626.Date Story:with Freedoll2
焦るフリードルの声も無視して一人で歩き出したのだが、おかしなことに、我が兄はさも当然のように着いてくる。
「……なんで着いてくるんですか?」
「お前が一人で勝手に動いているから」
「用事があるって言いましたよね」
「いくらでも付き合ってやる」
「……目的地、西部地区なんですけど」
「そうか。復興計画の進捗も気になっていたから丁度いいな」
何を言ってもこの男は引き下がらない。それを確信し、私は仕方なく彼と共に西部地区に向かった……。
♢♢♢♢
「日当り良好、大通りへのアクセスも良く、小さいけれど庭付きの新築戸建……これだ。これだわ!」
「つ……ついにお客様のお眼鏡にかなう物件が見つかりましたね……!!」
疲労を顔に滲ませる帝都不動産組合の組合員と共に、お目当ての物件が見つかったことを喜ぶ。
私の目的──ユーキ達の新居探しは長時間に及んだ。主に私が注文をつけまくったのが原因なのだが、それはともかく。あれから二時間程、不動産組合員と共に西部地区をぐるぐると見て周り、空き物件を次から次へと内見。
二時間強の内見に次ぐ内見の甲斐もあり、こうしてかなりの好物件を発見出来たのである。
小さいものの庭があることで、ジェジが遊べる上に狼の姿で羽を伸ばすことも出来る。更に、庭ではシャルの趣味兼副業である薬草栽培なども出来るだろう。
二階建てで個室がいくつかあるので、ユーキの内職にも落ち着いて取り組めると思われる。
ディオの家も二階建てではあったけど、部屋数が少なくてほぼ全部屋共用だったらしいからね。自室ができるとあれば、気難しいユーキとて文句はなかろう。
うむ。完璧だ。
「ではこちらの物件は仮押さえしておきますね。して、契約の方はいかがなされますか?」
「そうね、明日にでも組合本部に向かうから、必要書類の準備をお願いしますわ」
「はい! かしこまりました!」
そうして不動産組合員と別れ、達成感を覚えつつ物件を見上げていると、ここまで沈黙を貫いていたフリードルがおもむろに口を開いた。
「──そろそろ聞いてもいいか。妹よ、お前は何故、様々な物件を内見して回ったんだ?」
「そりゃあ、家を買いたいからに決まってるじゃないですか」
それ以外の理由で内見することなんて、まずないでしょう。
「何故、唐突に不動産を購入しようとしているのかと聞いている。別宅や別荘が欲しいのならば、正式に申請すれば何かしら賜ることが出来よう」
「別に私の家が欲しい訳ではないので。これは部下の家です」
「……部下の家だと?」
ピクリ、と彼の眉が跳ねる。
「先の妖精族侵略事件の影響で、どうしても家に帰れない部下を数名を私の宮殿で預かっているんです。ですがいつまでもこのままという訳にはいかないので、彼等の新居を見繕うことにしたんですよ」
よし、嘘はついていない。提案してくれたのはケイリオルさんだし、頭金等を支払うのもケイリオルさんだけど。何も間違ってはいない。
「『彼等』…………百歩譲って、部下に住まいを与えてやることについて異議はない。部下の衣食住を保証する事もまた上に立つ者の責務だからな。──だが、仮住まいとしてお前の宮殿に住まわせているというのは、一体どういう了見だ?」
眼光が鋭い。まるで猛禽類のようだ。
「年頃の娘がそう男を連れ込むな。だからお前は色好きだのなんだのと謗られるのだぞ」
「まったくもって仰る通りです……」
数時間前にも似たようなことで怒られたが、今日はこういう日なのかもしれない。
「まったくお前という女は……何故そうも非常識なんだ。本当に信じられない。住み込みの従者ならまだしも、仮住まいとして皇宮を提供するなど……フォーロイト家の威信に関わる問題だぞ」
「ご、ごめんなさい……」
「何よりお前の身が危ういではないか。無闇矢鱈と己の領域に獣を招き入れるな。何かあってからでは遅いと、何故分からない」
本当は良くない事をしたという自覚はあるので、フリードルの説教を真面目に聞いていたのだが、ここで頭に引っかかる言葉が聞こえてきた。
「……! 確かにジェジは獣人ですけど、彼は滅多に獣化しませんし、決して暴れたりもしません。そもそもその発言は同じ“人間”である、獣人へ対する人種差別に他ならないと思います。早急に撤回して下さい」
フォーロイト帝国は他国と比べて冬が長いその気候から、獣人をはじめとした亜人の存在がとにかく珍しい地域だ。
故に、誰もが想像上のイメージで獣人や亜人のことを語り草にする。その為この国では獣人への人種差別が蔓延っていた。
我等が皇帝陛下はそういった人種差別も廃そうと奮闘したようで、二十年程前と比べればかなり差別も無くなってきたようだが……まだ、面白半分や偏見などで差別的言動をする者も散見されるのが現実だ。
そんな背景があるので、フリードルの発言にはカチンときた。皇太子ともあろう者が、人種差別的発言をするなんて! その思いから強めの語気で詰めると、
「差別……? お前は何を言っているんだ?」
「先程兄様が私の部下のことを『獣』と中傷したじゃないですか。それについて私は問うているんです」
「いや、僕にそのような意図は…………あぁそうか。そうだった。お前はとことん直球に伝えねば一切伝わらないんだったな」
困った様子で軽く息を吐き、フリードルはこちらを見つめて切り出した。