642.Main Story:Ameless/Lwacreed
マクベスタとのデートを終え夕暮れ時に東宮へと戻ると、我が家は何やら空気が重く、緊張感すら漂っていた。侍女のネアに出迎えられ、真っ先に案内されたのは皆と過ごす時に使用しているいつもの部屋──談話室。
その扉を開けて、私はこの目を疑った。
「…………カイル? いったい何があったの?」
長椅子に倒れ込む彼は、大災害に一人で立ち向かったのかと見紛う程に、満身創痍だったのだ。
「お、おー……おかえぃ……な、なあ、アミレス…………おれ、けっぱったんよ……だからさ、もしよかったら、ジスガランド教皇とか、呼んでく……れ…………」
「カイルーーーーっ⁉︎」
ボロボロの体でそう訴え、カイルはガクリと気を失った。慌てて、アルベルトにリードさんを拉致して来るよう命じ、花束を机に置いてからその場で狼狽える。
そこで扉がバンッと開け放たれ、
「アミィ〜〜〜〜〜〜っっっ‼︎ 会いたかったよ〜〜!」
数日振りにシルフが現れた。
むぎゅ〜っと私を抱き締めるやいなや、彼は捲し立てる。
「約束を破ってしまってごめんね。本当はもっと早く帰るつもりだったんだけど、どうしても叶わなかった。君を悲しませてしまったよね、本当にごめんよ」
「その件は……事情は概ね聞いてるし、平気だよ。シルフや他の精霊さんは大丈夫だった? 神々に嫌なことされなかった?」
「全然だいじょ────」
そこでハッ、と。シルフは目を見開き一瞬息を呑み込んだ。
「……そ。それがね、神々にいじめられたんだ! それはもう! めちゃくちゃ! 屈辱だったよ〜〜っ‼︎」
「そうだったの……。シルフに酷いことするなんて、許せないわ」
「アミィとの約束も守れなかったし、神々にはいじめられるし。うぅ、悲しいよぉ。辛いよぉ」
「シルフ…………久しぶりに人間界に来れたんだから、今回はゆっくりしていってね。少しでも心の傷が癒えるよう、私も協力するから!」
「アミィ……!」
おいおいと涙をこぼすシルフの頬を撫で、できる限り慰めの言葉をかける。
フリザセアさんから概要は聞いていたが……想像以上に、神々の降臨は精霊さん達に大打撃を与えたようだ。それなのに私との約束のことで必要以上に気を揉ませてしまったようで……申し訳ない。
「そうだ! ねぇシルフ、カイルのことを治してあげられない?」
「カイルを? んー、今はちょっと無理かなぁ。さっき力を使ったばかりだから、疲れてて」
「? そっか……それなら仕方ないわ。カイル、もう少しの辛抱だから! もうすぐリードさんが(拉致されて)来るからね!」
シルフの笑顔に違和感を覚えつつ、気絶状態のカイルに声を掛ける。
急に虫の居所が悪くなったシルフと、あまりカイルに興味が無さそうなマクベスタに見守られながら、アルベルトとリードさんの到着を待つこと約二十分。
本当に拉致されて来たらしいリードさんは、「頼むから普通に呼び出してくれないかな……」と困ったようにため息をこぼし、何一つとして理解が追いついていない中、カイルの治癒にあたってくれた。
勿論拉致については誠心誠意謝罪したのだが、そこは流石のリードさん。
「急を要する一件だったんだろう? 焦る気持ちも分かるよ」
「リードさん……! ありがとうございます!」
と、彼は広い心で許してくれたのだ。
疲れているのか、カイルは治癒が終わった後も寝たままだったので、彼の身に何が起きたのかは分からずじまい。
とりあえず拉致のお詫びと治癒のお礼にと珈琲をご馳走し、その帰り。リードさんはふと、ティータイムの為に避けておいた花束に視線を止めてギョッと固まった。
「アミレスさん……その、あの花束は誰のものなんだい?」
「あれはマクベスタから貰ったものですよ。綺麗ですよね!」
「綺麗…………はは、うん。そうだね。綺麗……だね。あはは、はは……」
引き攣った笑いを浮かべながらマクベスタを一瞥し、
「──それじゃあ、私はこれで。まあ、その。色々と気をつけてね、アミレスさん」
謎の言葉を残して、彼は逃げるように部屋を後にした。
いったい何だったんだろう。マクベスタが不自然なくらい無反応なんだけど、あの花束には何かあるのだろうか──?
♢♢
とんでもないものを見てしまった。
皇宮から颯爽と脱出し、私は先程見た“恐ろしいもの”を反芻する。
仕事中に突然ルティさんに襲われ、何故か皇宮まで拉致されたことは百歩譲ってまあいい。あのアミレスさんが、急を要するという逼迫した状況で他の誰でもなく私を頼ってくれたのは素直に嬉しいからね。
今度聖人に会ったら、全力で自慢してやろうと思ったぐらいだ。悪ガキのようだが、選ばれたのは私でした〜〜! と煽ってやろうかとも思ったぐらいだ。
だから、そこはまだいい。振る舞って貰った珈琲は薄味だけど香りが良く、美味しかったし、妖精の一件以降彼女とはあまり会えなかったからね。久々に顔を見られてよかったとも。
でも最後にとんでもないものを見てしまった所為で、あらゆる感想がそれに呑み込まれてしまったのだ。
一目見て背筋が凍りそうになる、恐怖そのものと言っても過言ではない代物。それを見てしまった私は、つい、訊ねてしまった。
『アミレスさん……その、あの花束は誰のものなんだい?』
まさか付き纏いの被害にでも遭っているのか。そんな懸念から問うたのだが、
『あれはマクベスタから貰ったものですよ。綺麗ですよね!』
彼女は事もなげに明るく答えた。
そして私は耳を疑った。──マクベスタ? 今マクベスタ君があの花束をくれたと言ったのか? あの、引く程に重い愛の花束を? 彼が??
フォーロイトに祖国の花々があるという点については、一旦置いておいて。
青色のカスミセイラン、花言葉は『あなたを離さない』。青色のヒシア、花言葉は『あなたの明日がほしい』。薄青色のツィーリャ、花言葉は『溶けるほど愛したい』。
紫色のシューヘイン、花言葉は『わたしだけを見て』『あなただけを見る』。赤紫色のセララ、花言葉は『最大の幸福』。
黒色のリントンフラワー、花言葉は『全てを捧げる』。紫黒色のグロウナイトローズ、花言葉は『最愛』『初恋の苦しみ』。
白色のフーリス、花言葉は『純潔』『永遠の誓い』。白色のマリアベル、花言葉は『愛する人』。
あの花束に使われた花は、総じて恋愛関係の花言葉を持つ花だ。私は占いが趣味だからその辺にも明るいけれど……これ、絶対アミレスさんは知らないだろうな。というか多分、鈍感な彼女なら、自分を連想させる花だけで構成された、何から何まで自分の為の花束だなんて、微塵も考えてなさそうだな。
そうでなければこんなにも重苦しい愛の花束を送られておいて、あんな無邪気な笑顔を作れる訳がない。
『綺麗…………はは、うん。そうだね。綺麗……だね。あはは、はは……』
会わない数年の間に、マクベスタ君の心境に何があったのかなんて当然知らないが……触らぬ獅子になんとやらと言うし、深く関わらないでおこう。
私の知る彼なら、そう悪いようにはしないと思うから。という感じで、あの花束については一旦見なかったことにして、逃げるように私は退散した。
「若いってすごいなぁ……」
建国祭の喧騒に紛れつつ、若者達の恋模様に軽く衝撃を受け、私は遠い目で呟く。
その時視界の端で、怪しげな紋様が揺れた。
「ん? あれって────」
一年程前にジスガランド国内で騒ぎを起こした異教徒の連中では? ……何故、彼等がフォーロイトにいるのだろうか。
なんだかきな臭くなってきた。あの宗教、節操が無いうえに野蛮だからなー。アミレスさんの安全の為に、排除しておこうか。
彼女が無茶をしないよう──……その原因となる芽は可能な限り踏み潰しておかないとね。