622.Main Story:with Private soldier2
三人が家出を続行している理由は分かった。想像以上にしょうもない…………いや、可愛らしく家族思いなその理由に感心する一方、懸念は残るわけで。
「……メアリー達がディオの家にいる以上、あの二人に恋人の時間を与えるのは難しいのではないか」
ここまで静観していたイリオーデが疑問を告げると、ユーキは困り顔で頷いた。
「そうなんだよねー。私兵団の仕事が無い時は、エリニティはシャンパー商会の下働き、メアリーとシアンはそれぞれパン屋と古書店で働いたり、って感じだから……結局夜は全員家にいるし。夜こそ二人きりにしてやりたいのになぁ…………」
「皆、そのような副業をしていたのか」
「俺は町の人に頼まれて薬草などから薬を作り、ユーキはアクセサリーの修理。ジェジは町の子供達の遊び相手をしていたな。私兵団の仕事が休みの時は、それぞれやりたいことをやっていたんだ」
それぞれから副業を始めたという話は聞いていたが……シャルの語る、薬の処方と装飾品の修理に関しては初耳だった。
あのラークやユーキが報酬も無しにそんなことをさせるとは思わないし、多分二人ともそれなりに見返りは受け取っている筈だ。
そして、私兵団の面々がそれぞれ好きに副業をはじめている。それすなわち──お金に困っているということなのでは!?
私兵に渡す給金の相場が分からなくて、とりあえず帝国騎士団の騎士の給金を参考にして渡していたのがいけなかった!? もっと多くあげるべきだったの!? 私、もしかして──……相当な薄給で皆を働かせていたのでは?!
衝撃の事実に気づき、顔から血の気が引く。
「──もしかして、貴方達に渡すお給金少なかった!?」
思わず叫ぶとユーキ達は目を丸くして瞬いた。
「あれのどこが少ないんだよ。あんた、自分がどれだけ意味不明な額の給金を支払ってるのか、分かってなかったの?」
「王女様に雇ってもらってからは、一度もお金に困っていないな。薬を作る道具もたくさん買えたし、本も買えた。ありがたい限りだ」
「ひめさま、もしかして平民の給金相場とか知らないのかにゃー?」
ん〜〜……? 三人の反応が妙だ。固まる私を見て彼等が揃って顔を顰めたところで、イリオーデが口を開く。
「本来、平民階級の者は公僕となりどれ程重用されようが昇給することなど滅多にございません。管理職ともなれば、その責任に見合った給金が与えられる筈ですが……平民が管理職まで昇進することがまず稀ですので。その為、公僕となった平民の生涯における月給最大額は、平均しておよそ三十万ロイツ──……氷金貨三枚程とされております」
「イリ兄はなんでそんな詳しいの……?」
フォーロイト帝国における平民公務員の給金事情についてスラスラと語るイリオーデに、ユーキや私から怪訝な驚愕が送られる。
だがそれも束の間。彼の話を聞くと、自然と頭に引っかかる部分があった。
「……もしかして。月給氷金貨五枚って、皆的には多かったりする?」
「「「めちゃくちゃ多い」」」
三人の返事が重なり、私は頭を抱え項垂れる。
フォーロイト帝国における通貨、別名氷貨。それは氷銅貨、氷銀貨、氷金貨、氷晶貨の四種類からなる硬貨を使用したものだ。
硬貨は全て国が製造しており、シャンパー商会や、いわゆる銀行のような機関を経て、ゆくゆくは国民の手元へ流れ着く。
そんな我が国では、経済活動の敷居を下げるべく他国と比べて異常な比率のもと貨幣制度が組まれており、大抵の場合はそれに則って硬貨○○枚といったふうに金額は表現される。
だが別の呼称……いわゆる単位が、あるにはあるのだ。それが先程イリオーデが呟いた“ロイツ”。比率を重視するもので、これは王国時代の名残り──っと、氷貨の話はこれくらいにして。
「うちの姫はどれだけ常識が無…………僕達に甘いんだろうって、あんたの私兵になったばかりの頃はずっと困惑してたよ」
「ディオにぃとラークにぃに至っては、『こんな大金与えられるとか、俺達はどんなやべぇ仕事をさせられるんだ……!?』ってビビってたにゃ〜〜」
途中で何かに気づいたのか私からそっと目を逸らして、冷や汗と共に慌てて言い直したユーキに続き、ジェジから衝撃のカミングアウトが。
皆に渡していた給金は氷金貨五枚。ロイツ換算すると──約五十万ロイツ。王女直属の私兵の月給と考えれば別に普通だと思う。
私はただ、皆に苦労してほしくなかっただけなのに……恐れられていたなんて……私は悲しい……ぐすん。
「お金に困ってないのなら、どうして皆して副業してるの? そんなに私兵団の仕事は苦痛だった……?」
「今にも泣き出しそうな顔しないでよ。僕達を死なせたいわけ? 副業は──、空き時間はそれぞれがやりたい事を自由にやろうって話し合った結果、今の形になったってだけだから。あんたのくれた仕事に不満があるわけではないし、ましてや金に困ってるわけでもない」
チラチラと何かの様子を窺いつつ、ユーキは慎重に話した。
「でも。貰いすぎても使い道に困るし、ゴロツキには目をつけられるし、頼むからもう少し給金を下げてほしい」
「「うんうん」」
ユーキの意見にシャルもジェジも同意のようだ。
でも勝手に給金下げるのはちょっと……皆の意見も反映したいし……とやんわり断るものの、彼等の熱意に押されて結局、給金に関する私兵団との話し合いを今度実施することに。
更には、ユーキ達によるディオラクを二人きりにする謎計画に巻き込まれる羽目になった。下手に首を突っ込んで、馬に蹴られないといいなぁ……。