわざわざアレンジを加えたお洒落をしている。
それすなわち、アイツがわざわざそこまでする程の何かがあるということだ。
「──こうしちゃあいられねぇな。俺も出掛けねぇと!」
てぇてぇの波動を感じ取った俺は、光の速さで準備を終え、マクベスタの後をつけた。
こんなこともあろうかとサベイランスちゃんに実装しておいた、『完全犯罪術式、全てを秘匿せよ』で透明人間化と気配遮断を行い、完璧な尾行を実現させたのだ。
やがて。木陰に隠れながらサベイランスちゃんを撫でくり回していたら、俺の予想は的中し、変装したアミレスが現れた。
いよっしゃあッッッ! 推しカプデート回キタコレ!! と、何度も天に拳を突き上げていると、俺のアドバイスの賜物か、マクベスタが超攻め攻めモードで果敢にアタックしはじめた。
顔を赤くしながらも必死にアピールする推しと、そんなマクベスタのペースに呑まれガチガチに照れているアミレス。
あぁ、ここが聖域か──。とついつい拝みたくなるような尊さに、俺は横転した。
俺の推しカプ、マジで最高……! 尊い……!! マクアミ推しててよかった……! はぁ〜っっっ、尊い、無理、しんど…………っ!!
泣きながらカメラのシャッターを切り続ける。こんなこともあろうかと、インスタントカメラに連写機能と消音機能を実装しておいてよかった。魔力がえげつない勢いで持っていかれるし、足元が現像した写真だらけになって大変だが、今はそんなことよりも推しカプだ。
あ〜〜〜〜っ、転生してよかった〜〜! 推しカプのデートをこんな間近で見られるとかオタクの夢すぐる〜〜! ビバ! 乙女ゲー転生!!
♢♢♢♢
限界オタクと化し、推しカプのデートを見守ること数時間。
現像した写真の枚数がざっと三百枚を超え、俺の亜空間バッグが推しカプツーショ写真で潤ってきた頃。俺の第六感が危険信号を放った。
超巨大生物が現れたかのように。地球外生命体が侵略してきたかのように。大災害が猛威を奮ってきたかのように。嫌な予感というアラートが、サイレンのごとくけたたましく騒ぎ出す。
──上空に一等強い魔力が在る! そう空を仰ぎ見ると、建物の屋上に佇むヒトの姿が目に入った。
そのヒトは、オーロラを一つ一つ千切ってから一本一本丁寧に束ねたような、幻想世界の天の川がごとく長髪を緩く結え、風に預けている。
万能の天才も、英雄も、全能神も、誰もが目を奪われ心を囚われるであろう美貌の中で、どんな望遠鏡よりも高彩度の銀河を映し出す瞳が、ただ一点を見つめて、丸く見開かれていた。
「クソッ、ここでラスボス登場かよ……ッ!」
呟き、『完全犯罪術式、全てを秘匿せよ』を解除して、全速力でアイツの元へと飛んで行く。
「……──人間の分際で。よくも横取りしようなどと」
「おおーっと! そうはさせねぇぞシルフ!!」
一歩踏み出し、今にも俺の聖域を侵そうとするシルフの前に、ターボカイル、見ッ参!
「! お前……邪魔するのか。このボクの行く道を、お前のような矮小な人間風情が」
「推しカプに挟まる輩は男女問わず全員死ね!! 人の恋路を邪魔する奴は全員馬に蹴られてどうぞ!」
シルフから放たれる威圧が、心臓を圧し潰そうとする。それをなんとか耐え、強めの思想で虚勢を張って煽り返した。
──少しでもマクアミから彼の意識を逸らす為に、俺に出来ること。それが、妨害なのだ。
アミレス強火同担拒否過激派ガチ恋男筆頭、シルフ。あのフリードルやシュヴァルツよりも話がまったく通じない、ガチの厄ネタ案件。
こんなのを相手にするなんて間違ってる。やる前から負ける事が確定している負け戦でしかない。……でも、戦るしかない。
出来レース? 上等だ。アイツの為に頑張るって決めた俺に、できないことなんて何一つねぇんだよ!
「──お前、本当に目障りだ。失せろ」
「──ヤダね」
絶対にデートを妨害したいシルフVS絶対にデートを死守したい俺の仁義なき戦いが幕を開けた。
祭りと市民に被害が出ないように気をつけて、認識阻害を使いつつ、空中で戦り合うこと一時間弱。
シルフの部下らしき精霊が現れ『ねぇ馬鹿なの?! またジジィ共が文句つけてくるよ?!』とシルフを止めてくれたところで、丁度アミレス達を完全に見失っていたことで、俺へのシルフの興味は完全に削がれたらしい。
「こんなにボロボロになっちゃって……うちのシルフがごめんねぇ」
「ケイ、そんなゴミ拾うな」
「ボロボロの人間をこんな場所に捨ててきたと知れば、姫ちゃんは絶対怒ると思うし、普通に幻滅すると思うよ?」
「…………チッ。さっさと連れて帰るぞ」
苦虫を噛み潰したような表情でシルフが踵を返すと、ケイは俺を小脇に抱えて、シルフの後ろをついて行った。
アミレスファーストの信者集団たる東宮の人達に、『大丈夫です……?』『どうしたんじゃ?』と心配される程、俺はボロボロだったらしい。とりあえず談話室に通され、そこで俺は自然回復を待つことに。
その後のことはよく覚えていない。意識が朦朧としていて、途中で一瞬、アミレスの声が聞こえたような気がしたが……確かに満身創痍だったようで、あまり記憶に残っていないのだ。
今頃、精神世界のカイルは(変な言動を繰り返す己の姿から)全力で目を逸らしていると思います。