630,5.Interlude Story:Sylph
先日、『六月四日には絶対に帰る』とアミィと約束した。だから何があっても絶対に、その日までには人間界に行こうって。そう決めていたのに。
神々が、またボクの邪魔をした。
──妖精との一件の後。諸々の事後処理に追われ、暫く精霊界で仕事三昧だったある日。
突如として、天界から神々が降りて来やがった。
太陽の神サニエールル、賭博の神アリン、鏡の神グラッセン、地底の神マンテラウト。四柱の神のうち三柱は、精霊界への罰を与えるやいなや『こんな魔力臭い世界にいられるか』と、とんぼ返りした。
格下いびりが生き甲斐な小物、太陽神のみが居残り、最上位精霊を集めて憂さ晴らしをしているのだ。
太陽神が好き勝手に暴れ、そしてぺちゃくちゃとクソどうでもいいことを喋り倒している隙に、最上位精霊達に命じてフリザセアをアミィの元に送り出したりと、ボクはボクに出来るだけの策を弄したのであった。
♢
「──あっはっはっはっ! すました顔した人形が無様にひれ伏してやがる! はは! あっはっはっはっ、いい気味だ!!」
「…………」
星見の間の中心で偉そうにふんぞり返るのは、太陽神。その足元にて、ボクは跪き頭を垂れていた。
血の気の多い最上位精霊達が今にも暴れ出しそうだが、もしそうなれば神々に余計な口実を与えることになると分かっているので、皆等しく、平伏する。
中にはあのアホに気づかれないよう、体で隠して中指を立てたり、舌打ちをしたり、歯軋りしたり、射殺すように睨んだりしている者もいる。本当に血気盛んだな最上位精霊は……危なっかしい……。
「オマエ、本当に目障りなんだよ。オレ達に創られた存在のくせに、生意気だ」
「…………」
いけ好かない神々と会話するなんて御免だ。返事をせず黙って時が過ぎるのを待っていた。
自己中心的な太陽神はどう返事しても、自分の気に入る答えでなければ満足しない。そしてそんなもの、この世に存在しない。なので、答えるだけ無駄だと口を閉ざした──のだが。
どうやらこの判断は悪手だったようだ。太陽神は舌打ちののち、垂らしたボクの頭に勢いよく足を乗せ、床へと押しつけた。
「くくっ、あっはっはっはっ! ごめんなぁ〜〜、顔だけが取り柄の精霊の顔、傷つけちゃったみたいだ」
「…………」
「痛いか? 苦しいか? 悔しいか? ホラホラ、なんとか言えっ」
「…………」
「だんまりかよ。相変わらず気に食わないな、オマエは!」
反応が一切無いのが相当面白くないのか、太陽神は次にボクの頭を強く蹴る。
痛み。苦しみ。そんなものはボクに存在しない。ボクを創る時、お前達がくれなかったものだからな。
ああ、でも。今はとても……心が苦しいよ。アミィとの約束を破ってしまったことが、本当に心苦しい。アミィを傷つけてしまったことが、何よりもボクの心を揺るがす。
フリザセアは上手くやってくれたかな。叶うならこの口で直接アミィに謝りたいけれど……ボクが姿を消せば、バカな太陽神でも流石に気づくだろう。
だからどうしてもそれは出来ない。端末を人間界に送る案も考えたけれど、やはりボクが下手な動きを見せて、もしもそこからアミィとの関係を詰められたら……アミィに危害が及びかねない。
「…………あいたいな」
ぽつりと、言葉がこぼれ落ちてしまう。
あとでたくさん、アミィに謝ろう。お詫びも埋め合わせもたくさんして、もう二度と約束は破らないって、そう約束するんだ。
「あ? 今、何か言っただろ? 『痛い』って言ったかぁ〜〜?」
小物──太陽神が嬉々としてボクの顔を覗き込んでくる。
大地を割れそうな程の怒りをぐっと堪え、その顔に唾を吐きたい気持ちをぐぐっと抑え、呼吸を整えてから、口を開く。
「──そんなにボクにばかり構ってていいのか。また嫁が荒れ狂っても知らないぞ」
「っっ!?」
太陽神の嫁、狩猟の神ハナーラ。
彼女はクソばかりの神々の中でも比較的善良な神で、数千年前にコイツがボクを襲おうとした時それを知って怒り狂い、百八日間、太陽神の首を狩るべく追いかけ回したとか。
偉ぶるくせに嫁の尻に敷かれてるダッサイ男なのだ。この小物は。
「〜〜〜〜っ! この……ッ! クソが!!」
いかにも小物らしい捨て台詞を吐いて、太陽神は天界へと戻って行った。
奴の気配が完全に無くなった途端、
「失せろーーーーーーッ!!」
「二度と来るな!!!!」
「帰れ!!」
「バーカバーカ!」
「死ねどす!」
「二度と現れんなクソジジィ!!」
「うっっっっっっざいんですけど!」
「マジで超キモい〜〜っ」
「キッッッッッッッッッッッツ!!」
「死ね!!」
「星空の彼方に消えろ!」
「塵一つ残らず死んでくれーーーーっ!!」
「嫁に殺されてしまえ!!」
水を得た魚のように、最上位精霊達が顔を上げては一斉に怒りを叫ぶ。
野次がすごいな。
「はぁ……やっと帰ったか。いつまで居座るんだよクソジジイ。アイツのせいで色々と予定が狂った……」
体を起こし、体勢を変えて一息つく。片膝を立てて頬杖をついていると、凄まじい勢いで飛んでくる奴が。
「王よ!! 嗚呼……っ、貴方のご尊顔と御身体に傷が! ──忌まわしき神め、この手で終焉らせてやる……ッ!!」
「待てフィン。早まるな。お前が暴れたらそれこそ終末戦争になる」
「終末戦争、大いに結構です。血湧き肉躍るようだ」
「「「「「「「「終末戦争! 終末戦争! 終末戦争! 終末戦争!!」」」」」」」」
「もうやだコイツ等」
血気盛んすぎる最上位精霊達が、血走った目で拳を突き上げる。
手の甲で鼻血を拭いながらため息を吐くと、エンヴィーが四つん這いでスススッ……と接近してきた。
「我が王。フリザセアはまだ戻って来てませんが、姫さんのところに行きますか?」
「……今頃、向こうは真夜中だろう。行ってもアミィは寝ているだろうし、それにこの有様だ。血塗れの顔面で現れたら、アミィに余計な心配をかけかねない」
「じゃあ夜が明けてから行くってことでいいですかね」
「ああ。それまでにコイツ等を落ち着かせないと」
「ハハ……骨が折れそうっすねぇー……」
今にも天界へ殴り込みに行きそうな熱気の最上位精霊達。「神々ぶっ殺すぞぉおおおおおおおおっ!!」「殺す!」「鏖殺じゃあああ!」と騒ぐ部下達を見渡し、ボクは深く項垂れた。