619.Side Story:Mayshea
「アミレス様ぁ〜〜〜〜っ!」
「わわっ、どうしたのメイシア。随分と熱烈ね」
「うぅ……会いたかったですぅ……!」
「ふふ。私も会いたかったよ」
わたしが飛びつくと、アミレス様は笑顔で受け入れてくれた。なんとか全身で彼女を体感しようとするわたしの頭を、アミレス様は優しい手つきで撫でてくれる。
はぅ……っ、尊い! わたしに妙に甘いアミレス様、本当に愛!!
以前カイル王子より教えていただいた『推し活』なるもの。その語録を、わたしは案外すんなりと使えるようになっていた。まあ、彼曰く、『メイシアちゃんのそれは推し活というよりガチ恋だと思うけどな』とのことだけど……細かいことは気にしない。
わたしは言わずもがなアミレス様を推している。この世の何よりも愛している。だからこそ、彼女に会えない日々がとても辛かった。
しかも。今回のそれは、ただ会えないだけではなく。
「帝都で凄まじい事件が起きたって聞いて、気が気じゃなかった……本当に、アミレス様が無事でよかったです〜〜っ」
「な、泣かないで!?」
アミレス様に抱きついたまま、わたしはわっと涙を溢れさせた。
長期の仕事に向かった矢先に届いた、帝都での事件の報せ。わたしと同行していたマリエル様は、それはもうアミレスを心配しつつも、他ならぬアミレス様にお任せいただいたお仕事だからと粉骨砕身していた……のだが。とある事情から、わたし達はなんと半月程、出張先──港町ルーシェに留まることとなったのだ。
「心配といえば。ハイラから聞いたわよ、学校付近で地震が起きて、地割れまで発生したんだって? 二人が無事で本当によかったわ」
「実はそうなんです……って、え? マリエル様から……聞いた?」
耳を疑う。だって、それは妙だ。わたしもマリエル様も、帝都に戻ってきたのは昨日の夜更け頃。こんな夜更けに訪ねるのは流石にどうかと思い、わたしは自宅で泣く泣く夜が明けるのを待ったのに。
どうして、マリエル様は既にアミレス様にお会いしているの??
「昨夜ハイラが訪ねてきてね。城に用事があるからついでに軽い報告がてら、『姫様のことですからまだ起きていらっしゃると思いまして』──ってお小言……じゃなくて、顔を見に来たみたい。メイシアと同じように凄く心配してきたよ」
アミレス様は笑って話すが、それは確実に嘘だ。
だってマリエル様、昨日はそんなこと一言も言ってなかったもの! 王城に用事があるなんて! 一度も聞いてない!!
それ絶対嘘ですよアミレス様ぁ! 最初からアミレス様を訪ねることが! 目的です!!
……と、言えたらよかったものの。これはわたしが駆け引きに負けたというだけのこと。今回は大人しく負けを認め、ハンカチを噛むとしよう。
やはりマリエル様は強敵ですわ。流石はお姑様……! ですがっ、わたしは必ずやあなたに認めてもらい、そしてアミレス様のお嫁さんになってみせますからね、マリエル様!
♢♢♢♢
「──最終的には割れた部分に土の魔力や水の魔力で加工した特殊な土を流し込み、それに合わせてある程度の街路整備も行いました。これに関してはスコーピオン社がとても協力的で……こちら、その工事にまつわる報告書になります」
「説明してくれてありがとう、メイシア」
あれから場所を移し、アミレス様と隣り合わせで座り、紅茶を飲みながら今回の仕事について報告する。
どうして隣に座ってるんだ? と言いたげな視線が四方八方から飛んで来るが、気にするものか。皆さんは普段からアミレス様のお傍にいられるんだから、今ぐらいわたしが占領したっていいでしょうっ。
浮かれた気分のままスラスラと報告し、報告書も渡しきったところで、わたしはある事を思い出す。
「……あ、そうだ。アミレス様、こちらを」
「ん? 手紙……?」
それはスコーピオン社の社長から頼まれていたもの。『王女に渡せ』とぶっきらぼうに頼まれ、その場で消し炭にしてしまおうかとも思ったが……もし本当に重要な文書であれば、アミレス様のご迷惑になる。そう、踏みとどまったのだ。
「ああ、ヘブンから。……改まってどうしたのかしら」
アミレス様がペーパーナイフで手紙を開封したので、彼女の肩に顎を乗せるような形で手紙を覗き込む。
「シャーリーちゃんとミアちゃんも学校に通うことになったんだ。……少しでも、楽しい学校生活を送ってくれたらいいな」
手紙を読むアミレス様の横顔が、ふにゃりと緩んだ。
以前仕事中に少しだけ聞いたのだが。スコーピオン社前社長の忘れ形見である女の子、シャーリーさんには先天性の難病があるとかで、場所によっては日常生活すらままならず、スコーピオン社の社員が誰かしら付き添うことが多かったらしい。
それを知って心を痛めたアミレス様が、シャーリーさんの為にあれこれ手を尽くしてきた……と、スコーピオン社のメフィスさんから聞いたのだ。
だからわたしは、彼女の微笑みの理由が分かった。──アミレス様は、シャーリーさんが普通の幸せを手に入れられることを、喜んでいるのだと。
……本当に。あなたは、誰よりも優しいんだから。
そんなのはじめから知っていた。偽物の手と呪いのような魔眼を持ったわたしを、ごく普通の女の子として扱い、手を差し伸べてくれた……世界で一番眩しくて、優しい女の子。
そんなあなただから、わたしはこんなにも──あなたのことが、好きになったんだもの。
「……メイシア? どうしたの?」
アミレス様の腕にぎゅっと抱きついてみる。すると、アミレス様は不思議そうにこちらを見て、小首を傾げた。
そんな彼女を見上げ、そしてわたしは体を伸ばし、ちゅっ、と彼女の頬に唇を掠めさせる。
「め、メイシア……?」
「えへへ。アミレス様に久々に逢えたのが、嬉しくって。もし良かったら次は唇にさせてくださいね」
「え、ええ、と…………」
突然の事に頭の処理が追いついていないのか、アミレス様は頬をほんのり赤くして、視線を泳がせる。
その姿がもう可愛くって。わたしは、今度はアミレス様の体に抱きついて、恥ずかしげもなく宣言した。
「大大大好きですっ! アミレス様!!」
「わっ、きょ、今日は本当にどうしたの、貴女……っ」
余裕がないのか、あわあわとするアミレス様。彼女の柔らかく温かな体に顔を埋め、その香りをも堪能する。
相も変わらず周りからの視線が刺さる程に痛いけれど──誰が自らこの幸福を手放すものですか。