624,5.Interlude Story:Freedoll
「……は、欠席……ですか?」
「ああ。あの女は療養中と聞いたからな。都合がいいので欠席するよう命じた」
眩き太陽の下、民衆の歓声が鳴り渡る。──時は建国祭が開催式、その開始直前。
居る筈の人間がいないことに気づいた僕は、キョロキョロと辺りを探し回っていた。しかし目当ての姿はどこにも見つからず、不審に思いつつも待機場所に戻ると、いつの間にやら到着されていた父上があの女が不在の理由を教えてくださった。
どうやら、妹は療養の為に欠席しているらしい。
数日前に見舞いにと訪ねた時点で、鍛錬が出来る程度には回復していたようなのだが……まだ療養の必要があったのか。
言われてみれば、ここ暫く、東宮以外であの女を見ていないな。本当にまだ体調が万全ではないのか…………いやそんな筈はない。妹に関しては過干渉な連中が、快復していない妹に鍛錬などさせるわけがないだろう。
じゃあなんだ。あの女、あの時のように公務を放棄したのか?
────。……違う。あの時も今も、妹は実際に体調不良ではあった。そして、本人には公務への前向きな姿勢があった。僕が偶然、平然とした様子の妹ばかり見かけているだけのことだ。
一方的な断定で悪し様に言うのは、もうよそう。
あの時は高熱。今は療養の為。やむを得ない理由のもと、あの女は仕方なく公務を欠席しているのだ。
僕は昔とは違う。きちんと、認識を改めねば。
「──畏れ多くも進言させて頂きたく存じます。妹のぶんも、僕が演説してしまって構いませんか?」
「お前の判断に委ねる。存分に皇太子としての役目を果たせ」
「寛大なご高配を頂き感謝致します。その期待に応えられるよう、全力を尽くす所存です」
「……ああ。好きにしろ」
頭を垂れて恭順しつつ、来たる開催式に備え父上の隣に立つ。
やがて僕は、アミレスのぶんも含め、建国祭開催を祝す渾身の演説を行った。
♢♢♢♢
開催式が終わるやいなや、少しばかり寄り道してから東宮に向かった。目的は当然、妹の見舞いである。
どうせとうに快復しているのだろうが……まあ、構わん。見舞いというのは、あの女に会いに行く口実でしかないのだから。
療養の為の欠席と聞き、妹の身を案じて見舞いに来た……──うむ。非常に真っ当な口実だ。これならば、『用もなく訪ねて来ないで下さい』と言い募る妹も納得せざるを得ないだろう。
見舞いという形式を保つべく、急遽西宮より持参したこの髪飾り。深い青の宝石が煌めく、銀の花。いつかの日に無意識ながら妹へ贈りたいと選んだもの。
これに加え、美味なる果実の籠があれば十二分に見舞いと言えよう。
果実を詰め合わせた籠に視線を落としつつ、東宮へと歩を進める。目的地に到着すると、想像通りの光景に呆れを通り越して笑ってしまった。
「──お見舞いだなんて。私がもう元気なの、兄様は知ってますよね? この前もこうして押し掛けてきたばかりですし」
「人聞きが悪いな。何度だろうと、兄として妹の身を案じて何が悪い」
「別に悪くはないですけど……」
お前はそういう性質ではないだろう。──とでも言いたげに、アミレスは怪訝な視線を向けてきた。
応接室に通され、見慣れたドレス姿の妹と向かい合って座る。出された珈琲を飲めば、これがまた存外美味くて。後で、何処の豆を使用しているのか聞き出さねばな。
「まあ、その。心配してくれてありがとうございます。ですがこの通り元気なので、もうお見舞いは結構です。さぞお忙しいでしょう、どうぞお帰り下さい」
妙に気難しい我が妹は、口ではそう冷たく言い放つくせに、その顔には儚い寂寥を浮かべる。僕の勘違いでなければ──僕との別れを惜しんでいるように窺える。
これならば……もしかするやもしれないな。
心の内でほくそ笑み、カップを置いてから切り出す。
「この後、暇はあるか?」
「……暇、ですか?」
「ああ。暫し僕の用事に付き合ってもらいたくてな」
「用事って……?」
お前はそうやって、いつも眉を顰め身構えるが……生憎と、僕はお前の扱い方を少しずつ把握してきたのだよ、アミレス。
「今日から建国祭だろう。街を視察する必要があるんだ」
此度の祭りにおいて、僕にそのような仕事は無いのだが……以前の冬染祭ではこれが功を奏した。ので、有効に活用させてもらうとしよう。
お前が『仕事』という言葉を聞くと途端に責任感を発揮することぐらい、とうに気づいていたとも。
「あぁ……成程…………まさか、また二人でですか?」
「人が多ければ身動きも取れなくなるだろう。お前のことは僕が守ってやる。故に護衛は不要だ」
「仕事なら…………まあ、はい。わかりました」
やはり。我が妹は人一倍責任感が強いようだ。しかし、こうも容易く御せるとは……やや心配になってくるな。
なんとも愚かでなんとも可愛らしい我が妹の責任感を利用し、デートの約束を取り付ける。護衛は不要と伝えたからか、妹の後ろに控える執事とランディグランジュ卿が睨んで来るが、わざわざ触れる必要はないだろう。
「では、早速行くぞ。既に祭りは始まっているからな」
「えっ。も、もう行くんですか?」
「当然だ。お前も外出するつもりだったのだろう。特に準備は要らないのではないか?」
「目ざとい……」
妹はぎょっと瞬くが、その程度のことは見れば分かる。何か用事があるならば、デートの合間に付き合ってやろう。
先に立ち上がり妹の前に立つ。少し背を曲げ手を差し出せば、アミレスはぽかんと呆けた。困惑する妹に向け、用意出来る限りの笑みを作り、告げる。
「ほら、僕の手を取れ。特別にこの僕自らエスコートしてやろう」
「は、はあ……」
アミレスは眉を顰めながらおそるおそるとばかりに、僕の手に自分のそれを乗せた。一回りは小さい手を握り、歩き出す。
さて──……この仕事、どれ程楽しくなるのだろうか。柄にもなく胸が躍るようだ。