640.Date Story:with Macbethta2
マクベスタとのデートが始まった。
言うなれば、スーパー攻め様といったところだろうか。グイグイくるマクベスタは、かつてのカイル──アンディザのスパダリ枠攻略対象、カイル・ディ・ハミルを彷彿とさせる。確かにグイグイくるのだがそこに下品さや強引さはなく、あくまで『積極的にアピールをする』だけに留まっており、彼の育ちの良さが窺えた。
……まあ、その『積極的にアピールをする』部分が、とんでもないのだけど。
『馬車が来ているな。危ないから、もう少しこちらに来い』
と言って腰を抱き寄せたり、
『美味に頬をとろけさせている姿も可愛いな』
と褒め殺してきたり、
『手を、繋ぎたいんだが。構わないか……?』
と緊張した様子で訊いてきたので、躊躇いがちに『い、いいよ……』と告げるやいなや、彼は熱い指先を絡めてきた。
まさに乙女ゲームの攻略対象といったムーブ。この状況で落ち着ける程、私も図太くはない。
どうしてこうなった……!! と内心にて涙目でわっと騒いでいると、
「……?」
ふと、マクベスタが明後日の方向を見て首を傾げた。知り合いでもいたのか、何かを見つけたのか。その理由は結局分からずじまいのままだ。
♢♢
これでいいんだよな、カイル!?
──この数時間、オレは幾度となくそう心の中で叫んだ。
まだ交際をしているわけではないが、正式に申し込んで正式に受け入れられた、アミレスとの正式なデート。あまりの緊張からか心臓は高速で脈打ち、顔の熱は引かないまま。『アミレスとのデート』というだけで勝手に緩む頬の所為で、表情はとことんだらしない。
これでは格好がつかないじゃないか、とこの身の不甲斐なさに呆れていたところで彼女は現れた。
いつもとは少し雰囲気の違う化粧や衣服。そして──黄昏時の太陽のように輝いている柔らかな金髪を見た瞬間、オレの心臓は鐘を突いたのかと錯覚する程の心音を響かせた。
なに、あれ。だめだ。かわいい。かわいすぎる。
銀髪もいいが金髪もよく似合う。というか似合いすぎている。普段彼女が髪色を変える時は、桃色や黒色が多いそうなのだが……こうしてわざわざ金色にしたのは、きっとオレを意識してのことだろう。
ただの妄想に過ぎないが、その可能性がたまらなく多幸感を与えてくる。
全身に響くけたたましい心音と、引く気配のない顔の熱。きっとこのだらしない顔も彼女からは丸見えだろう。……最悪だ。アミレスには少しでも格好いいと思ってもらいたいのに。これではダメダメじゃないか。
ここまで醜態を晒したのならば、もう行くところまで行ってしまおう。ええいままよと、カイルから教わった通りに積極的に行動してみたところ、アミレスはその愛らしい顔を紅く染め上げ、いつもの調子を崩してしまった。
オレを意識して、オレに緊張して、オレから必死に目を逸らすその姿を見て。誰が平静を保てようか。
マクベスタ・オセロマイト。十八歳。
精神的にも肉体的にもじゅうぶん成熟しつつある歳だ。つまり、その──オレにだって下心はあるわけで。寧ろこの歳分の男に性欲が無い方がおかしいだろう?
普通ならば理性で抑え込める筈の本能を、オレは意地で抑え込んでいる現状だ。理性が擦り減ってきているから、本能で行動してしまった……などと無様に言い訳するわけにはいかないからな。
だが、そうも言ってられないのがこの現実だ。
もう二度とあのような非道な真似は晒すまいと決意していても、どうしようもなく、彼女のその唇に触れたくなってしまった。劣情が腹の奥底より湧き上がり、小刻みになった彼女の熱い息すらも呑み込んでしまいたいと──意地など棄てて姦淫に溺れてしまえと、この頭を突き動かす。
その度に、カイルから耳にタコが出来るほど言い聞かされた言葉を思い出しては踏み止まった。
『───いいか、マクベスタ。あんなのだけど、アミレスは箱入り娘なんだ。ぶっちゃけ正しい性知識があるかも怪しいぐらいだ。そんなアイツに素面で無理矢理した日には、いくらお前でも嫌われる可能性がある。だから絶対に、いい雰囲気になっても無理矢理はするなよ。いいな? ヤるなら合意を得るんだぞ!』
『そもそも論、アイツのこと泣かせたら流石のお前でも許さねぇかんなー。俺、推しカプはハピエン以外地雷なんで』
あのおちゃらけた男に真剣一色でここまで言われたのだから、間違いを犯すわけにはいかない。
だが、積極的にアピールをすればする程、アミレスが愛らしい反応をするものだから。オレのなけなしの理性なんてあっという間に戦闘不能なんだ。
なあ、本当にこれでいいのか? カイル、助けてくれカイル。オレはどうすればいいんだ? このまま耐え続けられる自信が無いよ、カイル。なあカイル。本当に助けてくれ、カイル…………!!
♢♢
マクベスタと二人で、付き合って一週間ぐらいの中学生カップルのような清いデートをすること数時間。
途中からは彼のスーパー攻め様モードも控えめになり、私も少しは落ち着いてデートに挑むことができた。
のんびりとウィンドウショッピングをしたり、買い食いをしたり。度々遠くの方から喧嘩のような物音が聞こえてきたが、これもまたお祭りの醍醐味だろう。建国祭期間中は警備隊が特殊編成で巡回を行っているとのことなので、痴話喧嘩なんかは放っておいても大丈夫なんだよね。
相当な大事件でも起きない限りは、私が出張る必要も無い。だから気の向くままにお祭りを楽しんでいたところ、
「いらっしゃいませー! この建国祭限定! 大陸東方より取り寄せた珍しい花を使った花束作り体験、やっていかないかいー?」
花屋らしき看板を掲げる店先で、店主さんらしき男性が気になることを言っていた。
「ママー! 珍しい花だってー!」
「そうねー。でもお花なんてあってもうちには花瓶が無いからすぐ枯れちゃうし、だめよー」
「ねぇダーリン、あたし達の〜愛の花束〜作っちゃおうよ♡♡♡」
「花よりキミのほうが綺麗だよ、ハニー♡♡♡」
「やぁねぇ……東方の花なんて、本当に安全なのかしら。西方と東方じゃ自然環境が違うって聞くものねぇ」
「わかるわぁ、斜向かいの左隣の裏手の向かいのヨーネーさん。私もそこが不安なのよ」
足を止めて花屋の方を見ていたら、観衆からは賛否両論の声が。これには店主さんも狼狽えている。「だ、大丈夫ですよ! この花はきちんと安全性が保証されてまして……!」「コップに水を入れてそこに生けるだけでも、数日は保ちますよ!!」「め、珍しい花を使用した花束なら恋人に喜ばれること間違いなし! どうですか!? いかがですかーーーーっ!?」と、必死さが窺える呼び込みを見ていたら、なんだか彼が可哀想に思えてきて。
「……マクベスタ。ちょっとあのお店に寄って行かない?」
「えっ、あ……ああ。勿論構わないよ」
ぐい、と手を引っ張るとマクベスタは目を点にして硬直し、程なくして見慣れた笑顔を浮かべた。
そんな彼の手を引いて、花屋へと向かう。