638.Main Story:Ameless/Macbethta
建国祭の爆破テロに関してはアルベルトから報告があがるまで私に出来ることは何も無い。焦る気持ちはあるものの、やはりなんの情報も無い状態では下手な行動はかえって裏目に出るだろう。
なので書類仕事を片付けつつ、ユーキ達の引越し準備と並行してシャンパー商会の家具カタログを見物していた日の、翌日。
今日は東宮で食事をしたい気分だったらしいマクベスタが、朝食の後に一人で居たところを話しかけてきた。
「アミレス。今日は一日、急ぎの用は無いと聞いたんだが……それは本当だろうか」
「うん、特に用事はないよ。あ、何か私に用でもあるの?」
「ああ。もし良ければ…………二人で、建国祭を回らないか?」
「そういうことなら──」
一緒に遊ぼうってお誘いなら大歓迎よ。警戒は怠れないけど、楽しめるうちにせっかくのお祭りを楽しまなきゃ!
と、二つ返事で了承しようとしたのだが、
「念の為に、言っておくが。これは、その──……デートの誘い、だからな。それを理解した上で、誘いを受けてくれたら、とても……嬉しい」
「!!」
耳まで赤くしたマクベスタが、真剣な眼差しでそう告げてきたものだから。私は二の句が継げなくなってしまった。
思わず黙り込んでしまい、私達の間では気まずい空気が流れた。不安か緊張からか、マクベスタはしきりに愛剣の柄頭を握ったり撫でたりしている。
彼の緊張が伝わってきているのか、時間が経てば経つ程私の鼓動も早くなり、顔には徐々に熱が集まってゆく。これは早くなんとかせねばと、意を決してごにょごにょと口を開いた。
「わ、わかった。しようか。で、デート……」
「──っ! 本当か? 嬉しいよ。誘いを受けてくれてありがとう、アミレス」
マクベスタが喜色満面の笑みを浮かべる。そのあまりの眩さに思わず目を細め、ぐっと喉を上下させた。
……早まったかもしれない。私のことを好きな男性とのデートなんて、軽率に受けるべきではなかった。
まるで彼の最愛だと勘違いさせられてしまう、熱を孕んだ翠色の瞳。あんなものに見つめられてしまえば、誰だってのぼせ上がってしまうだろう。
それなのに、軽率な気持ちでデートの誘いを受けてしまっただなんて。──デートが始まってからも、私は幾度となくこのように後悔するのであった……。
♢♢
よしっっっ!! と、心の中で拳を振り上げる。
シルフやシュヴァルツが不在かつ、ルティがどこか気もそぞろで、イリオーデが生家から呼び出しを食らっており、アミレス本人が暇をしている、奇跡のような日。
朝食の席にお邪魔させてもらったのは偶然だが、その席でアミレスが『今日は特に予定が無いからのんびりしようかしら』と話したのを、オレは聞き逃さなかった。たまの休日を奪うようで心苦しいが、これを利用しない手はない。
そうして、弾け飛びそうな心臓の音に耳を傾けながら、彼女をデートに誘った。そして無事にアミレスとデートが出来ることになったのだ。
よくやった、よくやったぞ、オレ!
勇気を出して良かった。当たって砕けろ精神で挑戦して良かった。
カイルのように、大袈裟な反応をしてしまいそうになる。両手を掲げ、喜びのままに踊り狂いたい気分だが……よりにもよってアミレスの前であのような醜態を晒す訳にはいかない。
なけなしの理性でなんとか、単純過ぎる己の心を律し、平然を装う。自然と破顔してしまうこの顔のことは最早諦めた。
そもそも。何故、オレがここまで積極的にアミレスとのデートに挑み、喜んでいるのか。これには二つの要因があるのだが──事の発端は、数日前。
建国祭初日、話の流れでカイルと共に祭りを見物していたのだが……アミレスに告白したと告げるやいなや、あの男は想像以上に騒ぎ出し、やがてこんなことを宣いはじめた。
『マクベスタにはさ、積極性が足りないって俺思うワケよ。女ってのはなぁ……なんだかんだで強引な男に弱いんだ』
『はあ…………そうなのか……』
『欠片も興味無さそうだな……。勿論お前みたいな堅実純愛路線もありっちゃありだし、個人的には大好物寧ろご褒美です感謝感激ハピハピハッピーなんだが、今はそうも言ってられん』
カイルの言葉が何一つ理解できない。
アミレスならばこの言葉も理解できるのだろうか。……そう、考えると。途端に腹が立ってくるな。
『お前の他にも何人もの奴等がアミレスを狙ってる。しかも、激攻め猛烈アプローチ男が複数いる状況だ。アイツ等の猛アプローチスタイルは、お前のピュアアタックスタイルと些か相性が悪い。現状、勝ち目は薄いと言っても過言ではなかろう』
『????』
『そこでだッ!! この俺が! 幼少期より何人もの女に言い寄られ続け見事女嫌いとなったこの俺が! 女嫌いを拗らせすぎて創作上の恋愛しか楽しめなくなったこの俺が!! プレミアムマーベラススペシャル恋愛プロデューサーとして、お前をプロデュースしてしんぜよう!!!!』
『????????』
やはり何一つとして彼の話は理解出来なかったのだが、その後本当に行われたプロデュースとやらでオレはカイルより手厳しい指導を受け、いかにしてアミレスにアピールし、アタックすべきなのかを学ばされたのだった。
そしてもう一つの理由……これは一昨日、フリードル殿と仕事をしていた時のことだ。
アミレスとのデートの思い出とやらを、彼は聞いてもいないのに突然語り出した。建国祭初日の件はただの仕事と聞いていたのだが、彼の認識では、『愛し合う者同士が二人で感動と時間を共有したのだ。あれは紛うことなきデートというものだろう』とか、なんとか。
愛し合う者同士という発言について、二三問い質したい気持ちを抑えつつ聞き役に徹していたら、デートで何があったのかを事細かに解説──いや、自慢された。
フリードル殿は、聞かせてやっている感を醸し出しつつ淡々と話しているつもりのようだったが、彼の頭上で揺れるアミレスのそれよりも小さな浮き毛が、生きているかのように動いていた。あまりに気味悪く、目を疑い言葉を失った程だ。
彼の表情は相変わらず“無”そのものだったが、その頭上の浮き毛は別らしい。彼の喜びや心の浮き沈みを分かりやすく表しているようだ。表情筋よりも髪の毛の方が仕事をしているというのは、いささか意味不明な話ではあるが。
そんな不快体験を経て、オレは改めて決意した。元よりその想いはあったが、それがより強まった。
──絶対にアミレスとデートをしよう、と。