625.Date Story:with Freedoll
フリードルとのデート回、全3回にわたりお送りします。
建国祭初日。直前で開催式欠席を命じられ、開催式の時間をケイリオルさんと共に過ごした後のこと。
一人でのんびりと東宮に戻った私は、早速外出すべく軽めのドレスに着替えていた。そこに突如として訪れたフリードル。見舞いの品を受け取りつつ、彼の目的を聞いて、私はほんの少しだけ後悔した。
『今日から建国祭だろう。街を視察する必要があるんだ』
仕事と言われてしまえば、肩身の狭い私に断ることなど出来ない。仕方なく彼の申し出に応じ、絶賛不機嫌な東宮の面々に『今日はもう、好きに過ごしていいからね』と告げて、気が重いものの街へと繰り出す。
城を出る前に魔法薬を飲んで髪の色を変え、眼鏡をかけたり、髪型を変えたりして変装する。
銀髪でさえなくなれば、私達はただの美形兄妹。国民の大半に顔が割れているという懸念点はあるものの、変装したし、多分なんとかなるだろう。
──そんな激甘見通しで始まった建国祭視察。
誰も彼もがお祭りに夢中の為、まったく身バレする気配がない。嬉しいような、寂しいような。複雑な心境である。
視察では、大通りを中心に歩き回った。屋台で肉串を買い食いし、露店でオセロマイト由来の工芸品を見物し、屋台で果実水を購入し、他国の曲芸雑技団による路上パフォーマンスを見学し、屋台で砂糖菓子を味わい、屋台でステーキサンドを購入し、建国祭記念の品々を扱う店にお邪魔し、専門店で氷菓子を食べた。
暫く歩き回ったので一度休憩しようと、私達は噴水広場にてベンチに並んで腰掛け、一息つく。
「……お前、流石に食べ過ぎではないか?」
「え? そ、そんなことは……」
ないとは口が裂けても言えない。
信じられないものを見たような視線に襲われながら、目を逸らす。今日は保護者が傍にいないので誰にも止められることなく、好きなだけ買い食い出来た。出来てしまったのだ。
だから、まあ、うん。確かに食べ過ぎているかもしれないわ。
「兄様まで私に付き合わなくてよかったんですよ?」
視察中に私があれこれ買い食いするものだから、フリードルはこれに付き合って一緒に飲み食いしてくれたのだ。
流石にお腹が膨れてきたのか、彼は少しばかりうんざりとしている。
「……はぁ。どうせならば、お前と感動を共有したいと思ったんだ。そうでなければ誰がここまで、買い食いなどとはしたない事をするものか」
近くの屋台で購入した飲み物を手に、フリードルはツンと言い放つ。
「──兄様ってそんなに私のことが好きなんですか……?」
「………………」
「すみません舐めた口利きましたごめんなさい」
まるでカイルを睨む時のよう。心底腹立たしいと、彼の顔に書いてある。この顔を向けられてしまえば即座に謝罪が飛び出るというもの。
これに対しておちゃらけムーブを返せるカイルのメンタルははっきり言って異常だ。彼の心は鋼で出来ているのだろう。
「……忘れていたよ。お前はこと恋愛方面においては救いようのない阿呆だということを。逐一言わねば何一つ伝わらないことを失念していた」
ため息混じりにフリードルは項垂れた。
「──お前の言う通りだ。僕はお前が思っているよりもお前のことを愛している。だからこうして二人きりで視察しているし、お前の起こす信じ難い行動全てに目を瞑ったんだ。言わずとも理解してくれ」
「ご、ごめんなさい……?」
飲み物が並々と注がれたコップを傾けて喉を潤し、フリードルはこちらを見遣る。一拍置いて、彼はふっと微笑んだ。
「お前は本当に愚かだな。そんなところがまた……心を擽られる程に愛らしいのだが」
言って、彼はずいっと顔を寄せてきた。程なくして、フリードルの冷たい唇が私の頬に僅かに触れる。
コツンとぶつかる伊達眼鏡。くしゃりと絡まる泡沫の黒髪。ほのかに漂ってくる気品のある香り。そして、ゆっくりと離れてゆく、彼の顔。
──これ、フリードルルートのイベントじゃん! この構図! イベントCGで見たことある!!
ミシェルちゃんとの中庭デートのイベントだったかしら……ゲームシナリオが始まり、まだ共通ルート段階にいるのもかかわらず、こうして個別ルートのイベントが発生するだなんて。まさか、フリードルも私が攻略した扱いになってるってことなの……?!
思いもよらぬ恋愛フラグとドキドキイベントで固まった私を見て、何を勘違いしたのか、一度は離れた筈のフリードルが再度顔を近づけてきて。
「!?」
慌てて腕を動かし彼の口元と肩に手を当て、全力で押し返す。
「ななっ、何するつもりなんですか!?」
「ふぁにっれ…………」
口を塞いだものだから上手く喋れないようだ。これにフリードルは眉尻を釣り上げムスッとなり、じとりとこちらを見つめてきたのだが、そこで突如我が手のひらをぺろりと何かが這う。
「っっっ!?」
反射的に。飛び退くように、手を離す。
するとフリードルはゆっくりと姿勢を正し、舌なめずりして呟いた。
「……頬への口付けで特に反抗しなかったから、受け入れたものだとばかり思ったんだが」
「びっくりして固まっていただけですが!?」
「あれしきのことで固まる程驚くとは……お前、色事への免疫が無さすぎではないか?」
「何もかも未経験なんだから仕方がないでしょう……っ!」
「…………ああ、そういえばそうだったな。『はじめて』は好きな人に捧げるとかなんとか。その好きな人とやらは見つかったのか」
冷えた声で問い詰めてくるフリードルに不審感を覚える。
どうしてそんなプライベートなことまで彼に話さなければならないのか。もし世界が滅んでも、私は貴方の子供を産んだりはしないから。絶対に。
「兄様には関係無いです」
「関係ある──、っおい、どこに行くつもりだ」
「元々外出する予定があったので。用事を済ませに行きます!」
フリードルの仕事に巻き込まれたので、予定していた西部地区の物件探しはまったく進んでいない。もうじゅうぶん視察はしたし、そろそろ自分の用事に向かっても構わないだろう。構わないって? よし行くぞぅ!