7.悪役王女ですが頑張ります!2
あの後私は、心労から早々に探索を切り上げて部屋に戻った。
部屋に戻った私に待っていたのは、突如砕け散り消え去った扉。
この事をどのように言い訳すればいいのかと考えあぐねていたところ、恐る恐ると言った風にシルフが、
「ボクで良ければ直そうか? それぐらいなら、多分、干渉しても大丈夫だろうし」
ありがたい提案をしてくれた。
私はそれに、藁にもすがる──いや。精霊さんにもすがる思いで乗っかった。
そしてシルフが扉を魔法で直しているのを見ながら、私はフリードルとの邂逅を思い出す。
想像以上に早く、アンディザの攻略対象のうちの一人と出会ってしまった。
それも私の死に直結しているような男と。
そりゃあいつかは出会うと思っていたけれど、だとしても早すぎる。恐らく、これからも私の意思とは関係なしにフリードルと関わる事になるだろう。勿論──……皇帝とも。
それを避ける事はほぼ不可能に近いし、今の私にはなんの力も無いからいざと言う時に逃げ出す術も抵抗する術も無い。
だからこそ私は力をつけなければならない。魔法を習得し、剣を会得し、知識を得なければならない。この世界で生きていく術を知る必要がある。
例え皇帝やフリードルであれども脅かせない程の地位を手に入れる必要もある…………そう簡単には私を殺せないようになるぐらいの、地位か名誉が欲しい。
皇帝が私を殺そうとするのがゲーム通りならば、私にはまだ十年近い猶予がある。
その間に、何とか皇帝でさえも気軽に殺せない存在になるように努力をしなければ。
「アミィ、扉の修理が終わったよ。この通り綺麗に元通りさ」
シルフの自慢げな声が部屋に落とされる。そんなシルフの様子を表すかのように、光は右へ左へ飛び回っていた。
「ありがとう、シルフ。これで怒られないで済むよ」
「…………元はと言えば……ボクのせいだから、ね……」
私がお礼を告げるとシルフが物凄い小声で何かをぶつぶつと呟いた。
何か言った? と聞くとシルフは慌ただしくそれを否定した。多分、私に聞かれちゃ不味い事でも呟いちゃったんだろう。
そしてその後、今日作った地図を誰にも見つからないように机の引き出しの奥の方にしまい、その後は額縁を絵画につけてまた壁に戻した。今回はシルフが魔法で手伝ってくれたから簡単に持ち上げられた。
しばらくシルフとのんびり話していると、窓の外が夕焼けに染った頃合に一人の侍女が私の部屋にやって来た。
「──姫様、お目覚めになられていたのですね……!」
栗色の瞳に茶色の髪を後ろで綺麗なお団子にした美女は、泣きそうな顔で私に駆け寄った。
彼女はアミレスの唯一の専属侍女、ハイラさん。
皇帝と皇太子に疎まれている事から侍女達に妙に見下されがちだったアミレスを、どうやら本気で慕ってくれているらしい変わった人。
勿論、私はこの人を知らない。今聞いたのは全て彼女自身から聞いたのだ。
彼女は二年前からアミレスに仕えていて、下手をすればアミレス以上にアミレスに詳しいというレベルにまで至っていた。
……だからこそ、一瞬にしてバレてしまったのだ。
「……貴女は一体誰ですか? 私の姫様ではありませんね」
そう彼女に睨まれた時は肝が冷えた。
先程まで記憶喪失に陥っていて、フリードルの顔を見たら部分的にだが記憶を取り戻した──。などと、色々口から出まかせを続けていると……ハイラさんは唇を震えさせながら私を抱き締めた。
「まさかそんなにもお辛い事に……っ、申し訳ございません姫様、私がお傍を離れたばかりに……!」
ハイラさんは何度も謝ってきた。
その所為か、こちらは舌を噛んで自殺してしまいたいぐらいの良心の呵責に襲われる。
こんなにも本気でアミレスを愛してくれている人を騙す事になるなんて……と私の胸がかつてない痛みを発する。
それが落ち着いてから、今までアミレスがどう過ごしていたのかをハイラさんから聞いた。アミレスはいつもこの部屋の中で過ごし、滅多に外に出ないらしい。
そもそも皇帝から外に出る事を禁止されていたとかで、アミレスはいつも本を読み勉強をして過ごしていたみたいなのだ。
ハイラさんの話の中でこれが一番の衝撃だったのだが、なんと私、熱がありました。
最初のハイラさんのあの反応は、高熱にうなされていたアミレスが平然としている事に驚いてのものだったらしい。
そもそも今日の祭り──建国祭はアミレスも出る予定だったのだが、前日の夜に高熱で倒れそのまま欠席……という流れだったというのだ。
道理で体が妙にぐらついた訳だ。
どうやら、異世界転生が嬉しすぎて熱の怠さよりも楽しさが上回っちゃったらしい。
それはともかくだ。熱があると言われると、確かに熱があり倦怠感が全身を襲っているような気がしてきた。
「姫様! やはりまだ回復なされては…………今すぐ氷嚢等の準備を致します! とにかく姫様はベッドの上でお休みください……っ」
「アミィ!!」
途端に熱がある事を自覚し倒れ込んだ私を、ハイラさんは優しく受け止めてくれた。
そして私をベッドに寝かせると、元々看病をするつもりで持ってきていたらしい氷嚢を取り出し、私の額に置く。
急激に熱くなる全身に、視界は霞み意識は朦朧としてきた。
「心配かけて、ごめんなさい……」
申し訳ない気持ちを伝えると私の意識は途切れ、深い深い夢の中へと落ちていった。
次に起きた時、またハイラさんにごめんなさいって伝えよう。
私が最初から熱があると気づいて大人しくしていれば、ここまで熱が酷くなる事もなかっただろうから。
心配と……あと、迷惑もかけてごめんねって……言わなきゃ…………。